FALL

渡里あずま

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聞きたい、と思った

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 ……早生との出会い、となると六月のあの日だろう。
 とは言え、厳密に言うと『会った』のではなくて『見かけた』のだけれど。

 某インターネットプロバイダー会社。そこのテクニカルサポート窓口に、日向が入社して五年。一般オペレーターをサポートするリーダーになって、三年になる。
 特に専門学校などには行っていないが、日向はパソコンやインターネットが好きだった。
 一応、男なので最初は就職活動もしたのだが、体調を崩して入院してしまった。コールセンターに入るのに特に資格はいらない。リハビリ代わりに、と紹介されて入ってから早五年だ。

「おい……何だ、アイツ?」

 基本、派遣社員で形成されているコールセンターには良くも悪くも個性派が集まりやすい。
 その事は理解していたつもりだが、今日から遅番(夕方六時から十一時)要員として入る新人達の一人を見て、日向は思わずそう呟いてしまった。
 リーダーである日向は基本スーツだが、オペレーター要員の服装は肩や腹を出さなければ良い。だからシャツとデニムと言う服装自体はNGではないし、他の面子もそう変わらない格好をしている。
 しかし、頭一つ高い身長とか。その上に乗っている小さくて、無駄に整った顔とか。
 完璧過ぎて、そもそもどうしてここにいるのかが理解出来ない。何と言うか、そこだけドラマのようで。芸能人が、一般人を『演じている』気さえしてくる。

久賀早生くがそうせい君、大学生なんだって」
「……ってもう、名前とかチェックしたのか?」
「私、今回はメインの研修担当だもの……まあ、確かにイケメンだけどね?」
「彼氏に泣かれるぞ?」
「一般論でしょうが。あ、でも心配かけたくないから、寿ひさしには内緒ね」
「ハイハイ」

 同僚である足立未来あだちみくの言葉に、笑いながら返事をする。
 セミロングの黒髪に、大きな目。同様のスーツ姿つまりはリーダーである彼女とは、彼氏込みでの友人なのでお互い単なる軽口だ。
(あぁ、それならアリか)
 遅番要員は、バイト感覚の学生や仕事の掛け持ちをしている者が多い。副業なら、毛色の違うタイプが入る事もあるだろう。
 成程、と納得すると日向は朝礼(時間は遅いが)の為に未来と共にセンターの端(対応中のオペレーターに声が被らないように)へと向かった。



 新人研修は、メインとサブの違いはあるがリーダーが交代で行う。
 そんな訳で日向も、一ヶ月の新人研修の中で何度か担当をしたけれど――顔だけではなくインターネットやメールに関する知識を覚えるのも、そしてそれを電話で客に伝えるスキルも、早生は完璧だった。おかげて他の同期より早く、即戦力として着台(一人で客と対応する事)したくらいだ。
 用語や仕組みに怯んだり、それを説明する難しさに挫けたりして、研修前に辞める者も多い。だから逆に、デビューすれば一人前として、そして同じ職場の仲間として認められる。
 そんな訳で、早生は先輩連中から食事や飲み会に誘われるようになった。
 ……まあ、女性陣としては所謂イケメンである早生に対する下心もあるだろうけど。

「酒まで強いとか、本当に無敵だな」
井原いはらさんだって全然、酔っ払っていないじゃないですか」
「俺は、自分のペースで飲んでたからな。でもお前、注がれまくってたろ?」

 そんな飲み会の一つに、たまたま日向も呼ばれて一緒になった。
 夜十一時の終業後から飲んだので、普通に飲んでも二次会三次会となれば朝になる。徹夜オールとなれば、残ったのも数人だ。そんな中、帰る方向が同じだった為、日向と早生は他愛もない話をしながら地下鉄へと向かった。
 日は昇っていて明るく、けれどまだそれほど人気はない。昼間はクールビズ用の半袖でも暑いか、逆に職場の冷房で震え上がると言うように極端だが、早朝だと適度に涼しくて気持ち良かった。
(意外と……だと、失礼か。うん、でも結構、話しやすいよなコイツ)
 年下の部下との、他愛も無い会話。そんな穏やかな一時ひとときに、我知らず目を細めていると。

「……飲みたかったんで、ちょうど良かったです」
「えっ?」
「一人だと、酔えないし……家だと、電話を待ってしまうんで」

 ポツリ、と落ちた呟きに日向は目を見張った。
 ……もしかして、早生は実は酔っ払っているんだろうか? そして、今の呟きからすると――辛い恋にでも、悩んでいるんだろうか?

「じゃあ、もうちょっと俺に付き合わないか?」
「え?」
「どうせお前も今日、休みだろう? 〆のラーメン……って、時間じゃないか。朝飯食ってくぞ」

 そう言って数センチ身長の高い相手を見上げると、普段見た事がないような困り顔が返された。
(余計なお世話だったか?)
 だから、話題を変えて無かった事にしようと口を開きかけたが――他ならぬ、早生によって遮られた。

「……食べながら、僕の話を聞いてくれませんか?」
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