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いいとは一体、どういうことなのか?
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朝、三人でご飯を食べて、仕事に行く父を母と見送る。
そうなると高校を卒業し、大学進学も出来なくなった今は母と二人きりになるのだが、今日はこれから母も出かける。母は、二か月に一度くらいのペースで近所ではなく、最寄りの地下鉄駅にある美容室に行き、髪を切ったり染めたりするのだ。あと、昼食も済ませてくるので帰りは夕方くらいである。
ちなみに、母は食事やお茶の時以外に実緒が一階にいることを嫌がる。どれくらい嫌かと言うと、実緒が十歳になった頃くらいから、パソコンとテレビを実緒の部屋に設置して、食事が終わったら部屋に追いやるくらいだ。だから、今のように朝食が終われば部屋に戻り、昼食や母が出かける時だけ一階に降りていた。
「いってくるわ」
「いってらっしゃい」
父を見送った時と同じように声をかけ、母が出ていくのを見送った。そして、外から母が鍵をかけて気配が離れるのを待ってから、部屋へと戻り──そのまま、パソコンを起動してその前に座った。
(よし、今のうち!)
部屋は別だしドアを閉めてはいるが、深夜にテレビやパソコンを見ていると、音や気配で気づくのか両親がいきなり部屋に入ってきて、叱られることがある。ただ、スマートフォンからの操作が不安だったのともう一つ、検索で気になることが書かれていたので朝になり、両親が出かけるのを待っていたのだ。
そんな訳で、実緒は夜の間にみつくろっていたリゾートバイトを派遣する会社のホームページを開き、登録画面へと進んだ。そして送信完了したところでふう、と息をつき、持ってきていた麦茶で一服していると──登録から三十分くらいで、実緒のスマートフォンに着信があった。
(来た!)
会社にもよるらしいが、リゾートバイトは感染症の流行後、電話での面接が基本らしい。そして、営業時間内の登録であれば一時間以内で、こうして電話が来るのだと。
父も母もいない今のうちに、と思いつつ電話に出る。
「こちら、MOTENAリゾートの木元と申します。門倉様のお電話で、よろしいでしょうか?」
「はい、門倉です」
「お仕事のご希望をお伺いするのと、面接で十五分程度お時間頂きますが、今、お時間大丈夫でしょうか?」
「大丈夫です! よろしくお願いします!」
声は、真面目そうな若い女性のものだった。この電話の対応で、落とされる場合もあるらしいので実緒はハキハキした対応を意識して答えた。
そんな実緒に、木元と名乗った女性が質問をしてくる。
「どの期間、リゾートバイトをされるご予定でしょうか?」
「可能なら今月から、その後は可能な限り長く続けたいです」
「ありがとうございます。ご希望のエリアなどは、ございますでしょうか?」
「道内であれば、どこでもいいです」
今、手元にあるお金で移動となると道外は難しいだろう。そう思って答える実緒に、木元が更に尋ねてくる。
「ご希望の職種などはございますでしょうか?」
「特にないです」
「寮は個室と相部屋がありますが、ご希望はありますでしょうか? また、Wi-Fiなどは希望されますでしょうか?」
「Wi-Fiと個室希望です。ただ、どちらかしか選べないならWi-Fiでお願いします」
「解りました。現在、病院に通院されていたり、薬を服用されていることはありますか?」
「特にありません」
「おタバコは吸われますか? あと現在、髪を染めてますでしょうか?」
「いえ。吸いませんし、染めてもいません」
「身だしなみでタトゥーを入れていたり、ピアスをつけてますでしょうか?」
「どちらもしていません」
ここまでは、実緒が検索結果で見た記事と同じだった。けれど、ここから少し質問が変わる。
「門倉様は、高校を卒業されたばかりですよね? 今まで、バイトも含めて職歴はございますか?」
「いえ」
「…………」
そこで言葉が途切れたのに、実緒は不安になった。やはり、未経験者では難しいのだろうか?
そう思っていたが刹那、続けられた言葉を聞いて実緒は思わず目を瞠った。
「間違えていたら、申し訳ないです……門倉様は、ご家族と距離を置く為にリゾートバイトに申し込まれましたか?」
「っ!」
「あ! それはいいんです!」
「えっ!?」
いきなり図星を指されたが、その後に続いた内容に実緒はたまらず声を上げた。確かに、家出目的で住み込みが出来る仕事を探しての応募だが、いいとは一体、どういうことなのか?
