先祖返りの君と普通の僕

紫蘇

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プロローグ

誰にでも偏見はある

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樫原勇人、16歳。
小学生のとき、大災害…魔獣の大発生に遭い、両親と死別した彼には1つ、忘れられない記憶がある。

必死で魔獣から逃げる自分。
後ろには父と母。

「私たちのことはいい!走りなさい!」
「振り向くな!走れ!」

「でも、でも…!」

「勇人、あなたなら逃げ切れるわ!」
「行きなさい!早く!」

先祖返りの勇人なら、その身体能力で逃げ切れる。
父と母の言うことは最もだった。

魔獣は長い腕を振り回し、家をなぎ倒し暴れていた。
そしてこちらの方に向かって巨体を揺らしながら近づいてくる。

魔獣の発生は予測不能だ。
突然現れて暴れ、街を破壊する。
だから、どこの街にも地下シェルターがあって、そこへ逃げ込めばひとまずは助かる…

だが、魔獣は予想以上に大きく、近場のシェルターはもう入口が開かなくなるほど変形していた。

遠くの、まだ逃げ込めるところへ行くしかない。
逃げ遅れた街の人たちも走っていた。

母は足が悪かった。
だから父は母を背負って走っていた。
街の人たちにも助ける余裕はない。
魔獣の進路から外れようと、皆が散り散りに逃げる。

ドシン!ドガン!

何人もが吹き飛ばされる。
何人かが踏み潰される。

勇人は両親を振り返る。
途端に魔獣の動きがスローモーションで見え…

「父さん!母さん!」

父と母も、踏み潰された。

「父さぁん!母さあぁん!」

その時だ。

「風!」
誰かが叫んだ。
強い風に背中を押されて数メートル飛ばされた。
地面を転がされて、魔獣との距離が開いた。
「雷撃」
バン!と大きな音がして、魔獣の動きが止まった。
「土槍」
地面から大きな土の槍が何本も生え、魔獣に突き刺さった。
「疾風三千刃」
魔獣は切り裂かれ、断末魔を上げる暇なく散った。

黒いコートを着た若い男がいた。
真っ赤な目を光らせて、
魔獣がいた場所に立っていた。


「魔導士様だ!」
「助かったぞ!」


街の人たちは彼の到着に歓喜した。
たった今、父と母を喪った勇人を残して…。

「な、んで、」

あと、あとほんの少し。
ほんの少し、早く来てくれたら…

魔導士の表情は変わらなかった。
疲れた様子も、慌てた様子もない。

「なんで、もう少し早く、」

あいつがもっと必死で走って来ていたら。
間に合ったはずなのに。

「何でだよ!!」

街の人たちの歓喜の声に掻き消されて、魔導士にその声は届かない。
届かないはずなのに、魔導士はこちらを見た。
真っ赤な目は虚ろで、この世のものと思えなかった。
勇人はその目を睨み返した。

すると、

「まだ安心できない、シェルターへ急いで」

魔導士は、不思議とよく聞こえる声でそう言い…




消えた。


----------

屋上でブスくれる勇人に、が声をかけた。

「なあ勇人~。
 何でそんな高原センセに敵意剥き出しなの」
「……だってよ……」

は購買で買ってきたイチゴミルクのパックにストローを刺して、聞く。

「本人は違うって言ってるんだろ?」
「けど、そっくりなんだよ、そいつと!」

仕方無えな…とはイチゴミルクを飲む。
半分ほど飲んだところで…言う。

「俺も大災害で、妹、死んじまったけどよ、そんときの魔導士さんには感謝してるぜ?
 妹の仇を取ってくれたってな。
 お前だって分かってんだろ?
 その魔導士さんがお前の父ちゃんと母ちゃんを殺したわけじゃないんだし…」
「でも!もっと速く走れたはずだ!」
「そりゃお前の基準じゃそうだろうけどさ…」

先祖返りの勇人なら、小学生だったとしても相当足は速かったはずだ。
それに、勇人だって、普通の人間はそれほど速く走れない事くらい理解している。だが…

「あんな魔獣を倒せるようなやつが、俺より足が遅いなんておかしいだろ!?」
「だからって、必死で走ってきて魔法使えませんでした…じゃ、もっと被害はでかくなるだろ」

、と彼は断りを入れてから、言う。

「魔導士だって、万能じゃないんじゃねえの?
 こうして動くたびにフウフウいってたし」
「見た目は、だろ」
「見た目は、な」

見た目で人を判断するなって言うだろ、と言ってから勇人は続けた。

「それにあいつ、目の前で消えたんだ…それって魔法でどっか行ったってことじゃねえのかって。
 だったらそれ使って来てくれりゃ…って…」

あと、1秒、早ければ…
助かったはずなのに。
諦めきれない思いが溢れる。
勇人の目から涙が溢れる。

「どうして、どうして死んじまうんだよ…
 何で、たった1秒の差で、死んじまうんだよ…
 俺だって、分かってる、けど…
 魔獣の方が、あと1秒遅ければ…って…」

目の前で両親が殺されたのを消化しきれるほど、勇人は達観していない。

「…俺以外にも、たくさん、身内が死んだやつがいるのも分かってる…、お前だって、そうだし」
「うん、そうだな…だけど、俺は妹が死ぬとこは見てねえから…見たのは死体になった妹だけで…
 だからまだ…諦めがつくのかもな」
「それに、高原も…兄貴を、亡くしたって」
「……そうか」
「俺…高原に、酷い事…言ったの、謝らないと…いけないのに、謝れない…。
 だって、あの顔見たら…思い出して…」


この国は大災害から立ち直ろうとしている最中だ。
人の心まで、立て直す余裕は…まだ、無い。





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