悪女と呼ばれた聖女が、聖女と呼ばれた悪女になるまで

渡里あずま

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序幕

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 アリスは、思う。生まれたのが今で、本当に良かったと。
 まず、ランプのおかげで寝る前まで本を読むことが出来る。おかげで遠くが見えにくくなり、授業中は眼鏡をかけているがその眼鏡も、普通に買うことが出来る。
 それに昔と違って、平民で女性の自分でも学校に通っている。更に、流石にお酒の出る店は無理だが女友達、あるいは一人だけでお茶を飲んだり食事をしたりすることが出来る。
 ……これらは、どれも祖母の若い頃までは出来なかったそうだ。

(異国の本が読めるのは、父さんのおかげだけど……図書館もあるし、平民でも入れるもの)

 あと、アリスは自分の生まれにも満足している。
 平民だが、商人の家に生まれたので衣食住に困ったことはない。更に、跡継ぎである兄がいる。両親は好きな相手と幸せになれば、と言ってくれるが、そもそもそういう相手がいない。だから家族に勧められた相手に嫁ぐか、勉強したことを活かして働くかだろう。

「そう、わたしは今と未来でいいの……なのに、どうして過去を振り返らないといけないのよ!?」

 そう言い捨てると、アリスは机に突っ伏した。
 潰さないように気をつけたが、そんな彼女の横には図書館で借りてきた本が数冊、積んである。学校の宿題で、偉人の伝記を読んで感想文を書かなくてはいけないのだ。

「本が好きだから、楽勝なんて言われるけど……伝記だけは、苦手なのに。何か皆、出来すぎって言うか、持ち上げすぎなんだもん……特にこの、悲劇の王妃アデライトとか」

 ため息と共に、アリスは一冊に手を伸ばし――そのまま読まずに、八つ当たりのように枕にした。
 王妃アデライトのことは、読まなくても何となくは知っている。国の、そして民の為に力を尽くしたが、最期は革命により斬首されるのだ。
 だが遺されている王妃の言動は、アリスにはどうもその場しのぎの綺麗ごととしか思えなかった。

「飢饉とかで、苦しかったって言うから……綺麗ごとでも、縋っちゃったのかなぁ……?」

 ……そんなことを考えながら目を閉じているうちに、アリスは眠りに落ち――そして、不思議な夢を見た。



「……っ!?」
「アデライトお嬢様!?」

 声にならない悲鳴を上げ、目を覚ますと聞き覚えのある声に呼びかけられた。

「今、旦那様をお呼びしますっ」
「あ……」

 父と同年代の筈だが、何だか若く見える侍女頭が走り去るのに、声をかけようとして――いつもと違う、高い声に戸惑う。そして顔にかかる髪を払おうとして、その小ささにギョッとした。
 そして慌てて飛び起き、鏡に映る姿を見て愕然とする。

「…………わたく、し?」

 ゆるやかに波打つ銀髪に、青い瞳。
 自分の顔ではある。あるのだが、どう見ても七、八歳だ――アデライトは十八歳の筈なのに、どういうことなのだろう?

(そう、それに)

 学園の卒業パーティーでアデライトは糾弾され、捕らえられた後に処刑された。
 浴びせられる罵倒。
 投げられる石。
 ……そして断頭台の刃により、アデライトは首を落とされた筈なのに。

(確かに、覚えているのに……あんなに生々しかったのに、夢だったと言うの?)
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