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【幕間】留学生たちの野望

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<アブル・サリュールの場合>

褐色の肌に黒髪の美丈夫。
瞳の色はアイスブルー。

海を越えた向こうにある「サリル国」の王族である彼は、ギゼルの次に大魔術師になるであろうロンバードとの親交を深める為にやってきた。

アブルは従者の男に言った。

「一年早く入学した分、距離をどう縮めるかを考えていたが…。
 向こうからやってきてくれたうえに、まさか魔法の道具まで開発して貰えるとはね」
「素晴らしい成果で御座います、アブル様」
「他の国が何を求めているか、分かったかい」
「ええ、大体は」

魔法にも縋りたい、という事は、その国最大の困り事だという事だ。
自分の国は『防暑』の魔法ブレスレットを頼んだが、出来れば「水が出る何か」を頼みたい。
それを頼めないのは、ひとえに他国の目があるからだ。

サリル国は砂漠だ。
大河の周辺やオアシス近辺ではそれなりに作物も取れ、街も繁栄しているが…

「畑が足りない。
 まだ飢えている国民がいる。
 渇きに強い作物を植えてはいるが…中々な」
「そうでございますね、魔法でも何でも…頼れるものは使わねば」

アブルは目を閉じ、手を合わせて祈るように言った。

「ロンバードに我が国を見せたい。
 乾いた大地で、必死で生きる者達を見れば…
 彼なら何かを考えてくれそうな気がするんだ」

ロンバードは優しい。
自国の民、他国の民と分けて考える事もしない。
困っている人が居れば助けたい…お人好し。

「…聞くところによると、ロンバード様は民たちの生活が見える旅をご所望だと」
「ああ、知ってる。
 是非来て欲しいと言ってはいるが…今のオーセンを見るに、外には一歩たりと出さない覚悟だろうな」

ロンバードがダリルと結婚しさえすれば、外遊という形で呼ぶことも出来る。
学友に会いに行くという名目であれば叶うかもしれない…

「…本当は、攫って連れ帰りたいがな」

一緒に居ると落ち着く。
癒される。
能力云々が無くても、それはそれで…。


<ニール・レア(ドラーク)の場合>

ライトブラウンの髪にオレンジの瞳。
気さくで明るい普通の子…と思いきやドラーク帝国の皇子様。
この世界では新興国と呼ばれる国もまた、魔法を欲していた。

「はあ…あのオッサン、何俺の正体ばらしてくれてんだよ」
「…とはいえ、ロンバード殿以外の方はご存じでしょうけどね」
「けどロンバードにだけはバレたくなかったんだよ!」

友人として近づき、王子との結婚に不安を抱かせ、亡命させる…。
その為にニールはここに来た。
だが今では半分、ロンバードの魅力に取りつかれている。
彼とはずっと「普通の」友だちでいたかったのだ。

彼が感情を揺らすと、ライトブラウンの髪は輝く銀髪に、オレンジの瞳は赤に変わった。
本来の彼の色はこれだ。
いつもは「異能」によって隠されている。

「…ロンバードを手に入れれば、魔法は一部の部族だけの特権では無くなる。
 そうすれば、特権を振りかざしている連中にも釘を刺せる…というのに」
「あの飴だけでも、何とかなりませんでしょうか…」
「そうだな、あれを王族同士の取引で…
 出来ればタダが良かったが、仕方ない」

新興国には金がない。
あるのは山・森・渓谷…
おまけにどこからも魔物が出る。
だから部族間が分断されている。
その上、戦争の無い今、帝国の一部である事を拒否する部族もある。

「…集まっているからこそ意味がある。
 それぞれの部族が長所を生かしてこそ、他国と渡り合えるっていうのに…」
「魔物は出ますが、資源も多いですからね」
「その資源を狙っている者から、皆を守らなきゃならない。
 皇族が資源を一元管理しようとするのはその為だっていうのに」
「先日も、ある部族が他国の商人に騙されかけた事件が御座いましたから…」
「それ、『魔法の手紙』で通達したか?」
「はい、全部族に、速やかに。
 あれは実に便利で御座いますな」

ドラーク帝国の中心から、最も離れた集落まででもたった1日。この学園と大使館の間であれば、半時もかからず通達が届く。

つまり学園での事が各国へすぐに広がる要因は…
ロンバードの開発した「魔法の手紙」なのであった。


<クレア・ベルドルトの場合>

白い肌にストロベリーブロンド。
瞳の色は深い緑。
可愛い顔して中身は肉食獣、山を越えた向こうの「セルナ神聖国」の枢機卿の息子である彼は、ロンバードから渡されたブレスレットを腕にはめ、上機嫌だ。

