1 / 31
プロローグ
師匠と弟子
しおりを挟む
春。
田舎の鄙びた学校の前に、4頭立ての堅牢な黒い馬車が止まる。
中から1人の男が降りてくる。
男はきりりとした眉に鋭い黒の瞳、黒髪を後ろに撫でつけた典型的オールバックに細い銀縁の眼鏡をかけ、近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
身長は高く、それに見合った体格。
いわゆる「均整の取れた体」をダークスーツに包んでおり、それもまた威圧感を高めている。
羽織った黒のローブには紫の糸で複雑な蔦の模様が刺繍されており、彼が若くして相当の地位にいることを伺わせた。
「……よし」
そんな美丈夫は、少し緊張した面持ちで学校の門をくぐる。
「師匠…いや、タビト。
今日こそあなたを私のものにする」
吐いた言葉に、知らずと魔力が宿る。
それもそのはず、彼はこの国で最高峰の魔導師…
地位も実力も今代最強と言われた男である。
*****
そのころ、とある教室では子ども向けの魔法の授業が行われていた。
柔らかそうなシナモン色の短髪、萌木の緑の瞳をたたえた穏やかとしか言い様のない40代の男性教師が、3~5歳児たちの前で授業をしている。
「みんなは、魔法というとどんなものを思い浮かべるかな?」
「はい!炎です!」
「わるいやつをこおりづけにする…」
「かみなりがどーんって!」
こどもたちは口々にワイワイと発言する。
それを教師はニコニコと黙って聞く。
そうしているうちに子どもたちは静かになる。
教師がまた話し出す。
「そう、みんなが言ったとおり、いきなり自然にはありえない事を起こすのが魔法です」
「ありえないって?」
「ない、っていう言葉の強い言い方だね。
『そんなのぜったいにない』っていう意味かな」
「はーい」
「そんなのぜったいにない、と思うようなことを起こす元になるのが、自分のなかにある魔力です。
魔力を使って、狙った場所に『ぜったいにない』ような事を呼び出します」
「どこからよぶんですか?」
「精霊界と呼ばれる場所です。
そこには火とか水とか氷の精霊が住んでいて、その精霊の力を呼び出します。
こんなふうに……………着火」
教師が何か呟くと、彼の指先に小さな火が灯る。
こどもたちはそれに見入る。
教師はその火を消してから子どもたちに言う。
「きょうは、その精霊界のお話をします」
「はーい!」
「せいれいかいがわかったらまほうつかえる?」
「うん、これは魔法が使えるようになるための準備のひとつだよ。
他にも覚えなきゃいけない事はいっぱいあるからね、まずは最初のひとつから、順番」
「はーい」
そして教師はこの世界について話を始める…
「まず、今みんなが生きている世界があります。
この世界と重なるようにして、精霊界や魔界や神界があります。
別々にあるんじゃなくて、重なっている…
たとえば、この本にはこの世界で使われる文字が書いてあるよね?
その文字のとなりに精霊語が書いてあって、魔語が書いてあって、神語も書いてある…
別々じゃなくて、一緒になっている、そういう感じです」
「せんせい、まかいとしんかいってなんですか?」
「魔界は、魔物が棲んでいる場所。
神界は、神が住まう場所…と、言われています。
魔界からは生き物…魔物を呼ぶことが出来ます。
使い魔っていうのがそれだね。
神界からは神の奇跡…怪我を治したり、病気を治したり、魔物を寄せ付けなくしたりする力を呼べます。
治癒は魔法とは別でしょう?
呼びかける界が違うからだね。
魔法は精霊界から力をもらって、突然火を出したり、水を出したり、雷を呼んだりするものの事」
「せんせいはぜんぶできるの?」
「そうだね、治癒も魔法も使えるけど…魔物を呼んだことはないよ。
魔語は知っているけど…みんなも、急にお友だちから引き離されたら悲しいでしょう?
だからね…したくないんだ」
「じゃあ、おともだちのいないまものはいいの?」
「うーん…それは…難しい問題だね。
おともだちも家族もいなくて、自分の住んでる世界が嫌で、人間界に住みたい…
そういう魔物を選んで連れてこられれば良いけど、僕にそこまでの事は出来ないからなあ」
「そうかあ」
子どもたちががっかりしているのを見て、教師は苦笑する。
子どもたちにはまだ、教師に出来ない事が自分たちに出来るとは思えないのだろう。
そんな彼らの考えを改めさせるために、教師は一人の人間を引き合いに出した。
「帝国の筆頭魔導師様ぐらいになれば、呼べるかもしれないけどね」
「しってる!ケンプファーさまでしょ!」
「つかいま、よんだって!」
「ミア、姿絵みた!すごくかっこいい…」
「かみがくろくて、めがねかけてて…、かっこいい!」
「そうだね、とってもかっこいいよね」
「うん、あそこにいるひとみたい!」
「えっ…」
ひとりの子どもが、教室の窓から外を指す。
そこにはいつの間にか1人の男が立っていて…
教壇に立つ教師に、熱い視線を送っていた。
田舎の鄙びた学校の前に、4頭立ての堅牢な黒い馬車が止まる。
中から1人の男が降りてくる。
男はきりりとした眉に鋭い黒の瞳、黒髪を後ろに撫でつけた典型的オールバックに細い銀縁の眼鏡をかけ、近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
