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揺らぎの時
パッセル VS リュノ
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「…………」
「ふ…う、何とか…なったな」
リュノ王子は勘違いしていた。
彼は、パッセルが「箱入り」だと思っていたのだ。
オメガになりたての、初心な…
「そんなわけ無いっての」
う~ん、残念。
むしろ逆。
「悪いが、強制睡眠の魔法ぐらい使えるんでね」
窓を開け、部屋からお互いの香りを追い出す。
換気扇をイメージした魔法で…
こういう時に魔力を持っていて良かったと思う。
「しかし、彼は俺がこういう攻撃を受けた事が無いと、なぜ思い込んでいたんだかな…」
パッセルがオメガだと分かった瞬間から、何人のアルファがやってきては撃沈しているか。
それこそ最初のうちは、フェリスやクレイドに助けられた事もあった。
だが、回数をこなしていくうちに、相手を無理矢理眠らせる魔法を無詠唱で出せるようになった。
「ま、今回は助かったから良いとするか…
後の処理はアラウダ殿に任せよう」
未来の徴税役人…かもしれない人間に貸しを作るのは難だが、仕方ない。
王子様に物申すのには身分も必要。
「…しかし、今までの連中よりも効いた…」
アルファの中にもそういった序列があるのかも知れんな、と考えながら、パッセルは火照る身体を引き摺って念の為寮の自室へ戻った。
***
「…逃げられた、か」
可愛らしい容姿に騙された…
いや、彼と二人きりになって浮き足立ったのかもしれない。
しばらくは警戒されるだろうな…
ああ、気が重い。
「折角4番目に生まれたのに、隣国の王子様では…
駄目、か」
柑橘の香りが、僅かに残る部屋。
単純に「君を番にしたいと思った」では許されない間柄。
彼がただの平民であれば、どれほど良かったか!
出自もバース性も、枷にならないほどの力。
彼の功績は魔法農法・魔法工法の確立だと言うが、それより貴重なのは治癒の力。
さらに言えば、求心力…
そうさ、ここへ来る時に少し調べたんだ。
彼が何者なのかをこの国の村人に聞けば、すぐに教えてくれた。
災害で傷ついた人たちを救ったんだってね。
洪水で流された畑も、戻したんだってね。
魔物にやられて燃えてしまった果樹園を、再生させてくれたんだってね。
そして、何より…
まずは自分たちの話を聞いてくれるんだ、ってね。
「あの人が来てくれたら大丈夫…か」
農村からの絶大な支持。
多くの国民から慕われる人物。
下手をすれば消されてもおかしくない存在。
王権を揺るがしかねない危険人物。
でも誰もが味方にしたいと願う人。
「救国の士…か」
アルバトルスは、彼を絶対に外へ出さないだろう。
来年あたり入学してくる第二王子が、彼との婚姻を目論んでいると聞く。
「国境の向こうから、君を見初めた…
と、正直に言えば良かった…かな」
それはこの夏のとある1日。
国境付近で動きがあると、引っ張り出されたその場所で見た…
美しい少年の隣で笑う、可愛らしい君。
望遠鏡越しに、目が合った気がした。
誘引香など分からぬままに、胸が疼いた。
だから4番目の立場を利用して、この国へ来た…
兄たちは、王になるか王を支える仕事につく。
姉はもう嫁いでいった。
約束された立場が無いのは自分だけ。
代わって欲しいと笑いながら言う兄たちに、複雑な気持ちを抱いた日々。
だがその言葉は…
本当の気持ちだったのかも知れない。
兄たちを行かせられない場所に引っ張り出される日々も、この出会いの為にあったのだ。
「…プロポーズ、してみようか」
結婚してくれと、唯一になって欲しいと…
そう言ったら、彼はどんな顔をするのかな。
「……ふふっ」
驚くかな。
それとも澄ました顔?
