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執事と執事

帰ってきた息子

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トリエステと久しぶりに再会した翌日。

スフィアさんから「心身共に通じ合うことができました」とお礼のお菓子を頂いたので、奮発してコーヒーでも入れようか…とポットを火にかけた。

「うまくいって良かったね、あのお二人」
「うん、特にスフィアさんは、初めて自分から好きになった人がヘヴィさんだったらしいから…
 本っ当に良かった!」

貴族同士の純粋な恋愛結婚は極少だから、僕も本気で応援しようって思ったんだよね。
ほんと役に立てて良かった!
今回のが今までで一番嬉しいかも!
はー、コーヒーが美味しいったらないね!

「あっ、コーヒーといえば…。
 カールさんとバリスタのあの子、どうなったの?」
「今、2人で物件捜してるんだって。
 開店の目途がついたら結婚式するってさ」
「ああ、カフェオレ専門店の?
 上手くいくと良いね!」

ほのぼのとした昼下がり。
他人の幸せを祈れるって、満ち足りてる証拠だ!

……ん?

「旦那様ー!旦那様ー!」
「どうしたんだいリチャード」
「ルース様が急遽お戻りに!」
「えっ、まだ臨月じゃないよね?」

何の連絡もなくルースが戻って来るなんて。
これは事件に違いない…!


***

僕らを見て開口一番、ルースが言った。

「ロイ父さん、俺が来た理由、分かるよね」

現在第3子&4子を妊娠中の我が子は、多少気が立っているらしい…
また双子って、なんかもうすごいよね。
2回連続4つ子産むより確率は高いだろうけど。

「落ち着きなさいルース、急になんだい?」
「…ブレティラ教授と取引してるでしょ」
「な、何をかな?」
「……ピンクの小瓶」
「知らないなぁ~ねえゼフさん?」

そういえばブレティラ殿が言ってた。
ルースがこの薬の存在を許していないって…。

平静を装いつつ、僕はしらを切る。
知りませんでしたで何とかならないかなぁ…
その態度にルースは静かに怒る。

「この国ではまだ媚薬はご禁制なんだよ?
 さっさと揉み消さないとスキャンダルになるでしょ」
「揉み消す!?」
「王族だもん、そんくらい簡単だよ」
「息子が腹黒くなってる!!」

この子の口から揉み消すなんて言葉が出るなんて!?
やっぱり王家に嫁がせるんじゃなかった!
うわーーーん!!

僕とゼフさんが軽くショックを受けていると、ルースは頭をかきかき言った。

「…って言ってはみたけど、もうそんな段階でもないんだよね」
「えっ、そうなの?」
「かなりの貴族がこの薬の事を知ってる。
 その上で、みんな俺だけに秘密にすればいいと思ってるんだ。
 殿下も陛下も使ってるし、共犯状態だからさ…」

だって公爵家の2人が存在を知っちゃってんだもん、とルースは続ける。

あいつら疫病神なのでは?
やっぱ相談受けなきゃ良かったかも…ん?

「でも、殿下が使ってるって事は」
「…書類を持ち帰った時にお茶に入れて出してくるからさ、仕事が進まないんだよ」

えっと、それは…つまり、殿下がこの薬の存在をばらしたって事?
じゃあもうなし崩し的に許可されつつある案件ってこと…?

混乱する僕。
一方ゼフさんは他の事が引っかかったようで、ルースにお小言を言う。

「仕事を持ち帰るからじゃないの?
 夜は2人の時間でしょう、ルース」
「それはっ…そうだけど、終わんないんだもん…」
「終わるくらいに減らしなさい、そうしないとお腹の子に差し障るでしょう?」
「…はい」
「仕事が楽しいのは良いけど、家族をないがしろにしちゃ駄目。
 分かった?」
「……はい」

ルースは不服そうだけど、揉み消すなんて恐ろしい冗談を言った罰でもあると思う。
冗談が過ぎるほど苛立ってるのは分かるけど、ゼフさんが怒るのもごもっともだ。

ルースはブスくれながら言った。

「仕事量は、今後セーブするよ。
 この薬の事が何とかなればね」
「…えっ?」
「この薬の事で、いま立て込んでるんだよ?
 それなのに、この薬を使って仕事させないの矛盾してない?」
「あー…えっと、それは、確かに?」
「何とかこれを合法化するだけでも大変なのに、カメリアと正式に製造法の譲渡について合意して、販売者の選定して、それと同時に危険薬物の一斉摘発して、一方で認可するこの薬の安定供給のための施設作って…
 やること山ほどあるんだよ?」
「…なるほど」

…なるほど、とは言ったものの、僕は政治の事なんて全然分からない。
この薬一つで動くものがこれほどあるなんて知らなかった…それは…申し訳ない。
ルースは言った。

「カメリアとの交渉は、今丁度スプーラ殿下がゴード先輩の里帰りに付いて来てるから一気にやらなきゃだし。
 購入には処方箋が必要ってなると、その処方を出せる医療・心療施設の選定もいるでしょ。
 産科医だけに限るのか、それとも性相談クリニックにも許可するのか…
 それも元庭師トリエステが予定空けてこっち来てくれてるうちに決め切らないと。
 今一気にやらないと、法改正が遅れて本気のスキャンダルになっちゃう」
「…大変だねえ」
「大変だよ、媚薬なんて、何考えてんだか!」

ルースはさらにまくしたてる。
よっぽど腹に据えかねているみたいだ…
こっちも確かに申し訳ないから大人しく聞く。

「そうなる前に手を打ちたいんだ。
 トレッドさんとこからすでに取材交渉が来てる。
 これ以上先延ばしも出来ないから、マスコミ対応はイドラ君に、法改正の書類作成は元生徒会三羽烏に、施設の選定は各大学医学部長に講演会の約束と引き換えに依頼して、一斉摘発はジュリ&ミゼとエル&ジョンの4人…相当振ってるけど、それでも終わらないんだ。
 いずれ合法化する方向で殿下が先に動いてたからこの程度で済んでるけど、普通だったら王宮の全員が徹夜してると思うよ」
「…OH」

これでも…これでも、ましなのか…。
とんでもない事態に発展してしまった。
やはり安易に受けるべきじゃ…でも、殿下がばらしたんだし、うちは関係なくない?

僕は一瞬考え込む。
ルースは構わず立て続けに喋る。

「それで、ここに来たのはね?
 法改正する根拠に必要な資料を貸して貰うため。
 ここで、誰にどのくらい処方したとか、そういうカルテみたいなもの残ってない?
 個人名は伏せる、公表するのは年齢とおおよその身長・体重だけ。
 使用量制限と販売条件は、今ブレティラ教授と殿下とお話し合わせ中」
「お話し合わせ中?」
「やらかした責任は取ってもらうから。
 ……ロイ父さんにもね」
「ひぃっ!?」
「まずはカルテ持って来て。
 それからどういう相談の時に誰にどれくらい処方してるのかを分かりやすく纏めて欲しい。
 できれば1件につき1枚、書式は揃えて。
 よろしく、父さん」

そう言うと、ルースは気が済んだのかリチャードと何か話しながら出ていった。

僕とゼフさんは、今更ながら自分の息子の成長に、ただただ恐れおののくばかりだった…。

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