FALL

渡里あずま

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大人と子供のアンバランス

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 今まで、不眠症とまでは言わないが長時間、寝ている事が出来なくて。だから寮生活と言うのを差し引いても寝坊とか、遅刻とは無縁だった。
 ……だが、今は。もっと具体的に言えば、日向と一緒にいる時は。

「早生?」
「……は、い」
「起きろって。今日は大学あるんだろ?」

 今日は日向が休みだったので、昨夜は彼のアパートに泊まった。
 日向が休みでも、早生には大学や仕事がある。一応、スマートフォンでアラームはかけているのだが――微睡みが心地好く、なかなか起きられない早生を日向が起こし、朝食まで食べさせてくれるのが常だった。

「いただきます」
「はい、いただきます」

 そう言ってから食べ出した早生に、日向が律儀に返事をしてくれる。あと、出される肉味噌や鮭フレーク(手作りだと聞いて驚いた)を炊き立てのご飯を乗せたら、食べきるまで箸が止まらない。そして、スープや味噌汁で身も心もほっこりと温まる。
(誰かに起こされたりとか、ご飯を美味しく感じたりとか)
 甘えているんだろうか。家族とすら無縁だったぬくもりを、こうして日向と過ごす事で感じて、満たされているんだろうか。
(……でも、これじゃあ日向さんに貰ってばっかりだ)
 付き合い出して、三ヶ月ほど経った頃――早生は時折、そんな風に考えるようになった。



 男同士だからこそ、どちらかに凭れてばかりなのは違うかもしれない。
 ただ、親しくなるきっかけが恋愛相談で。歳の差があるのと、そもそも日向は面倒見が良いのだ。そのせいか、早生の世話を焼くのがむしろ楽しそうにも見えたりする。

「あれ、久賀君?」

 けれど、ずっとこのままで大丈夫なんだろうか――そんな事を考えながら日向のアパートを出て、大学に行く為にと地下鉄へと向かった早生に声がかけられた。
振り返り、声の主を見て軽く目を見張る。

「……足立さん」
「おはよう。家、この辺なの?」
「いえ。僕じゃなく、友達の家が」
「そうなの? じゃあ、私と似たようなものか」

 付き合っている相手がいる事は隠していないが、万が一億が一でも日向に繋がらないようにそう答える。
 すると未来は傍らに立つ男性を見上げ、笑顔でそう言った。
 短く切られた髪と、眼鏡の奥には少し目尻の垂れた優しそうな瞳。未来と同じくらいの歳で、リーダーである彼女同様スーツ姿だ。とは言え、男性だし職場で見ない顔なので、普通の勤め人なんだろう。
(似たようなものって……友達じゃないんなら、恋人なんだろうな)
 以前、聞いた新人の娘達の噂話を思い出す。今日は朝からの出勤らしい未来が話しかけてくるので、何となく一緒にホームへと向かうと――今まで黙っていた男性が、口を開いた。

「初めまして、西浦寿にしうらひさしです……君が、久賀君か」
「……はい」
「ああ、ごめん。未来と日向から、すごいイケメンだって聞いてたから……想像以上だなって」
「井原さんから、ですか?」
「ああ、俺、あいつの高校からの付き合いなんだ。今は、母校で教師やってる」
「で、私は二人とは大学からの付き合いね」

 相手の口から出た名前に、少し驚いてそう尋ねた。そんな早生にまず寿が、次いで補足するように未来が答える。

「未来から、日向が可愛がってる部下がいるって教えてくれて……聞いたら、あいつもすごく君の事ベタ褒めしててさ」
「そう、ですか」

 どう反応して良いか解らず、そっけない返事になってしまったが内心はそれどころではなかった。
 流石に、恋人として紹介出来ないのは解る。けれどそれ以前に、親しい(らしい)寿に自分の事を、しかも好意的に話してくれた事が嬉しかった。
 そんな早生を見て、寿がふ、と笑みを消して言葉を続ける。

「……見捨てないで、あげてくれな?」
「えっ……?」
「日向は……頑固って言うか、思い込みが激しいって言うか。良かれと思って、無茶するところあるけど」
「……あの」
「ちょっと、寿。朝からネガキャンって……まあ、当たってるけど」

 言われた内容に驚き、軽く目を見張ると未来がフォローになっていない事を言った。再び反応に困り、笑って誤魔化しながら考える。
(付き合いの長さって言うか……年の差のせい、なのかな?)
 早生から見た日向は細やかな気配りで自分を含め、相手の気持ちを真摯に受け止めてくれる、優しくて面倒見が良い大人だ。
 けれど、寿や未来が語る日向は――言われて思い当たるところもあるが、何と言うか手の掛かる子供のようだ。
(僕の方が年下だから、子供みたいなんて思うのは変かもしれないけど)
 イメージのズレに困惑していると、寿が眼鏡の奥の瞳を再び笑みに細める。

「あいつを頼む」

 そして到着した地下鉄に乗り込むと、日向の話題は終了し――最寄り駅までは、未来が寿と同棲している話や(驚いたが、別に隠してはいないらしい)寿の学校の話などを聞いていた。
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