話が違う2人

紫蘇

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あがく世界

パッセル、王宮へ行く

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「パッセル、こっちだ」
「はっ」

あの実験からすぐの休日、パッセルはエバ王子の手引きで王宮へ潜入した。
勿論、エバ王子の母親で王妃であるラルス・カヌス・アルバトルス陛下に会う為だ。

「…あの後、すぐに実験の話をしたんだ。
 同じ立場で苦しんでいる者達を救う為ならと二つ返事で了承してくださった」
「畏れ多くも有難いお話です」

王宮の庭園をコソコソと通り、王妃のいる離宮へ窓から侵入する。

「…この隣の部屋に、お母上がいらっしゃる。
 監視は俺が引き付けておく、その隙に頼む」
「分かりました」

王子は一人部屋から出て、堂々とその監視に話しかけにいった。

「マンダリニア卿、母上のご様子は?」
「は、本日も特に変わった事は御座いません」

そうして、王子は監視の騎士の腕を引き、扉から遠ざけつつヒソヒソと話を始める…

「父の愛人がおかしな真似をしに来たりは?」
「特に御座いません」

その隙にパッセルはするりと隣の部屋へ入る。
その様子を確認してから、王子は母上にお会いしたいと言って堂々と部屋へ入り…

「…エバ、この子が…パッセル?」
「はい、お母様。彼は…」
「ふふ、知ってるよ。災害に見舞われた地域へ飛んで行って、民たちを救ってくれているんだろう?
 本当にオメガなんだね…ふふ、何だか誇らしい気分になるよ」

王妃はベッドの上で細くなった腕を持ち上げ、パッセルと握手を交わす。
かなり衰弱している…それでも気は確かだ。
本当は強い人だったのだ、とエバ王子は後悔と悲しみで押しつぶされそうになる…

「王妃様、時間がありません。
 今回実験する仮説について、説明は?」
「うん、エバから聞いてるよ。
 首筋の傷を完全に消してしまえば、番を解消できる可能性があるって」

王妃は静かに笑った。
この実験にはそれほど期待していないという顔だった。
パッセルはその顔を見て安堵した。
過剰な期待をしていた場合、プラシーボ効果が起きる可能性もある。
それでは正確な結果が分からないからだ。

「はい、そうです。
 今回の仮説は強烈な刷り込み…と共に、もう一つ試したい事があって…」
「何?」
「心臓の修復が出来るか、と」
「ふふ、面白いね。
 いいよ、どうせもう僕も長くないし…
 何でも好きにしてくれたら」

そう言うと、王妃はネックガードを外し、パッセルに項を差し出す様に座り直した。

「…では、失礼して」

パッセルは王妃の項にそっと触れた。
他人に触れられる事に無意識の忌避を感じるのか、王妃は少し眉を顰め…

そして、パッセルの詠唱が始まった。

「…この傷痕が完全に治癒され跡形無く回復し、噛まれる前、美しく穢れを知らぬ姿へと…戻れ…」

パッセルの指先が触れた部分から温かな光が漏れる。
優しく、優しく…パッセルは自身の魔力をそこから染み込ませ、番う事によって変えられてしまう部分を探り…

「この疵がもたらす、全ての変化…この世から消え失せ、人の決め事…人により変化する、と…知れ」

パッセルは指先に全神経を集中させる。
自分の体と王妃の体で何が違う?
何も変わらない、それなら…脳の一部を、書き換えられた…強烈な刷り込み、無意識であれば大脳、小脳、視床…

「……ふ……」

視床下部、海馬、知る限りの脳の部位を…

「……ん……?…くっ、ふ……」

…奥の、奥の方…血を利用するとするなら、心臓、肺、全ての臓器に…。

「……ぉ…ん、…あぁ……んふ…」

パッセルの指先から出る光が次第に収束し、数本の糸のように…それが、王妃の項に全て繋がり、

やがてパッセルはそっと王妃の項から指を離す…だが、糸は繋がったまま…そして、一本一本をゆっくり丁寧に抜いて…

「…本日はこれにて終了です」
「分かった、パッセル…ここに紙とペンを」
「ありがとうございます」

パッセルは、王妃のベッドの隣に置かれた机に向かい、今分かった事を記録していく。
魔力を使い過ぎたのか、鼻先から汗がしたたり落ちる。その汗でインクが滲む事も構わず、恐るべき集中力で紙束に向かい…
王子が一度退室し、果実水を入れた水差しを二つ用意して戻って来るのにも気づかない程、今感じた事の全てを思い出そうと脳味噌をフル回転させる。

「…すごいね、彼は」
「はい、パッセルは今までの常識では測れぬ男で…お母様は、大丈夫ですか?」
「ああ…少し横になるよ」

王妃も疲れたのか、ベッドへ体を横たえ、息子が用意してくれた吸い飲みで、少しずつ果実水を体へ入れる。

猛然と神にペンを走らせていたパッセルも、ようやく自分の疲れに気付いたかのように額の汗を拭い、それから立ち上がろうとしてややふらつく。

「ちょっと、大丈夫かい!?」
「は、少し消耗致しましたが平気であります」

パッセルは45度の礼を取り、その姿勢のまま王妃に奏上した。

「…これは、想像以上に大変です。
 術者だけでなく、処置を受ける方にも相応の体力が必要になるかと存じます。
 王妃様、本日より出来得る限り栄養をお取り頂き、次の実験に備えて頂く事は可能でしょうか?」

パッセルは王妃に「次」を要求した。
それは、王妃に「次」まで生きておかなきゃならない理由を作る為でもあった。

「…それほどなの?」
「ええ、項の傷痕は完全に消せましたが、それ以上に各臓器の消耗が激しい。
 まずは柔らかく油の少ない物から…腹いっぱいのところへ、もう一口を詰め込む。
 どうかよろしくお願い致します」
「分かった、やってみるよ」

そうして、パッセルは王妃の部屋の窓からそっと飛び降り…
王宮から無事離脱した。

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