身長は高く、それに見合った体格。
いわゆる「均整の取れた体」をダークスーツに包んでおり、それもまた威圧感を高めている。
羽織った黒のローブには紫の糸で複雑な蔦の模様が刺繍されており、彼が若くして相当の地位にいることを伺わせた。
「……よし」
そんな美丈夫は、少し緊張した面持ちで学校の門をくぐる。
「師匠…いや、タビト。
今日こそあなたを私のものにする」
吐いた言葉に、知らずと魔力が宿る。
それもそのはず、彼はこの国で最高峰の魔導師…
地位も実力も今代最強と言われた男である。
*****
そのころ、とある教室では子ども向けの魔法の授業が行われていた。
柔らかそうなシナモン色の短髪、萌木の緑の瞳をたたえた穏やかとしか言い様のない40代の男性教師が、3~5歳児たちの前で授業をしている。
「みんなは、魔法というとどんなものを思い浮かべるかな?」
「はい!炎です!」
「わるいやつをこおりづけにする…」
「かみなりがどーんって!」
こどもたちは口々にワイワイと発言する。
それを教師はニコニコと黙って聞く。
そうしているうちに子どもたちは静かになる。
教師がまた話し出す。
「そう、みんなが言ったとおり、いきなり自然にはありえない事を起こすのが魔法です」
「ありえないって?」
「ない、っていう言葉の強い言い方だね。
『そんなのぜったいにない』っていう意味かな」
「はーい」
「そんなのぜったいにない、と思うようなことを起こす元になるのが、自分のなかにある魔力です。
魔力を使って、狙った場所に『ぜったいにない』ような事を呼び出します」
「どこからよぶんですか?」
「精霊界と呼ばれる場所です。
そこには火とか水とか氷の精霊が住んでいて、その精霊の力を呼び出します。
こんなふうに……………着火」
教師が何か呟くと、彼の指先に小さな火が灯る。
こどもたちはそれに見入る。
教師はその火を消してから子どもたちに言う。
「きょうは、その精霊界のお話をします」
「はーい!」
「せいれいかいがわかったらまほうつかえる?」
「うん、これは魔法が使えるようになるための準備のひとつだよ。
他にも覚えなきゃいけない事はいっぱいあるからね、まずは最初のひとつから、順番」
「はーい」
そして教師はこの世界について話を始める…
「まず、今みんなが生きている世界があります。
この世界と重なるようにして、精霊界や魔界や神界があります。
別々にあるんじゃなくて、重なっている…
たとえば、この本にはこの世界で使われる文字が書いてあるよね?
その文字のとなりに精霊語が書いてあって、魔語が書いてあって、神語も書いてある…
別々じゃなくて、一緒になっている、そういう感じです」
「せんせい、まかいとしんかいってなんですか?」
「魔界は、魔物が棲んでいる場所。
神界は、神が住まう場所…と、言われています。
魔界からは生き物…魔物を呼ぶことが出来ます。
使い魔っていうのがそれだね。
神界からは神の奇跡…怪我を治したり、病気を治したり、魔物を寄せ付けなくしたりする力を呼べます。
治癒は魔法とは別でしょう?
呼びかける界が違うからだね。
魔法は精霊界から力をもらって、突然火を出したり、水を出したり、雷を呼んだりするものの事」
「せんせいはぜんぶできるの?」
「そうだね、治癒も魔法も使えるけど…魔物を呼んだことはないよ。
魔語は知っているけど…みんなも、急にお友だちから引き離されたら悲しいでしょう?
だからね…したくないんだ」
「じゃあ、おともだちのいないまものはいいの?」
「うーん…それは…難しい問題だね。
おともだちも家族もいなくて、自分の住んでる世界が嫌で、人間界に住みたい…
そういう魔物を選んで連れてこられれば良いけど、僕にそこまでの事は出来ないからなあ」
「そうかあ」
子どもたちががっかりしているのを見て、教師は苦笑する。
子どもたちにはまだ、教師に出来ない事が自分たちに出来るとは思えないのだろう。
そんな彼らの考えを改めさせるために、教師は一人の人間を引き合いに出した。
「帝国の筆頭魔導師様ぐらいになれば、呼べるかもしれないけどね」
「しってる!ケンプファーさまでしょ!」
「つかいま、よんだって!」
「ミア、姿絵みた!すごくかっこいい…」
「かみがくろくて、めがねかけてて…、かっこいい!」
「そうだね、とってもかっこいいよね」
「うん、あそこにいるひとみたい!」
「えっ…」
ひとりの子どもが、教室の窓から外を指す。
そこにはいつの間にか1人の男が立っていて…
教壇に立つ教師に、熱い視線を送っていた。
11
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説


【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。


完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します

【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる