悪女と呼ばれた聖女が、聖女と呼ばれた悪女になるまで

渡里あずま

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従属

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 他の荷物は、すでに学生寮に送っている。だからエルマは、その荷物の整理という名目で主人であるアデライトを外で待たず、不遜にも部屋で待ち構えていると思われる。
 一緒に馬車に乗ってきた侍女は、エルマがいなかったことに憤慨したが、アデライトは「大丈夫」と笑って宥めた。そして侍女と護衛を見送り、鞄を手にすると学生寮へと入って入り口近くの部屋にいた寮母らしい女性に、自分の部屋の場所を聞いた。
 今は春休み中なので、女子寮にはアデライトのような新入生や、他の寮生がいる。
 そんな彼女達は流行が変わる前のシンプルな、けれど生地や仕立てで高級品と解るドレスに身を包んだアデライトに目を奪われていた。アデライトの横にはノヴァーリスが浮いているが、少女達の目には映っていない。だから一回目とは違い、うっとりとして見つめられているのはアデライト自身だ。
 それらの視線に対して、アデライトはにっこりと微笑んで会釈をした。あえて声はかけない。身分が解らない場合、むやみに話しかけなければマナー違反(身分が下の者から上の者に話しかける)を犯さない為、よほどの馬鹿か能天気でなければ話しかけてこないからだ。

(とは言え、同性ばかりだとたとえ身分は上でも、最低限の礼儀や愛想がなければ嫌悪されてしまうものね)

 寮生活は初めてだが、一回目の王宮でアデライトはそのことを学んだ。
 とは言え、巻き戻る前は使用人達への恐怖が先に立って実践出来なかったが今は違う。領地で家の使用人や領民、あと商人達とのやり取りで微笑むことで好感を持たれつつも、貴族の令嬢として下手に踏み込まれたり、見下されないことを学んだのである。
 その結果、他の少女達はアデライトに見惚れつつ、遠巻きに眺めてくるだけだった。一回目の、流石に口には出さないが冷遇された王太子の婚約者に向けていた、呆れや侮蔑は一切ない。
 そんな彼女達の視線の先で踵を返し、二階の奥にある自分の部屋へと歩いていき――誰もいないことを確認してノックはせず、ドアの向こうから声をかけた。

「……開けて頂戴?」

 自分の部屋だから、ノックなどしない。
 しかし侍女であるエルマがいるのだから、自分でドアを開けることもしない。
 普段ならミレーヌを見習っているが、調べたところエルマがミレーヌの母への送金を横領し、着服していたのだ。だから、どうせ寮だけでの付き合いなのでエルマには態度を変えることにしている。

「は、はい」

 声をかけ、黙って待っていると中から足音が近づいてきて、ドアが開いた。
 金茶の髪と同じ色の瞳。年は上だが、エルマは伯爵家でアデライトは侯爵家だ。領地から出てこなかったからとは言え、見下されるなんて冗談ではない。

「ありがとう」

 しかし、一方で不快の表情を出すことも『王妃が好む』貴族令嬢としては失格なので、アデライトはドアを開けたことへのお礼だけ言った。そんなアデライトの前で、本人知らず呆けた表情を見せると――エルマは慌ててカーテシーをし、名乗ってきた。

「初めまして。エルマ・クレーズと申します」
「アデライト・ベレスよ。三年間、よろしく頼むわね」

 そんなエルマに対して、アデライトは微笑みこそするが、今までとは違って上の者としての態度を崩さなかった。
 領地やリカルド相手には、貴賓を保ちつつも男性を立てる女性を演じるつもりである。けれど王妃を慕うエルマに対しては、あくまでも優しい『主人』でなければ舐められてしまうからだ。

(ほら……エルマの、私を見る目が変わった)

 王宮で仕え、リカルドにも敬意を示していたが、それよりもエルマの中では王妃の方が上で絶対である。それ故、王妃が求める淑女像も知っている。そしてリカルド対策としてミレーヌを真似ることにしたが、一回目の妃教育の経験からアデライトはこうして王妃が好むような令嬢としても振る舞える。
 あと解雇された恨みもあり、サブリナよりアデライトの方が上だと思ってくれたようだ。利用しようと思うのは自由だし、損になることはないので放っておくことにする。
 目を輝かせると慌ててアデライトの鞄を持ち、上げていた頭を再び感じ入ったように深く下げた。

「失礼致しました。こちらこそ……何とぞ、どうか何とぞよろしくお願い致します」
「ええ」

 そしてアデライトは笑ってこそいるが、エルマを冷ややかに見降ろし――そんなアデライトに、ノヴァーリスは満足そうに微笑んだ。
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