悪女と呼ばれた聖女が、聖女と呼ばれた悪女になるまで

渡里あずま

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覚悟

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 父と話をしてリカルドは明日、先に王都へと戻ることになった。そしてアデライトは三日、領地で過ごしたら王都に戻り、王宮で暮らすことになった。
 そんな風に今後の流れが決まったので、夕食まではそれぞれの部屋で休むことになった。本来なら使用人に案内させるが、リカルドの希望で客間までアデライトが案内した。

「こちらです」

 客間の扉の前でアデライトは足を止め、付いてきていたリカルドへと声をかけた。
 肩越しに振り向いたアデライトに、影が落ちる。
 それが影だけではなく、リカルドの顔で――目を閉じると、リカルドの唇がアデライトの唇に触れて離れた。そして顔を離す代わりに、アデライトの右手を両手で握ってきて言った。

「……アデライト。王都で、待っている」
「はい、リカルド様」

 婚約の許可が下りたからだろう。呼び捨てにされたのに、アデライトははにかんだように微笑んで『見せた』。そして、嬉しそうに笑ったリカルドが客間に入ると、アデライトは微笑んだまま自分の部屋に入った。
 ……扉を閉め、ノヴァーリス以外いない状態になったところで、アデライトは笑みを消して洗面台へと向かった。
 帰宅したアデライトの為に、洗面台には水が用意されていた。その水でまず手を洗うと、次に水を手で掬ってアデライトは唇を拭い、口をすすいだ。

「大丈夫かい?」
「……ええ。初めてでは、ないですから」

 ノヴァーリスの声に、濡れた唇を手巾で拭いてからアデライトは答えた。
 婚約が決まるまでは、決して口づけ以上を許さないつもりだった。幸い、リカルドも同様だったようで今の今まで手を出されることはなかった。昨日のダンスの時に手を握ってもここまで不快ではなかったが、やはり口づけとなると違うものだ。思えば手もまた、ノヴァーリスとのダンスで先に握られていたのが理由だったかもしれない。
 ……憎い男相手の口づけは辛いが昔、ノヴァーリスと口づけていたので何とか耐えられた。あとは今後、王宮で暮らすので侍女へ使用人の目を気にすれば良い。
 そこでふ、とアデライトは何かを考えるようにしばし目を伏せた。

(口づけの時のように、ノヴァーリスに……いえ、それは流石に……処女おとめでなくなる訳にはいかないし……でも)

 貴族の令嬢となると、やはり結婚するまでは処女性を求められる。
 だから、最後までするのは婚儀の後だと思うが――口づけだけで、こんなに辛い。それなのに、自分はこれ以上の触れ合いに耐えられるだろうか? 嫌悪や憎悪を隠して、リカルドを堕とすことが出来るだろうか?

「あの……この身の初めてをノヴァーリスに捧げた場合、処女では無くなりますか?」
「え」
「……申し訳ありません。はしたないことを」

 珍しく驚いたような声が返されたのに、アデライトは呆れられたか、いや、嫌われたかと青ざめて俯いた。そんなアデライトの頭を、ノヴァーリスが宥めるように撫でながら言う。

「こうすると、アデライトは触れられていると『感じる』けど……私は人間でも、そもそも物体でもないから。私に抱かれても、アデライトは処女のままだ」
 
 そこで一旦、言葉を切った相手の前で顔を上げ、アデライトは話の先を続けた。

「この身の初めてを、あんな馬鹿に奪われたくありません……どうか、貰って頂けますか?」

 昔、一度だけノヴァーリスと口づけた時とは逆に、今度は自分から言った。
 恋ではない。いや、恋『だけ』ではない。アデライトにとってノヴァーリスは神である一方で、復讐心ごと己を受け留めて寄り添ってくれた共犯者でもある。家族以外の、全て。それが、アデライトにとってのノヴァーリスだ。
 そんな彼に、アデライトはもっと強くなる為に、今後リカルドに抱かれても決して揺らがない為に、ノヴァーリスへと願い出た。
 その決意が、白銀のまつ毛に縁どられた青い眼差しから伝わったのか――ノヴァーリスは微笑んで頷いた。

「ああ、勿論だよ」

 ……その夜、アデライトは全身、余すことなくノヴァーリスへと捧げたのだった。
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