あの読めない顔色を変えてしまいたい…
リュノ王子は心底、パッセルに恋をしていた。
「ふ…う、何とか…なったな」
リュノ王子は勘違いしていた。
彼は、パッセルが「箱入り」だと思っていたのだ。
オメガになりたての、初心な…
「そんなわけ無いっての」
う~ん、残念。
むしろ逆。
「悪いが、強制睡眠の魔法ぐらい使えるんでね」
窓を開け、部屋からお互いの香りを追い出す。
換気扇をイメージした魔法で…
こういう時に魔力を持っていて良かったと思う。
「しかし、彼は俺がこういう攻撃を受けた事が無いと、なぜ思い込んでいたんだかな…」
パッセルがオメガだと分かった瞬間から、何人のアルファがやってきては撃沈しているか。
それこそ最初のうちは、フェリスやクレイドに助けられた事もあった。
だが、回数をこなしていくうちに、相手を無理矢理眠らせる魔法を無詠唱で出せるようになった。
「ま、今回は助かったから良いとするか…
後の処理はアラウダ殿に任せよう」
未来の徴税役人…かもしれない人間に貸しを作るのは難だが、仕方ない。
王子様に物申すのには身分も必要。
「…しかし、今までの連中よりも効いた…」
アルファの中にもそういった序列があるのかも知れんな、と考えながら、パッセルは火照る身体を引き摺って念の為寮の自室へ戻った。
***
「…逃げられた、か」
可愛らしい容姿に騙された…
いや、彼と二人きりになって浮き足立ったのかもしれない。
しばらくは警戒されるだろうな…
ああ、気が重い。
「折角4番目に生まれたのに、隣国の王子様では…
駄目、か」
柑橘の香りが、僅かに残る部屋。
単純に「君を番にしたいと思った」では許されない間柄。
彼がただの平民であれば、どれほど良かったか!
出自もバース性も、枷にならないほどの力。
彼の功績は魔法農法・魔法工法の確立だと言うが、それより貴重なのは治癒の力。
さらに言えば、求心力…
そうさ、ここへ来る時に少し調べたんだ。
彼が何者なのかをこの国の村人に聞けば、すぐに教えてくれた。
災害で傷ついた人たちを救ったんだってね。
洪水で流された畑も、戻したんだってね。
魔物にやられて燃えてしまった果樹園を、再生させてくれたんだってね。
そして、何より…
まずは自分たちの話を聞いてくれるんだ、ってね。
「あの人が来てくれたら大丈夫…か」
農村からの絶大な支持。
多くの国民から慕われる人物。
下手をすれば消されてもおかしくない存在。
王権を揺るがしかねない危険人物。
でも誰もが味方にしたいと願う人。
「救国の士…か」
アルバトルスは、彼を絶対に外へ出さないだろう。
来年あたり入学してくる第二王子が、彼との婚姻を目論んでいると聞く。
「国境の向こうから、君を見初めた…
と、正直に言えば良かった…かな」
それはこの夏のとある1日。
国境付近で動きがあると、引っ張り出されたその場所で見た…
美しい少年の隣で笑う、可愛らしい君。
望遠鏡越しに、目が合った気がした。
誘引香など分からぬままに、胸が疼いた。
だから4番目の立場を利用して、この国へ来た…
兄たちは、王になるか王を支える仕事につく。
姉はもう嫁いでいった。
約束された立場が無いのは自分だけ。
代わって欲しいと笑いながら言う兄たちに、複雑な気持ちを抱いた日々。
だがその言葉は…
本当の気持ちだったのかも知れない。
兄たちを行かせられない場所に引っ張り出される日々も、この出会いの為にあったのだ。
「…プロポーズ、してみようか」
結婚してくれと、唯一になって欲しいと…
そう言ったら、彼はどんな顔をするのかな。
「……ふふっ」
驚くかな。
それとも澄ました顔?
あの読めない顔色を変えてしまいたい…
リュノ王子は心底、パッセルに恋をしていた。
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