悪女と呼ばれた聖女が、聖女と呼ばれた悪女になるまで

失落

　民は税を払いたくないからと、最低限――食べるのは炊き出しで賄えるので、それこそ土地代を払う分しか農作物や商品を作らなくなった。そして貴族は、収穫物から利益を得られないからと、土地から得られる利益を貯めこんで、領地の管理や発展に手をつけなくなった。
　結果、貴族と民の関係は悪化した。
　貴族は怠惰な民に呆れ、民は貴族が何もしてくれないと憤った。
　……この険悪な状況は王都だけではなく、それこそ父・ウィリアムの領地以外ほぼ全てで起こった。

「施しを与えて、楽な方に流れるようにしたのは私ですけれど……悪化したのを、お互いのせいにして。馬鹿は、どこまでも馬鹿ですね」
「ああ……良い感じで、淀んできたね」
「ええ。そして身分の差はありますが、平民は数で富裕層に勝まさっていますから……本当に邪魔になったら、適当な理由をつけて富裕層を排除しようとするでしょうね」
「君への恩を、忘れてね？」
「ええ、馬鹿は悪ですから」

　そこで一旦、言葉を切るとアデライトは自分の腹をそっと撫でた。そして長い白銀のまつ毛を上げ、青い眼差しをノヴァーリスへと向けて言った。

「国王に即位すれば恩赦などがあるので、革命が起きるならその後だと思いますが……この子は、一回目では生まれなかった子です。リカルドの血こそ引いていますが、そういう意味では復讐対象ではありません。ですから」
「うん、良いよ」

　そんなアデライトの言葉を遮って、宙に浮かんだノヴァーリスは誓うようにアデライトの額に口づけて言った。

「その子は必ず、助けるから……君は安心して、復讐を続けようね？」
「ええ、ノヴァーリス……私、困窮者への貸付を考えたんです。民は返すことを考えずに飛びつくでしょうし、貴族は税の代わりに取り立てられるって、やっぱり飛びつくと思うんですよ。これでますます、険悪になりますね」
「ああ」
「あと、貴族達には隣国の良さを吹き込んでいますから……革命が起きたら、亡命するでしょうね。もっとも豊かな反面、実力主義な国ですし。領地からの税が無くなって、今まで怠けてきた貴族がどこまでやれるか知りませんけど」

　そんなノヴァーリスの言葉に、アデライトは花が咲いたように微笑みながらこれからのことを語るのだった。

※

　民からの革命が起こったのは、リカルドが即位した二年後の春だった。
　当然、王妃であるアデライトも捕らえられたが、彼女は己のドレスや装身具を渡した。更に長い髪も切り、売るように言った。
　どこまでも聖女らしい振る舞いだが、アデライトとしては民達の罪悪感を煽っているだけだ。
　父・ウィリアム達は、アデライトからもだが領民達からも勧められて隣国に亡命している。父はハルティ商会の口添えがあり、文官となることが決まっていた。あと、アデライトの子供はまだ幼いからと教会に預けられた。
　それ故、アデライトは自分の死を最大限に利用していた。おかげで今回は布よりはまともなワンピースと靴を与えられたので、断頭台までの道は一回目より歩きやすいと思った。
　……リカルドや先代国王夫妻は昨日、先に処刑されている。

「アデライト！　君も後から、死に逝く私の元に来てくれるよなっ！？」

　牢から連れ出されようとした時、リカルドは縋るように牢の中のアデライトに言った。そんな彼に、アデライトは優しく話しかけた。

「死後の世界があり、私の想いがあなたと同じなら……私は、あなたの元に逝きますよ」
「……っ！」

　今まではずっと、アデライトはリカルドの言葉を嘘をつかない範囲で肯定してきた。今回、意味ありげに返したのは勿論、わざとだ。死んでいくリカルドを、絶望させる為だ。
　アデライトの言葉に、リカルドは目を見開いて青ざめた。そして兵士達に拘束されながら、悲鳴のように叫んだ。

「私から離れるのか！？　愛しているのに……君は一度も私に、愛していると言ってくれないじゃないか！」
「そんな……私はずっと、あなたを想ってきましたよ？　ずっと、そう言ってきたでしょう？」
「アデライト！」

　子供を諭すように言うアデライトの前から、リカルドは引きずられて退場した。
　サブリナの時のように、ノヴァーリスに斬首までを見せて貰っていたが、リカルド達は一回目のアデライトのように、民達から怒声が浴びせられて石が投げられ、最期は断頭台で首を斬られたのである。