36 / 88
先祖返りの君と普通の僕
強豪部vs弱小部
しおりを挟む
野球部員の一人が声を上げる。
「は?意味わかんねーし」
サッカー部員も言い返す。
「意味わかんなくはないだろ、高原先生の好きな食べ物とか、趣味とか、どんな芸能人が好きかとか、そういうのを教えて欲しいって言ってるだけじゃん」
当然のごとく言い合いになる。
「理由がわかんねーって言ってんの」
「だから、高原先生に何か良いことしてあげたいんだって」
「良いことってなんだよ、怪しいんだよ」
「良いことは良いことだよ…。
その、世話になってるから、何かお返ししたいと思って」
野球部員がまた言う。
「お返しとか、そんな事言って、高原先生を取り込む気だろ!そうはいくか!」
「そうだそうだ!高原先生はず~~っとうちの顧問でいてくれるって言ってんだぞ!諦めろ!」
正確には『続けられる限りは続けるよ』だが、そんなことを言えば高原先生を奪われて廃部に追い込まれるかもしれない。
野球部の火を絶やすわけにはいかない。
地域とのつながりだって、自分たちの部があってこそという自負がある。
それに…
「高原先生は野球が好きなんだぞ!」
「そうだそうだ!」
「先生の好きなものは野球!以上!帰れ!帰って練習しろ!」
「先生から野球を取り上げるな!」
「サッカー部にはグラウンドやっただろ!これ以上やるもんなんかねー!」
「昼飯の邪魔だぞ!」
先生が強豪部の地区大会に連れまわされているのは全員が知っている。
土日に何かイベントをしたくても、毎度毎度先生の都合がつかないのだ。
「まだ遊びにも行けてないんだぞ!」
「そうだ!おまえらが連れまわすからだぞ!」
「遊園地も水族館もボーリングも、カラオケも行けてないんだからな!」
強豪部どもには不満しかない。
みんなで高原先生の思い出を作ろうと決めたのに、土日にいつもどこかの部活の応援に連れていかれてしまう。
「遊園地、水族館、ボーリング、カラオケ…だな?」
「おう…なんだよ、それがどうした」
「どれか一個、譲れ」
「はあ!?何言ってんだよ、そっちは全国大会でお忙しいんでしょ?帰れ、そして練習しろ」
「いいから、一個譲ってやってくれって!」
「なんなんだよもう!」
「水族館…水族館だけでも、譲ってやってくれ、頼む」
サッカー部の妙に真剣な態度に、野球部員たちは怯んだ。
「別に、譲るとかそういうもんじゃねーし」
「じゃあ、うちが水族館、もらってもいいな?」
「勝手にすればいいだろ?」
「ところでなんでその4つなんだ?」
「先生が行ったことなさそうなとこってだけだ、好きかどうか…」
「そうか、ありがとう!じゃあ!」
そういうとサッカー部員たちは颯爽と帰っていった。
「なんなんだあいつら…」
「しょうがねえ、水族館は譲ってやるか」
「海は譲らないけどな」
彼らは春休みの合宿…という名の旅行について、話し合いを再開する。
「この前のシェルターツアーで知り合った、お茶屋のおばちゃんの実家が民宿やってるって言ってたじゃん?そこさあ、安く泊まれたりしねえかなぁと思って」
「聞いてみようぜ、それで、あとは交通費だろ?」
「電車とマイクロバス、どっちが安いかな…」
サッカー部が何を考えているのかは分からなかったが、俺たちは俺たち…と野球部はさっきの話を聞かなかったことにした。
ーーーーーーーーーーーーーー
「水族館?」
樫原君は寮の食堂で、同級生たちを訝しんだ目で見た。
「そう、全国大会の決勝やるスタジアムの近くに水族館があるんだよ」
お節介なサッカー部員たちが説明をする。
「高原先生、水族館行ったことないんじゃないかって話でさ」
「だから、決勝行ったら水族館でデートしようって、誘うんだよ」
「初めての水族館なんて、絶対盛り上がるだろ」
「そしたら、お付き合い開始も夢じゃないだろ」
「…」
「野球部に初めてを奪われてもいいのかよ!」
「よくない」
「じゃあ、勇気出して誘えよ!」
「わかった、誘う」
樫原君はみんながバックアップしてくれるのをありがたく受け取ることにした。
どうせ卒業まで待っていたって、答えはNoだろうと分かっている。
だったら、どこか気分の盛り上がったところで一気に押すしかない。
最後までは無理でも、キスぐらいは…。
だけど、
「誘っても、『行けたら行くよ』としか言ってくれないんだろうな…」
先生の答えはいつもそうだ。
でも、他の人間の「行けたら行く」とは違う。
高原先生のそれは「行けない用が無い限り、絶対に行く」という意味だ。
それでも、
「世の中に絶対はないって…なんであんなに頑ななんだろうなあ」
嘘でもいいから、「絶対に行くよ」と言って欲しい。
思春期の少年の願いを、先生は叶えてくれないのだろうか。
「は?意味わかんねーし」
サッカー部員も言い返す。