驚いて声を上げた実緒を宥めるように、木元が話の先を続けた。
「住み込みバイトだからこそ、そういう目的の方『も』いらっしゃいます。あと、警察などから逃げるのに申し込む方も……後者は論外ですが、前者については未成年や学生でさえなければ問題ありません」
「そ、う……なんですか?」
「ええ。幸い、門倉様に紹介出来る案件もございますし」
「本当ですか!?」
「……ただ、その為にいくつかやって頂きたいことがございます」
展開の速さに思わず尋ねた実緒に、木元がそう言ってくる。自分に出来ることだろうか? 緊張しつつ、次の言葉を待つ実緒に木元が告げたのは。
「おそらくですが、免許証やパスポートなどはお持ちではないですよね……まずはマイナンバー記載の住民票を取り、転出届を出して貰うことです。今日、これから出来ますか?」
そうなると高校を卒業し、大学進学も出来なくなった今は母と二人きりになるのだが、今日はこれから母も出かける。母は、二か月に一度くらいのペースで近所ではなく、最寄りの地下鉄駅にある美容室に行き、髪を切ったり染めたりするのだ。あと、昼食も済ませてくるので帰りは夕方くらいである。
ちなみに、母は食事やお茶の時以外に実緒が一階にいることを嫌がる。どれくらい嫌かと言うと、実緒が十歳になった頃くらいから、パソコンとテレビを実緒の部屋に設置して、食事が終わったら部屋に追いやるくらいだ。だから、今のように朝食が終われば部屋に戻り、昼食や母が出かける時だけ一階に降りていた。
「いってくるわ」
「いってらっしゃい」
父を見送った時と同じように声をかけ、母が出ていくのを見送った。そして、外から母が鍵をかけて気配が離れるのを待ってから、部屋へと戻り──そのまま、パソコンを起動してその前に座った。
(よし、今のうち!)
部屋は別だしドアを閉めてはいるが、深夜にテレビやパソコンを見ていると、音や気配で気づくのか両親がいきなり部屋に入ってきて、叱られることがある。ただ、スマートフォンからの操作が不安だったのともう一つ、検索で気になることが書かれていたので朝になり、両親が出かけるのを待っていたのだ。
そんな訳で、実緒は夜の間にみつくろっていたリゾートバイトを派遣する会社のホームページを開き、登録画面へと進んだ。そして送信完了したところでふう、と息をつき、持ってきていた麦茶で一服していると──登録から三十分くらいで、実緒のスマートフォンに着信があった。
(来た!)
会社にもよるらしいが、リゾートバイトは感染症の流行後、電話での面接が基本らしい。そして、営業時間内の登録であれば一時間以内で、こうして電話が来るのだと。
父も母もいない今のうちに、と思いつつ電話に出る。
「こちら、MOTENAリゾートの木元と申します。門倉様のお電話で、よろしいでしょうか?」
「はい、門倉です」
「お仕事のご希望をお伺いするのと、面接で十五分程度お時間頂きますが、今、お時間大丈夫でしょうか?」
「大丈夫です! よろしくお願いします!」
声は、真面目そうな若い女性のものだった。この電話の対応で、落とされる場合もあるらしいので実緒はハキハキした対応を意識して答えた。
そんな実緒に、木元と名乗った女性が質問をしてくる。
「どの期間、リゾートバイトをされるご予定でしょうか?」
「可能なら今月から、その後は可能な限り長く続けたいです」
「ありがとうございます。ご希望のエリアなどは、ございますでしょうか?」
「道内であれば、どこでもいいです」
今、手元にあるお金で移動となると道外は難しいだろう。そう思って答える実緒に、木元が更に尋ねてくる。
「ご希望の職種などはございますでしょうか?」
「特にないです」
「寮は個室と相部屋がありますが、ご希望はありますでしょうか? また、Wi-Fiなどは希望されますでしょうか?」
「Wi-Fiと個室希望です。ただ、どちらかしか選べないならWi-Fiでお願いします」
「解りました。現在、病院に通院されていたり、薬を服用されていることはありますか?」
「特にありません」
「おタバコは吸われますか? あと現在、髪を染めてますでしょうか?」
「いえ。吸いませんし、染めてもいません」
「身だしなみでタトゥーを入れていたり、ピアスをつけてますでしょうか?」
「どちらもしていません」
ここまでは、実緒が検索結果で見た記事と同じだった。けれど、ここから少し質問が変わる。
「門倉様は、高校を卒業されたばかりですよね? 今まで、バイトも含めて職歴はございますか?」
「いえ」
「…………」
そこで言葉が途切れたのに、実緒は不安になった。やはり、未経験者では難しいのだろうか?
そう思っていたが刹那、続けられた言葉を聞いて実緒は思わず目を瞠った。
「間違えていたら、申し訳ないです……門倉様は、ご家族と距離を置く為にリゾートバイトに申し込まれましたか?」
「っ!」
「あ! それはいいんです!」
「えっ!?」
いきなり図星を指されたが、その後に続いた内容に実緒はたまらず声を上げた。確かに、家出目的で住み込みが出来る仕事を探しての応募だが、いいとは一体、どういうことなのか?
驚いて声を上げた実緒を宥めるように、木元が話の先を続けた。
「住み込みバイトだからこそ、そういう目的の方『も』いらっしゃいます。あと、警察などから逃げるのに申し込む方も……後者は論外ですが、前者については未成年や学生でさえなければ問題ありません」
「そ、う……なんですか?」
「ええ。幸い、門倉様に紹介出来る案件もございますし」
「本当ですか!?」
「……ただ、その為にいくつかやって頂きたいことがございます」
展開の速さに思わず尋ねた実緒に、木元がそう言ってくる。自分に出来ることだろうか? 緊張しつつ、次の言葉を待つ実緒に木元が告げたのは。
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