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向かえ!大団円
【閑話】南東の農場にて
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その日、南東の農場には何台もの護送馬車が集まり、首輪を付けられた囚人が次々に乗せられていた。
3人、あるいは5人、あるいはもっと…
次から次へと積み込まれ、終わったそばから出発していく。
「…一体どこへ行くんだ」
「さあね、俺たちは何も知らされていない。
俺たちの安全の為にもな」
それは小さな皮肉だった。
かつてこの男は、人を脅す事を何とも思わない人間だったからだ。
人が思い通りになるまで、燃やし、凍らせ、感電させ…
そう、全て魔法によって。
男はかつて貴族だった。
魔法を武器に、領地を栄えさせてきた家の末裔だ。
魔法を使える自分がいれば、例え魔物が出てきても問題無い。
魔法を使える自分がいれば、例え水路が壊れても問題無い。
魔法を使える自分がいれば、例え畑が踏み荒らされても問題無い。
魔法は万能の力で、魔法さえあれば領地は安泰。
魔物が出たと聞くや、自らそこへ赴いて魔法を持ってそれを退け、傷ついた領民を癒し、畑を元通りに耕し…。
それを当たり前にやってきた家だった。
だから領軍も最低限、領地維持費も最低限。
だからその分、税金を安上がりにできた。
だから領民は余裕のある暮らしができるようになった。
そうして商業が盛んになり、人が増え、領地は発展していった。
そしてそれは、彼の家に限った事では無かった。
殆どの「魔法あり貴族」の家は、そうやって領地を富ませ、成長したのだ。
それは間違いなく成功だった。
それが歪みの原因になると、その時は誰が想像しただろうか。
領主の魔法を頼みにした防衛は、いつしか脅しの道具になった。
領主が魔法を使える事を前提とした領地経営は、必然的に魔法が使える者しか領主になれない規則を作り、それがいつしか魔法を使えない子どもを虐待する言い訳になった。
そして、魔法が使える事が特権のようになってくると、貴族でもその血筋でも無いのに魔法が使える人間がいる事が不都合になり、その不都合に気が付く頃には、平民の命をどうとも思わない思想に染まっていた。
搾取が平然と行われ、魔法が使えない大多数を劣等と決めつけ、この世の贅を極めようと…
それが貴族の特権、いや、魔法が使える者の特権だと…
そして、それは「血の粛清」と呼ばれる一連の国家改造の時まで続いてしまった。
男たちを断罪する時、今代の王は言った。
「魔法が使えるだけで、偉そうに」
その言葉に、誰も言い返す事は出来なかった。
***
男を乗せた馬車は途中で一旦止まり、彼らに僅かな時間の休憩を与えた。
「…ここは、魔力のある土地…?」
長年魔力の無い土地で暮らしてきた男には、僅かな違いでも大きな感動だった。
「草が…青々と、生えて…」
「あんなに木が、大きく…」
それは、魔力の無い土地が一体どういう所だったかをより強く思わせた。
魔力の無い土地での生活は、想像以上に困難を極めた。
慣れない農作業は、たった一日目で身体中に痛みが走った。
働かざる者食うべからず、と監視に叩き起こされ、鍬や鋤で必死に耕しても、種を撒いても、大した実りにはならない。
何一つ喜びの無い生活。
何一つ成功の無い生活。
国の温情だけで生かされる日々。
今朝食べたパンも、スープも、自分たちで作った物だけではとても賄えない。
可哀想だからと与えてもらえる食事、服…
プライド、自尊心、自負、自己肯定感、全てがすり減っていく、感覚。
そんな生活を、もう20年以上、やってきた。
最初こそ抵抗したし、魔法が使えない所員を馬鹿にもした。
だが、魔法が無ければ鍛えてもいない職員にすら勝てないと散々に分からされ、魔法の無い人間が魔物を倒す事の壮絶さにようやく思い至り…
それを専門にしてきた騎士団たちを嘲笑ってきた自分を恥じた。
そして、魔力が切れるまで魔法を使った後は、自分もただの人間になるのだと今更気づいた。
魔法は人の力を超える。
だがそれに限界はある。
大きな力を失えば、そこに残るのは…。
「なあ、俺たち、どこへ連れて行かれるんだ?」
「分からん、ここと似たような土地が他にもあるのかもしれない…」
話に聞いた事がある。
あの憎らしい大魔術師ギゼルの生まれた場所も、まともな作物の取れない場所だった、と。
「…木が生えていたというのだから、魔力が無かったわけではないだろうが…」
そう、大きな木が生えていて、そこで村人はみんな首を吊ったのだと…
子どもを売った次の日に。
「…魔力があっても、作物が育たない土地…」
「だが魔力があるのなら、今までより少しは…ましかも、しれん」
どこへ連れて行かれるのだろうか。
そして、自分たち以外の服役者はどこへ行ったのだろうか。
農場に残された者と、自分たちでは何が違う?
