悪女と呼ばれた聖女が、聖女と呼ばれた悪女になるまで

渡里あずま

文字の大きさ
上 下
69 / 73

終幕

しおりを挟む
 次の日、アデライトもまた牢を出て、一回目の時のように断頭台へと向かった。
 一回目と、そして他の王族達とは違い、アデライトは優遇されていた。それ故、身の回りの世話をする侍女を付けようとさえ言われたが、アデライトはそれを断った。
 ……エルマはもう、この世にいない。
 前王妃を捕らえようとする反逆者達に歯向かい、打ちどころが悪くて死んだのだ――もっとも、侍女を受け入れなかったのはエルマの不在を口実にしただけで、単に反逆者達の罪悪感を煽る為だが。
 そしてその結果、斬首されようとするアデライトを待ち受けている、民の反応がまるで違った。

「聖女様……王妃様……」
「すみません……ですが、我らにも生活がかかっているんです……」
「王や貴族はもう、必要ないんです……どうか、どうかお許しを……」

 聖女だから謝れば許されると思い、すすり泣きながら縋るように、祈るようにそんなことを言っていた。
 その顔ぶれの中にエセルもいたのに、アデライトは笑い出すのを何とか堪えた。彼は今、議員となって民の代表の一人になっている。だからあれだけ慕っていても、アデライトが斬首されることは止めないのだ。
 
(皆、皆……本当に、どこまでも自分のことばかり)

 もっとも、巻き戻った今は自分も同じである。だから今回は晴れ晴れとした気持ちでそう思って、アデライトは断頭台に頭を乗せた。
 そんなアデライトの目の前に、ノヴァーリスがやってくる。
 他の者達には見えない神に、アデライトは微笑んで話しかけた。

「神よ、感謝します……一回目で私を断罪した貴族や王族は殺され、私を殺した民は飼い主を失って迷走するでしょう。だからどうか、私をこのまま眠らせて下さい」
「ああ。君の望みを全て叶えよう……愛しているよ。どうか、安らかに」
「ありがとうございます、ノヴァーリス……私も、あなたを愛しています」

 そんなやり取りの後、アデライトは首を切られた。
 そして落ちたその首に口づけると、ノヴァーリスは天へと還っていった。

 ……後世で、悲劇の王妃と呼ばれたアデライトは、最期まで民を許すように微笑んで逝ったとされている。
 こうして王政が廃止され、共和国となったのだが――アデライトが言った通り、従うことに慣れていた民達の思いつきは、まるで形にならなかった。アデライトが奉仕活動や貸し出しなどで国費を減らしていたこともあり、国は貧しくなるばかりだった。
 結果、エセル達革命の指導者は、責任を取らされて斬首された。そして革命の時に殺されずに生き残り、亡命した貴族達も大部分は隣国で働こうとしなかった為、追い出されたりのたれ死んだりした。
 ……隣国の従属国となる代わりに、アデライトの子を即位させて王政が復活したのは、それから十五年後のことである。



 アリスが見た長い長い夢は、けれど実際は一夜のものだった。
 早朝に目が覚めた少女は、おもむろにペンを取ると夢で見た物語を書き出した。聖女と呼ばれるくらい、慈悲深いとされている女性――アデライトが、実は悪女なんて荒唐無稽かもしれない。けれどアリスは、どうしても自分が見た夢を形にしたくなった。

「彼女は、確かにいたもの」

 そう呟いて物語を書いていく少女を、窓の外から見ている存在ものが――ノヴァーリスが、いた。
 ……亡命したウィリアムの子、つまりアデライトの異母弟は隣国で妻を得た。そしてその息子はハルティ商会の娘と結ばれ、子供の一人が商会を継いだ。
 そしてその血は引き継がれ、アリスはその子孫である。更に記憶こそないが、アリスはアデライトの生まれ変わりだった。

「約束したから、逆行はさせなかったけれど……人の魂は、前世で負った傷を癒す為に生まれ変わるんだ」

 学校の課題が吉と出るか凶と出るかは、賭けだったが――アリスは、物語を紡ぐことで思い出してこそいないが、己の傷を昇華させることを選んだ。
 容姿も性格もまるで別人だが、やはり彼女の魂にノヴァーリスは惹きつけられる。もっとも別人なので、アリスにはノヴァーリスの姿は見えず、声は届かないが。
 そして紫色の双眸を細めて、ノヴァーリスはアリスの呟きに答えて微笑んだ。

「ああ、いたよ……私が愛した、かつての君がね」



アデライトの物語は、これにて完結です。

完結ということで、感想欄を再度開きます。ただ現在、他作品も含めて更新するしか余裕がなく…申し訳ありませんが、感想返信は出来かねます。ご了承下さいませ。

ここまでのお付き合い、本当にありがとうございました!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした

アルト
ファンタジー
今から七年前。 婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。 そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。 そして現在。 『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。 彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。

追放された魔女は、実は聖女でした。聖なる加護がなくなった国は、もうおしまいのようです【第一部完】

小平ニコ
ファンタジー
人里離れた森の奥で、ずっと魔法の研究をしていたラディアは、ある日突然、軍隊を率いてやって来た王太子デルロックに『邪悪な魔女』呼ばわりされ、国を追放される。 魔法の天才であるラディアは、その気になれば軍隊を蹴散らすこともできたが、争いを好まず、物や場所にまったく執着しない性格なので、素直に国を出て、『せっかくだから』と、旅をすることにした。 『邪悪な魔女』を追い払い、国民たちから喝采を浴びるデルロックだったが、彼は知らなかった。魔女だと思っていたラディアが、本人も気づかぬうちに、災いから国を守っていた聖女であることを……

この野菜は悪役令嬢がつくりました!

真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。 花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。 だけどレティシアの力には秘密があって……? せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……! レティシアの力を巡って動き出す陰謀……? 色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい! 毎日2〜3回更新予定 だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

本物の聖女じゃないと追放されたので、隣国で竜の巫女をします。私は聖女の上位存在、神巫だったようですがそちらは大丈夫ですか?

今川幸乃
ファンタジー
ネクスタ王国の聖女だったシンシアは突然、バルク王子に「お前は本物の聖女じゃない」と言われ追放されてしまう。 バルクはアリエラという聖女の加護を受けた女を聖女にしたが、シンシアの加護である神巫(かんなぎ)は聖女の上位存在であった。 追放されたシンシアはたまたま隣国エルドラン王国で竜の巫女を探していたハリス王子にその力を見抜かれ、巫女候補として招かれる。そこでシンシアは神巫の力は神や竜など人外の存在の意志をほぼ全て理解するという恐るべきものだということを知るのだった。 シンシアがいなくなったバルクはアリエラとやりたい放題するが、すぐに神の怒りに触れてしまう。

実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います

榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。 なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね? 【ご報告】 書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m 発売日等は現在調整中です。

聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~

白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。 王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。 彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。 #表紙絵は、もふ様に描いていただきました。 #エブリスタにて連載しました。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...