飼い猫はご主人を食べる

紫蘇

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箱庭でのせいかつ

説得、納得 sideフク

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あれから半刻程。
ご主人はもぞもぞと体を縮めてころりと寝返りをうち、その拍子に枕から頭が落ちた。

「んっ……あれ、フク」
「気が付かれたか、ご主人」

少し浮かない顔のご主人。
風呂での一件がそうさせているのはすぐに分かった。

「ご主人、何か不都合でもあったか?」
「え、あ…ううん、何にも…ない、です」

何もない訳が無い。
我はご主人から思いを引き出すために軽く口づけをした。

「んっ、もう、フク…だめだよ」
「何故だ?
 愛情を伝えるのに最も良い方法と聞くが」
「その、僕は…君たちに、愛して貰えるような人間じゃないから」
「だがご主人はご主人だろう」
「それはそうだけど、そう、だけど…」

言い淀むご主人。
これは知っていると伝えた方が良さそうだ。

「ご主人はご自分を臭くて気持ち悪いと言っていたと、ボタンから聞いているが」
「…うん」
「その事について、我の話を聞いて頂けるか?」
「……うん」

どうせまた同じことを…という顔をするご主人。
ボタンの様に、理屈無しで「気にならない」とか「好き」だと言えばこじれるだろう。
ご主人の納得を得るには、どうすればいいか…。
付き合いの長い我にはそれが何となく分かるのだ。

「まずご主人が気にしている頭髪の事だが、ここで暮らしていれば回復する故、お気になさるな」
「うん…えっ?」
「現世ではご主人の頭髪が危機的状況にあったが、それは不摂生が祟っていた為の事だ。
 こちらで健やかに過ごせば次第に良くなる。
 我が保証しよう」
「そ…そうなんだ!良かった…」
「それから、肌の調子…脂性が気になると言うのも、昨日悪い物を抜いた際に改善している。
 背中の吹き出物も無くなったと言ったであろう?
 鏡で確認してみると良い」

我は姿見を出し、手鏡でご主人の背中を写し、確認するように言う。
ご主人は素直にそれに従い…

「本当だ…!」
「顔がべたついていない事も分かるだろう」
「本当だ、テカってない…」

そして、我らにしてみれば一大事なのだが…

「体臭も…残念ながら改善されてしまっている」
「…は?」
「匂いが薄くなってしまった…」
「…ええええ!!」
「まあ、学生時代に戻っただけだ…。
 畑で作業をすれば汗もかくだろうし、その時に堪能することに、する…」

少し大げさに悲しんでみせると、ご主人は我に慌てて聞いた。

「な、なんでそんな、悲しそうなの」
「我らは長らくご主人の飼い猫だった。
 それはとても…穏やかで、幸福な日々だった。
 ご主人の匂いにはその記憶が詰まっているのだ」
「そ…うか」

ご主人は少し納得し始めたようだ。
もう少しだけ補足すれば、あとは問題ないだろう。

「ご主人はくさいと言うが、我らにはご主人の体臭が心安らぐ香りと刷り込まれている。
 変な例えかもしれんが、ニンニクの匂いに置き換えれば分かりやすいかと思う」
「…つまり、嫌いな人にはくさいけど、好きな人にはいい匂い…ってこと?」
「左様。
 さて、少し田畑を見に行かないか?
 良い天気であるし、健やかな汗もかけるだろう」

気分を変えれば、自己卑下も少しは治まるはず。
何より陽の光は気分を良くするものだ。


ご主人を新しいシャツと作業用ズボンに着替えさせ、外へ連れ出す。

「うわあ~いい天気!」
「うむ、いい天気だ。
 畑の方へ行ってみよう、色々植えたからな」
「そうなの?見たい!」

可愛らしいご主人の言葉に、思わず笑みが溢れる。
そう、もうここはご主人を苦しめた現世うつしよではないと、もっと実感させねば…。

「ほらご主人、ナスの花が咲いているぞ」
「わっ、ほんとだ!うまく実ができるかなぁ…」

ほら、表情が明るくなったろう?

我も伊達に1300年も生きておらんということさ。

「立派な菜園だね!」
「気に入ったか?」
「もちろんだよ!」

ご主人はニコニコと野菜たちを眺めている。

ご主人が「いいな」と思うものをこれでもかと詰め込んで作った場所だ。

ここでならご主人も…
よそへ出たいとは思うまいよ。
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