「意味わかんなくはないだろ、高原先生の好きな食べ物とか、趣味とか、どんな芸能人が好きかとか、そういうのを教えて欲しいって言ってるだけじゃん」
当然のごとく言い合いになる。
「理由がわかんねーって言ってんの」
「だから、高原先生に何か良いことしてあげたいんだって」
「良いことってなんだよ、怪しいんだよ」
「良いことは良いことだよ…。
その、世話になってるから、何かお返ししたいと思って」
野球部員がまた言う。
「お返しとか、そんな事言って、高原先生を取り込む気だろ!そうはいくか!」
「そうだそうだ!高原先生はず~~っとうちの顧問でいてくれるって言ってんだぞ!諦めろ!」
正確には『続けられる限りは続けるよ』だが、そんなことを言えば高原先生を奪われて廃部に追い込まれるかもしれない。
野球部の火を絶やすわけにはいかない。
地域とのつながりだって、自分たちの部があってこそという自負がある。
それに…
「高原先生は野球が好きなんだぞ!」
「そうだそうだ!」
「先生の好きなものは野球!以上!帰れ!帰って練習しろ!」
「先生から野球を取り上げるな!」
「サッカー部にはグラウンドやっただろ!これ以上やるもんなんかねー!」
「昼飯の邪魔だぞ!」
先生が強豪部の地区大会に連れまわされているのは全員が知っている。
土日に何かイベントをしたくても、毎度毎度先生の都合がつかないのだ。
「まだ遊びにも行けてないんだぞ!」
「そうだ!おまえらが連れまわすからだぞ!」
「遊園地も水族館もボーリングも、カラオケも行けてないんだからな!」
強豪部どもには不満しかない。
みんなで高原先生の思い出を作ろうと決めたのに、土日にいつもどこかの部活の応援に連れていかれてしまう。
「遊園地、水族館、ボーリング、カラオケ…だな?」
「おう…なんだよ、それがどうした」
「どれか一個、譲れ」
「はあ!?何言ってんだよ、そっちは全国大会でお忙しいんでしょ?帰れ、そして練習しろ」
「いいから、一個譲ってやってくれって!」
「なんなんだよもう!」
「水族館…水族館だけでも、譲ってやってくれ、頼む」
サッカー部の妙に真剣な態度に、野球部員たちは怯んだ。
「別に、譲るとかそういうもんじゃねーし」
「じゃあ、うちが水族館、もらってもいいな?」
「勝手にすればいいだろ?」
「ところでなんでその4つなんだ?」
「先生が行ったことなさそうなとこってだけだ、好きかどうか…」
「そうか、ありがとう!じゃあ!」
そういうとサッカー部員たちは颯爽と帰っていった。
「なんなんだあいつら…」
「しょうがねえ、水族館は譲ってやるか」
「海は譲らないけどな」
彼らは春休みの合宿…という名の旅行について、話し合いを再開する。
「この前のシェルターツアーで知り合った、お茶屋のおばちゃんの実家が民宿やってるって言ってたじゃん?そこさあ、安く泊まれたりしねえかなぁと思って」
「聞いてみようぜ、それで、あとは交通費だろ?」
「電車とマイクロバス、どっちが安いかな…」
サッカー部が何を考えているのかは分からなかったが、俺たちは俺たち…と野球部はさっきの話を聞かなかったことにした。
ーーーーーーーーーーーーーー
「水族館?」
樫原君は寮の食堂で、同級生たちを訝しんだ目で見た。
「そう、全国大会の決勝やるスタジアムの近くに水族館があるんだよ」
お節介なサッカー部員たちが説明をする。
「高原先生、水族館行ったことないんじゃないかって話でさ」
「だから、決勝行ったら水族館でデートしようって、誘うんだよ」
「初めての水族館なんて、絶対盛り上がるだろ」
「そしたら、お付き合い開始も夢じゃないだろ」
「…」
「野球部に初めてを奪われてもいいのかよ!」
「よくない」
「じゃあ、勇気出して誘えよ!」
「わかった、誘う」
樫原君はみんながバックアップしてくれるのをありがたく受け取ることにした。
どうせ卒業まで待っていたって、答えはNoだろうと分かっている。
だったら、どこか気分の盛り上がったところで一気に押すしかない。
最後までは無理でも、キスぐらいは…。
だけど、
「誘っても、『行けたら行くよ』としか言ってくれないんだろうな…」
先生の答えはいつもそうだ。
でも、他の人間の「行けたら行く」とは違う。
高原先生のそれは「行けない用が無い限り、絶対に行く」という意味だ。
それでも、
「世の中に絶対はないって…なんであんなに頑ななんだろうなあ」
嘘でもいいから、「絶対に行くよ」と言って欲しい。
思春期の少年の願いを、先生は叶えてくれないのだろうか。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
98
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる