演劇少女は、新妻(ジュンヌ・マリエ)の人生を紡ぐ

渡里あずま

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現世はこうして始まった

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「エレーヌ?」

 先程、銀髪の美しい青年が式に参列した面々の前で久美に口づけて――突然のことに固まった久美にだけ聞こえる声で、気遣うように名前を呼んできた。
 そんな彼に、呼ばれた名前。そして刹那、一気に頭に流れ込んできた『エレーヌ』の記憶から、久美は自分の状況を理解した。いや、正確には理解するしかなかった。

(ここは『雨過ぎて空晴れる』の世界で……エレーヌに転生した私は、彼……アーロンと、結婚したんだ)

『雨過ぎて空晴れる』のアーロンはエレーヌとの結婚を拒み、他の女性と結ばれようとするのだが、彼を想うエレーヌは何と件(くだん)の女性と入れ替わり、アーロンと一夜を過ごした。そして、エレーヌの妊娠を知った国王の勧めもあり、二人はめでたく結ばれる。その結婚式がまさに今、行われているのだ。

(それが、久美の知ってる物語だけど……さっきは頭が真っ白になったけど、ありがたいことにエレーヌの記憶も知識もある。そして、ほぼ物語通りね)
 
 ただどうしてか解らないが、性格は前世の久美が全面に出ている。

(どうしてだろ? 物語は結婚するところまでだから? 記憶はあるから、声とかは聞こえないけど多分いるよね? 消えてたりしないよね……ただ、こうして生まれ変わったんなら多分、私ってあのまま死んだんだろうな。元の世界に戻るのは、無理よね)

 万が一億が一生きていたとしても、魂が異世界まで飛び出すくらいだから良くて植物状態、悪くて脳死状態だと思う。幸い、と言うのも何だが高校に入学した頃、久美は両親を事故で亡くして他の家族もいない。だから咄嗟に同じ演劇部の娘を車から庇ったのだが、その状態で戻るよりはこの物語の世界で生きていく方が現実的だ。

 しかし、ここで引っかかるのは夫となったアーロンのことである。

(原作の物語や劇だと、なんやかんやで丸く収まってたけど……エレーヌは、身分差なんて何のそのでアーロンのこと好きよね? ただ、アーロンは……どうなんだろう?)

 何せエレーヌとの結婚から逃れる為とは言え、別の女性と結ばれようとするくらいだ。尊敬する国王や、それこそ女手一つでアーロンを育てた母から勧められ、最後はエレーヌと結婚するのだけれど。

(王様に逆らえないのと、ほぼ騙し討ちだけど子供が出来たから……責任を取るのに、結婚したのかな? まあ、捨てられなかっただけマシだけど)

 こうして前世で読んだ物語や、現世の記憶を振り返ってみてもまるで愛されているとは思えない。だが下手に追求し、反発されて追い出されでもしたら大変だ。
 そう思い、久美は『エレーヌ』を演じることにした。

「……アーロン様」

 先程は返事が出来なかったので、今度は久美――ではなく、エレーヌからアーロンの名前を呼んだ。相手から好かれていなくても、こちらまでやり返したら距離が離れるばかりなのでエレーヌから笑いかけてみた。
 そんなエレーヌに、アーロンが微かに青い瞳を瞠る。
 そして笑い返しこそしなかったが、アーロンが自分の手を取って教会の中へとエスコートしてくれたのに、エレーヌは微笑みながらも内心「よっしゃ!」とガッツポーズをした。
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