悪女と呼ばれた聖女が、聖女と呼ばれた悪女になるまで

渡里あずま

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開花

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 話は、一年くらい前に遡る。
 領地に戻って来て領民との話が終わった後、アデライトは父・ウィリアムに謝った。

「お父様、ごめんなさい……」

 領民が税を納めるのは、領主から与えられた土地代だからだ。それ故、農民は収穫物を。商人は場所代として金を収める。金はともかく収穫物は、そのままでは腐ってしまう。だから商人に買って貰い、その売れた金を領主が受け取る。
 領主の上にいるのが、王族だ。それ故、受け取った金を王に納め、残りを財産とするか領地の為に使うかは人それぞれだが、これが基本的な税と金の動きである。
 ただ今回、新しい農法を取り入れたことで今までは秋に一回、収穫物を買い取って貰っていたのが、他の時期――春にも、発生するようになった。しかしそれは領地側の理由なので、買い取る商人に負担をかけるのはどうなのか。それ故、アデライトは父・ウィリアムに謝ったのだ。
 そんなアデライトに、笑みこそないがウィリアムは穏やかな声で答えた。

「いや、私こそお前を不安にさせてしまったな……事前に、いつものアスター商会には確認している。それで、春の分については問題なく収穫出来たら、別の商会に頼むことになっているんだ」
「……別の?」
「ああ、ハルティ商会だ」
「……っ」

 その名前に、アデライトは軽く目を見張った――その商会は、一回目ではロイド子爵のお抱えだった。いや、過去形ではなく巻き戻った今回もそうだった筈である。

「その商会は……ロイド家が、懇意にしていたのでは?」
「よく知っているな。ただ財務大臣就任により、ロイド家は王都の商人に乗り換えたらしい。それならと、トマスに紹介されたんだ」

 トマスとは、アスター商会長の名前である。ウィリアムの父、つまりはアデライトの祖父からの付き合いで、他の商人とも交流があるのは知っていたが。

「……そうなの」

 驚いた。
 その商会は元々が隣国の商会で、一回目ではその隣国に外交官として行っていたロイド家が支援していたのだ。
 隣国は、暑さ故にあまり小麦は育たず、代わりに稲が主食だ。だが、観光地だからこそ観光客に小麦のパンの需要はあり、しかも増えているので定期的に小麦を売ってくれる領地を探していたのだと言う。
 アデライトはアデライトで、父の将来への保険として隣国との伝手が欲しかった。それ故、巻き戻った今では収穫が増えたことを理由に、取引したいと思っていたが――アデライトが動く前に、しかも取引だけでなくロイド家との縁も切れたとは。

(ああ、もしかしたら『気づいた』のかも)

 ロイド家は子爵から、伯爵に陞爵した。それはつまり、同じ年の王太子であるリカルドの婚約者候補に名乗り出られることを意味する。

(だけど……おそらくサブリナは、王妃に嫌われる)

 お気に入りの貴族の娘だけであるなら、ただ可愛がっていれば良いが――王妃の求める王太子妃像に、サブリナは当てはまらない。会話術には長けているが、実は成績や礼儀作法は平凡なのだ。一回目の時はそれすらリカルドに愛でられていたが、それも学園の中でのみ。王太子妃教育をやり切れるとは思えない。

(向こうから言われたからって、これ幸いと沈没船から逃げ出したのかもしれないわね)

 そう思った後、ハルティ商会とは穏やかに交流が出来た。春に収穫された小麦や野菜を隣国で、あと薔薇で作られた商品を王都で売ってくれ、逆に隣国のお茶や香辛料も融通してくれるので、互いの関係は良好だ。
 ……そして時は過ぎ、アデライト達が断った王宮でのパーティーで。
 リカルドの婚約者には無事、サブリナが選ばれた。
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