先祖返りの君と普通の僕

先祖返りの君と普通の僕

小田君と矢吹君の卒業

各部の全国大会が終わり、3年生の引退試合が行われ、いつの間にか3学期も終わり。
今日は卒業式。
多くの生徒が後輩との別れを惜しみ、また教師との別れを惜しんでいた。

高原先生と幸田先生の元には、特別授業に参加していた生徒たちの保護者がやって来ていた。

「高原先生、一年間有難うございました」
「先生のおかげで、うちの子も何とか大学へ行くことが出来ました」

塾もさぼってばかりだったうちの子が、行きたい大学があると言って急に勉強を始めて…
数学の最初で躓いていたうちの子に、中学校の数学から遡って教えてくれて…

保護者からの感謝は尽きず、担任でもないのに2人は花束を貰った。
高原先生は初めて、感動して涙がでるという体験をした。

それが終わると今度は野球部の３年生が保護者と一緒にやってきて

「まあホント細いわね～！」
「ちゃんと食べるんだぞ先生！」
「健康は食事からだよ！」

…と「カンタンお弁当レシピ」「一から学ぼう、気楽に栄養学」という本をくれた。
両方とも、あの食べる事に情熱を燃やしている北浜君の、お母さんが書いた本らしい…
ちなみに北浜君は2年生なのでまだ卒業しないのだが。

「先生、卒業旅行行こうよ！」
「そうそう、商店街のお茶屋のおばちゃんの実家が、民宿なんだって。
　素泊まりなら安くしてあげるって。
　その代わり台所は勝手に使ってもいいし土鍋も使って良いって」
「先生、鍋パしようぜ！！」
「たこパもしようぜ！」

野球部の面々は、
「たった9人だし、全員参加だから！」
「高校最後の楽しい思い出にしたいんだ！」
「もう日程も決めたから、絶対来てね！」
…と9人全員で高原先生に迫った。

高原先生は、初めて、
「うん、絶対、行く」
と約束をした。


＊＊＊

卒業式が終わり、各運動部では3年生の退寮に向けて準備が進められていた。
サッカー部の寮も例外ではなく、進路の決まった3年生たちは次の場所へ巣立つ準備をしている。

小田君と矢吹君は、大陸のクラブチームへ行くことが決まっている。
坂下君と上尾君は、国内のトップリーグでの活躍が期待されている。

今年度のレギュラーメンバーは、半数以上がプロのチームから引き合いがあったらしい。
残りのメンバーも、スポーツ推薦で大学へ進学が決まり…
残念ながらレギュラーになれず3年間過ごした選手も、全員が進学先または就職先を決め…。
卒業後にどこにも行くところがない子が1人も居ないのは素晴らしい事だと言えた。

「来年はかっしーと、園田と、日置か…」
「日置、次の守護神、頼むな！」
「はい！」

今年1年生だった子が2年生になる。
今年2年生だった子が3年生になる。
3年生だった子は、次の場所へ散っていく。

どこの部も同じだ。

「かっしー！先に大陸で待ってっから…って、あー、そっか、最初は国内のほうが都合が良いか」
「ま、かっしーが来るまで踏ん張っとくわ！
　10年もありゃ遠恋も平気になってるだろ」
「な…なんなんすか！！」
「任せろ、俺らが見張っとくから」
「頼んだぞ坂下、上尾！」
「何を頼むんすか！！」

今年のサッカー部はサッカー以外の事でも通じ合えた仲になった。
当人には悪いが、チームとしては良い結果だと言える…

部長の方針である「パフォーマンスが下がらないのであれば恋愛自由」は間違っていなかったようだ。

来年やって来る1年生はどんな子たちだろうか…
1年生と2年生には期待と不安が入り混じる。

次こそレギュラーになれるという保障はない。

だから、また明日からも練習に励むのだ。

「先輩、卒業おめでとうございます！」
「来年も頼んだぞ！！」
「「はい！！」」

涙の別れ。
そして…

「あ、俺と矢吹、結婚するから」
「…は？」

突然の爆弾発言。

「どういうことですか！？」
「いや、矢吹が結婚するって話を慶子にしたら、俺らも入籍だけ先にしとこうって話になってさ」
「小田ぁ…さっきの言い方は良くないぞ？」
「えっ、何でだよ！？」

小田君の紛らわしい一言で、全員の涙が引っ込んだ。