飼い猫はご主人を食べる

紫蘇

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箱庭でのせいかつ

蛍舞う神の庭

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神様が帰ってから晩御飯を食べ、久しぶりに露天風呂へみんなで入る。

「雨も上がったし、丁度良い」
「温かいねえ…」
「この季節はちょっと温めになるようにしてるんだよ!」
「至れり尽くせりだね」

このお風呂にはスミのこだわりが詰まっているらしく、僕が褒めると誇らしげにするのが可愛い。
あの日、セックスの時には子ども扱いしないと約束したけど、心の中ではやっぱり子どもなのだ。

僕もまだまだだなあ…。

考えてる事を誤魔化す様にお湯を掬って顔をゴシゴシする。
ボタンが言う。

「ご主人ほんと温泉好きだよな」
「こうやって毎日お風呂につかれるなんて、高校生以来だよ」

一人暮らしでユニットバスだったら、まずお湯なんて溜めない。
猫ちゃんもお風呂に入らないし…

「…こうしてみると、猫じゃないんだなあ」
「まあそうだな。
 猫であることを辞めたのは随分昔だ」
「ネズミ追いかけ回したり犬をけしかけられたりしたのも随分昔だよ」
「人を呪うために殺されかけたりね!」

3人の猫生はなかなか波乱万丈だったみたい。

「我らはご主人に会うまで、猫に悪意を向ける者ばかりを見て来た。
 我らの使命を思えば仕方の無い事ではあるが…」
「そっか」
「フクは白猫だから良いよ!
 ぼくみたいに黒い猫は大変なんだ。
 不幸になるとか何とかって、石を投げられたりするし!」
「そうか…そうだよね」
「黒ブチ猫はその辺気楽だけどな」
「みんな大変だったんだね」
「ああ、人が餌をくれる時代でもないしな」

昔は人がくれた餌に当たって死ぬ猫ちゃんもいただろうし、今だってひもじくて鳴いてる子もいる。
子猫のうちに親を失ってカラスの餌になる子、ごみと一緒に捨てられる子…

「猫も人も幸せに暮らせるようになればいいのにね」

報われずに死んだ生き物たちが、次こそ幸せになれますように…

そう祈りながらふと空を見上げると、フワフワと蛍が飛んでいる。
そういえばこういう時期だっけ。

ぽわ…ぽわ…と光りながら飛ぶ蛍。

そういえばこの庭にいる虫たちはどこから来たんだろう?
現世でつらい思いをした生き物たちだろうか。

「綺麗だな…」

蛍は別に人にどう見られるかなんて気にしてはいないだろうけど、こっちが思う分には勝手だろう。
僕が空を見上げていると、3人がいつの間にか近くに寄ってきていた。

「だが世の中は随分変わった。
 今の猫は幸せな者も多いだろう」
「優しい飼い主さんも多いしね!」
「体にいい飯も色々あるしな」
「本当?」

僕、この3人にずっとカリカリと猫缶を食べさせていたのをちょっと気に病んでいたんだ。
毎日同じ味のご飯…飽きたり嫌になったりしなかったのかなって。

「でも、僕の用意するご飯はいつも同じで…」
「奏汰だって、いつも袋ラーメンだった」
「いや、僕は賄いも食べてたし…」

居酒屋のバイトは賄いが美味しかった。
最初は無料だったんだけど、途中から1食300円になって…
僕はその300円もケチって途中から賄いを食べなくなった。

「…食べてたのは最初だけだった」
「ほらあ!」
「我らの食事代が嵩んでしまったのだな…」
「俺らの飯を安いのにすれば良かったのに」

3人は口々にそう言うけれど、そんな事考えたことも無かった。
だって元々それほど高い餌でも無かったし…

「…もっとお金持ちの人に飼われてたらもっと色々美味しいごはんを食べられたのに、って思ったら、申し訳ない事ばっかりだったよ」
「奏汰…」

ボタンが僕の右手をそっと握った。
僕がボタンのほうを見たら、その瞬間にキスされた。

「…奏汰は、とてもいいご主人だよ」
「そう、かな」
「あんまり家にいなくて、寂しい事もあったけど…
 外で一生懸命働いてるの見たら、仕方ないなって思った」
「本当に?」

すると左側からするりと右肩へ手が伸びた。

「優しいのだな、ご主人は」
「…そんなことない、普通…」

左の頬にフクがキスをくれた。

「ご主人の事、好きだよ。
 他のところでどんなに美味しいご飯が貰えたって、やっぱりご主人が好き」

正面からスミが迫って来て、またキスをした。

こんなにも誰かから愛されるなんて、あっちの世にいる間は想像もしなかった。

「蛍…きれいだね」
「ああ、そうだな」
「いつくらいまで飛ぶのかなぁ」
「終わるまで毎日見に来ようよ、4人で」
「そうだね」

そういって僕たちは、蛍が光らなくなるまで露天風呂で過ごしたのだった。
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