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執事と執事

王宮執事VSリチャード ~王宮執事視点~

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ルース様は規格外だ。
それは散々聞かされてきた事だが、今までお仕えしてきた方とあまりにも違う。

まず大変にお忙しい。
休憩中にお茶をサーブする事もほぼ無い。
昼食のために執務を離れられる事も無い。

「朝晩ちゃんと食べてるから、昼は適当で良い」

そうは言われて常にパンだけ齧っておられる。
食べながら届けられた書簡を読み、補佐局の皆様と話し合う内容をメモされ、面会が必要となればスケジュールを確認し手紙を出すよう指示し…
そしてまた動き出すのだ。

落ち着いてお食事を召し上がれるようにと色々考えてみるものの、全て駄目で…。

「執事ウルフレッドは補佐局にいればいいよ。
 特にこっちでする事もないしね」

と、ついにはやんわり拒否されてしまった。

執事として歩み始めて初めての挫折…
私はどう乗り越えれば良いのか悩んだ。

とりあえずお側に付いていれば、何か分かるだろうと後ろについて歩いた。

次の日には巻かれた。

「…どうすればいいんだ」

実は、お付きのアレク様もようやくのご懐妊となり、産休育休中の仕事は私が引き継ぐ事になったのだ。
それなのに付いて歩くことも出来ないとは…

「ルース様の側付きに必要なもの…」

悩みながら補佐局を出て、何となしにユーフォルビア邸のほうへ歩く。

「……おや?」

あれは、ユーフォルビア家の執事殿…?

「リチャード殿。
 今日はどうされたのですか?」

私がそう聞くと、リチャード殿は平然と言った。

「坊ちゃまに呼ばれましたもので。
 どちらにいらっしゃるかご存じでしょうか?」

…それは私が聞きたい。
少し苛立った私だが、平常心で返事を返した。

「さて、補佐局にはいらっしゃいませんでしたが」

すると、リチャード殿はまたも平然とした顔で言った。

「そうですか、では失礼致します」
「えっ、どちらへ?」
「坊ちゃまのおられる場所へ」

…えっ?
この人、私の言った事聞いてた?
それとも知っているのにわざわざ聞いたのか?
何の為に?

「リチャード殿?あの」

あまりの訳の分からなさに、私はリチャード殿の後を付いていくことにした。

***

リチャード殿は補佐局からすぐの王宮東館へ入っていった。

入口の衛兵に挨拶を交わし、ルース様がこちらへ来られているか聞いた。

「ええ、1時間程前にお越しに」
「有難う御座います」

えっ、やっぱり知らなかったのか?
じゃあなぜここだと分かったんだ?
近場から聞いたら偶然ここだったのか?
分からない。

リチャード殿はどんどん歩いていく。
いや、部屋を聞かなくても良いのか?
私は混乱しながら彼に付いていく。

リチャード殿は1階の来賓室フロア、2階の小会議室フロアには目もくれず、3階の中会議室フロアへ。
すぐにアレク様を見つけ、速足で近づく。

「アレク様!」
「あっ、執事リチャード!久しぶりっす」
「えっリチャードさん?」

アレク様がおられれば、当然、ルース様もおられる。
リチャード殿はバスケットと書類の束をルース様に差し出す。

「ルース坊ちゃま、書類をお届けに上がりました」
「ありがとう!早くて助かる」
「軽食もお持ちしました」
「ありがとう!」

そしてルース様は歩きながら軽食をお召し上がりになるばかりか、書類まで確認なさる。

「ルース様、マナー…」
「んな事言ってたら回んねっす」

マナー違反がどうしても気になる私は、アレク様に逆に小言を頂く。
なのにリチャード殿は…

「野菜ジュースも入れておりますので、会議の前にお召し上がりください」
「さすが執事リチャード、栄養バランスもバッチリっすね」
「お褒め頂き光栄でございます、アレク様」

簡単にお褒めの言葉を貰ってしまうのだ。

…ルース様にお仕えした時間の長さが違う事は重々分かっている。
それでも、私は陛下直々に労いの言葉を頂いた事もある程度には、出来る人間のはずなのだ。

私はリチャード殿の後ろを付いて歩く。
リチャード殿はルース様の真横で差し出される手に小さなパンを乗せながら歩く。
そして、次の目的地である小会議室に付く手前で野菜ジュースを手渡し、ルース様がそれを飲み干された後、空のグラスを受け取り…
またルース様から声を掛けられる。

「あ、リチャードさん、書類の事だけど」
「はい、今日の夕方ごろにトリエステと王宮カフェで会う約束をしておりますので」
「あ、本当?じゃあ夕方でね」
「はい、お仕事頑張ってくださいませ」

成立しているようなしていないような会話をして、リチャード殿はその場を辞する。

私も一緒に東館を出て…

暫く歩いたところで、リチャード殿がこちらを振り返って、言う。

「いつまで付いてくるつもりですか?」
「えっ、いや…その、実は…」

私は思い切って、リチャード殿にアレク様が産休育休中の仕事を引き継ぐ話をした。
幼少期からルース様にお仕えしている方に話を聞けば、何か掴めるかもしれない。

藁をもすがる気持ち。

その事がリチャード殿に伝わったのか、彼は私に「では一つだけ」と言って教えてくれた。

「ルース坊ちゃまにお仕えする際は、礼儀ではなく効率を重視しています。
 そもそも必要なのはスケジュールの管理と調整。
 それ以外の事はしなければ良いだけです」
「礼儀でなく、効率…」
「効率に繋がらない礼儀作法は普段切り落としておられますから。
 坊ちゃまにはそれが日常…完全は非日常です。
 坊ちゃまはお忙しい、だからこそ不完全でも許される日常が必要なのです」

その目は、私がユーフォルビア邸に手を入れた事を咎めていた。
リチャード殿はさらに言った。

「王宮は常に他人からの視線にさらされる場所ですから、完璧を求めるのが最善でしょう。
 そして、そういう場所でお育ちになった方々は、完璧こそ日常です。
 つまり完璧であることが王宮では正しい事だ。
 ここで働く限り、あなたは常に正しかった。
 ですが他家には他家の流儀があるのです」
「…はい、申し訳ありません…」
「分かって頂けて何よりでございます。
 それでは、これで…」

その時、だ。
私は何故か叫んでいた。

「あ、あの!待って下さい!」
「…まだ、何か?」
「今日から暫く、ユーフォルビアの流儀を学びに、伺わせて頂けないでしょうか」
「…あ?」

何でそんな事言ってしまったんだろう。
そんな私に対して、リチャード殿は今まで見た中で一番冷たい目をして…

「それは旦那様方がお決めになる事です」

と言って去っていった。

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