「分からない事だらけだ」
もう、残りの刑期が何年なのかも分からない。
刑期を終えて外に出られたとして、自分がどうやって生きて行けばいいのかも…。
3人、あるいは5人、あるいはもっと…
次から次へと積み込まれ、終わったそばから出発していく。
「…一体どこへ行くんだ」
「さあね、俺たちは何も知らされていない。
俺たちの安全の為にもな」
それは小さな皮肉だった。
かつてこの男は、人を脅す事を何とも思わない人間だったからだ。
人が思い通りになるまで、燃やし、凍らせ、感電させ…
そう、全て魔法によって。
男はかつて貴族だった。
魔法を武器に、領地を栄えさせてきた家の末裔だ。
魔法を使える自分がいれば、例え魔物が出てきても問題無い。
魔法を使える自分がいれば、例え水路が壊れても問題無い。
魔法を使える自分がいれば、例え畑が踏み荒らされても問題無い。
魔法は万能の力で、魔法さえあれば領地は安泰。
魔物が出たと聞くや、自らそこへ赴いて魔法を持ってそれを退け、傷ついた領民を癒し、畑を元通りに耕し…。
それを当たり前にやってきた家だった。
だから領軍も最低限、領地維持費も最低限。
だからその分、税金を安上がりにできた。
だから領民は余裕のある暮らしができるようになった。
そうして商業が盛んになり、人が増え、領地は発展していった。
そしてそれは、彼の家に限った事では無かった。
殆どの「魔法あり貴族」の家は、そうやって領地を富ませ、成長したのだ。
それは間違いなく成功だった。
それが歪みの原因になると、その時は誰が想像しただろうか。
領主の魔法を頼みにした防衛は、いつしか脅しの道具になった。
領主が魔法を使える事を前提とした領地経営は、必然的に魔法が使える者しか領主になれない規則を作り、それがいつしか魔法を使えない子どもを虐待する言い訳になった。
そして、魔法が使える事が特権のようになってくると、貴族でもその血筋でも無いのに魔法が使える人間がいる事が不都合になり、その不都合に気が付く頃には、平民の命をどうとも思わない思想に染まっていた。
搾取が平然と行われ、魔法が使えない大多数を劣等と決めつけ、この世の贅を極めようと…
それが貴族の特権、いや、魔法が使える者の特権だと…
そして、それは「血の粛清」と呼ばれる一連の国家改造の時まで続いてしまった。
男たちを断罪する時、今代の王は言った。
「魔法が使えるだけで、偉そうに」
その言葉に、誰も言い返す事は出来なかった。
***
男を乗せた馬車は途中で一旦止まり、彼らに僅かな時間の休憩を与えた。
「…ここは、魔力のある土地…?」
長年魔力の無い土地で暮らしてきた男には、僅かな違いでも大きな感動だった。
「草が…青々と、生えて…」
「あんなに木が、大きく…」
それは、魔力の無い土地が一体どういう所だったかをより強く思わせた。
魔力の無い土地での生活は、想像以上に困難を極めた。
慣れない農作業は、たった一日目で身体中に痛みが走った。
働かざる者食うべからず、と監視に叩き起こされ、鍬や鋤で必死に耕しても、種を撒いても、大した実りにはならない。
何一つ喜びの無い生活。
何一つ成功の無い生活。
国の温情だけで生かされる日々。
今朝食べたパンも、スープも、自分たちで作った物だけではとても賄えない。
可哀想だからと与えてもらえる食事、服…
プライド、自尊心、自負、自己肯定感、全てがすり減っていく、感覚。
そんな生活を、もう20年以上、やってきた。
最初こそ抵抗したし、魔法が使えない所員を馬鹿にもした。
だが、魔法が無ければ鍛えてもいない職員にすら勝てないと散々に分からされ、魔法の無い人間が魔物を倒す事の壮絶さにようやく思い至り…
それを専門にしてきた騎士団たちを嘲笑ってきた自分を恥じた。
そして、魔力が切れるまで魔法を使った後は、自分もただの人間になるのだと今更気づいた。
魔法は人の力を超える。
だがそれに限界はある。
大きな力を失えば、そこに残るのは…。
「なあ、俺たち、どこへ連れて行かれるんだ?」
「分からん、ここと似たような土地が他にもあるのかもしれない…」
話に聞いた事がある。
あの憎らしい大魔術師ギゼルの生まれた場所も、まともな作物の取れない場所だった、と。
「…木が生えていたというのだから、魔力が無かったわけではないだろうが…」
そう、大きな木が生えていて、そこで村人はみんな首を吊ったのだと…
子どもを売った次の日に。
「…魔力があっても、作物が育たない土地…」
「だが魔力があるのなら、今までより少しは…ましかも、しれん」
どこへ連れて行かれるのだろうか。
そして、自分たち以外の服役者はどこへ行ったのだろうか。
農場に残された者と、自分たちでは何が違う?
「分からない事だらけだ」
もう、残りの刑期が何年なのかも分からない。
刑期を終えて外に出られたとして、自分がどうやって生きて行けばいいのかも…。
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