「これを量産するんだ、巡礼者に格安で貸し出せるくらいにね。
 そうすれば、魔法使いが頼めない庶民でも大神殿へ足を運べる。
 結果、お布施が増えるという算段さ」

神聖国は小さい。
周りに舐められない為にも金がいる。
いざという時に他国を支援してやる金だ。

だがそれこそが、小さい国でありながら大国に匹敵する影響力を保つ為の策…。

「効果のほどはいかがです」
「素晴らしいよ、風魔法さえ防げる。
 魔力の充填は神殿で、魔術師にやらせればいい。
 本人がうろうろ出向くより安全・安心。
 魔術師たちも喜ぶよ」
「なんと、充填が効くのですか…素晴らしい!」

宗教は集金装置だというが、国にまで発展すれば蓄えてばかりもいられない。
国は個人ではないのだから…。


<レドモンド・スフィーリアの場合>

水色の髪に紫の瞳。
草原と大河を越えた向こうの「アデア王国」の若き公爵であり冷徹な剣士である彼は、実年齢、32歳。

「少々無理があると思いましたが、意外に何とかなるものですな」
「書類さえ揃っていれば問題ない、そもそもこの学び舎に通うのに年齢制限は無いからな」

つまり、留学するのも何歳だろうが構わないだろう…と、まあ、そういう事でねじ込んだ。

最初は年齢も偽るつもりは無かったのだが…

「ロンバード殿に冗談が通じないのは意外だった」
「…主様のご冗談は分り難うございますから」

無理がある設定にも関わらず、ロンバードは彼を同い年として受け入れてしまった。
従者は苦笑しながら言った。

「…しかしあのお方…少々心配になりますな」
「だがそのお陰で、目的の半分は達せられたのだから…王もお喜びになろう」
「は、スフィーリア家の名も益々高まりましょう…武だけではなく、交渉事においても優れている、と」
「そうであれば良いがな」

ロンバードはあまりにも素直で優しく、およそ政治の世界には向かない人間だ。
その彼を騙したようで、何とも…後味が悪い。

「それでも彼の作る「魔法の道具」はいつも素晴らしい」

彼に頼んだ「防寒魔法ブレスレット」はもうすぐ出来上がる。
その時が待ち遠しくて仕方がない…
寒さに震えて死ぬ兵を、一人でも減らせるだろうか。

「出来上がりを確認次第、完成品を本国へ送れ。
 冬までに量産体制に入れるように準備を」
「はっ」

従者は深く一礼してその場を去った。
スフィーリア公爵は遠く母国を見つめ…

「今年の冬は、誰も死なせない」

と呟いた。


<カナデ・レンギョウの場合>

黒目黒髪のミステリアス美男子。
そんなカナデの母国、大陸も海も越えた向こうの島国「サラシナ国」はずっと湿気と戦ってきた。

その戦いの記録たるや1万年余。

敵は常にカビ・カビ・カビ…そして腐敗。
せっかく取れた食料も、備蓄している間に食べられなくなっては意味がない。

「保存食が発達している、とはいえ…
 それも管理を怠れば腐る」
「夏は暑いですし、冬は寒いですし、秋口は大風が吹きますし、通信の方は言うに及ばず…。
 全ての腕輪を何とか手に入れて量産出来たら…」
「それは難しいだろう、オーセンは魔法ブレスレットを今後の交易の柱にするつもりではないか?」

開発依頼を許されたのは各国一種類ずつだけ。
いや、依頼を許されただけでも僥倖、だが…。

「交渉相手がロンバードだけなら、宝石と引き換えにあれこれと頼めそうだったのにな」
「ええ、あの外交官のご老人…中々やり手で御座いました」

隙があれば、そこを徹底的に突く。
隙が無ければ一度引き下がり、隙を見せるのを耐えて待つ。
将軍である祖父の戦い方は、そっくりそのまま外交の心得となってカナデに引き継がれている。

「だが、諦めてはならない。
 我が国は資源の量こそないが、種類は豊富だ。
 それに『真似て作って改造する』のはサラシナのお家芸…
 腕輪の形をしているだけで充分だ。
 『倉庫で使うなら置き型の方が~』とロンバードが言い始めた時にはどうなるかと…」

そう、本来は置き型になるはずだった。
だが腕輪が良いと言ったらロンバードは快諾…
いや、多分深くは考えていまい。
湿気を取りたい倉庫は山ほどあるからね、という言葉に「あーそっか~」で返ってきたのだから。

「つまり、腕輪の形をしている事こそが隙、と」
「その通りだ。
 爺、腕輪が届き次第、本国に持って戻れ」
「分かっております、代わりの者の手配も済んでおります」

サラシナ国はオーセンから遠い。
隠れて使うぐらいの事は何でもない…

「遠い事が有利に働く事があるとはな」

カナデは茶を啜り、微笑む。
ロンバードはサラシナ国に来たいそうだ。
もし我が国に来て、勝手に量産されたブレスレットを見つけてしまうような事があれば、その時は…

「僕が大事に囲ってあげる。
 ロンバードとなら、いい家庭が築けそうだしね」
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