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あの人は今
再会 ~元主治医視点~
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王宮に来て数か月が経った。
海沿いの診療所には迷惑をかけたが、後任はちゃんと指名して引継ぎもしてきたし、院長先生もいる。
問題ないだろう。
院長先生はカールさんの最初の主治医だ。
まずは疲弊しきった心と身体を休ませることが肝心だと、限界近くまでの投薬治療に踏み切った。
「前の先生は、とにかく眠りなさいって。
怖い夢を見て起きてしまうなら、夢を見ない程深く寝たら良いって言ってくれた」
「……俺に代わった時は、不安でしたか?」
「最初はね。
だけど、寝てばっかりの自分も嫌になってた頃だったから…ちょうど良かったと思う」
「そうですか…良かった」
治療方針が合わなくなったのは、カールさんの若さとしなやかさだったのかもしれない。
「…本当は、俺に代わった時、だいぶ良くなってたんでしょう?」
「ううん…どうだろう、薬で朦朧としてる事が多かったしね」
「…院長先生は、本来終末医療…穏やかに死を迎えられるようにする事の専門医なので」
「そうか、それで主治医が先生に変わったんだね。
もっと生きられるって、そういう事だったんだ」
「…はい」
カールさんはまだ若い。
意識を保っていられる時間を増やすほうが良いのは前の先生も分かっていた。
ただ、する事もなくただ起きているのも辛い記憶を呼び起こす引き金になりやすい。
だから目標を何か持たせて、それに目を向けられるようにとしよう、という事になって…
それで、俺が呼ばれたんだ。
「…俺は、カールさんが少しでも先の事を考える様になれば良いと思った」
「うん」
「だから、街を一緒に歩こうって言ったんです」
俺は単純に、先の話をすれば、カールさんも自然と先の事を考えられるようになるんじゃないかと、何気なく。
カールさんの過去を知っていれば、恋を知らない初心な人だと分かったはずなのに。
彼もユーフォルビアだし、遊び慣れているだろうと…無意識の領域で甘えていたんだ。
俺は何も見えてなかった。
そしてカールさんを傷つけた。
「本当に、申し訳なかった、と…」
その約束を破った償いをしにここへ来た、と言ったら、カールさんは喜んでくれるだろうか。
俺は意を決してカールさんの目を見た。
ひどく優しい目だった。
なのに出て来たのは、俺を突き放す一言で。
「でも、それは社交辞令なんでしょう?」
「えっ」
「日付が決まってない約束は社交辞令だって、陛下が教えてくださったんだ。
僕が勝手に期待しただけで、先生は悪くないよ」
「な…っ」
確かに、最初はそうだったかもしれない。
でも今は違う!
俺はカールさんの手を取って言った。
「違うんだカールさん、俺はあの約束を果たしに!」
カールさんの手を俺は強く握りしめようとして…
「そこまでだよシュタイン君」
「……っ、陛下」
俺を制したのは畏れ多くも国王陛下だった。
「君は、自分が許されるためにカール殿を利用したいだけだろう?
君の治療がこの地点へ届かなかったのは、君の力不足だ。本当はゼフから手紙が来た時点ですぐにこちらに助力を求めるべきだった。
それなのに君は最初ルース君の助力を拒んだ。
プライドが邪魔をしたとすれば最低だね。
君は吊るされた貴族と同じだ。
カール殿を「あの」ユーフォルビアだと、心のどこかで思っている…
生まれながらにどんな閨事でも受け入れられる特別な人種なんだとね」
「そんな!そんなことは、」
「…そんなことあったから、疑似恋愛という最悪の手段を使ったんだろう?
無意識であるにせよ、悪質だね」
地位でも、身分でも無い。
陛下は正論で俺を黙らせる。
そして、俺をどん底に叩き落すように次々とお言葉を発せられる。
「カール殿に許して貰えれば罪が消える?
デートすれば約束をすっぽかし続けた数年間は無かったことになるとでも?
君がカール殿の主治医になった時、彼はまだ40代前半だった。だけど君がもたもたしているうちに50を過ぎてしまった。
この意味が分かるかい?
カール殿が一番気に病んでいたのは何?
1人しか子どもを産めなかったことさ。
ユーフォルビアである彼は、2人以上の子を産むことを使命として生きてきた。
君はそれを知っていたはずだ。
カール殿のご兄弟に随分と踏み込んだ聞き取りをしたんだろう?
なのに、それを生かしきれなかった。
はっきり言おう、君は二流だ」
ぐうの音も出ない。
そうだ、俺は…大事な時間を、無駄に…
「へ、陛下!!そんな風に言わないでください」
「……カール殿?」
それなのに、陛下の言葉を遮ってくれたのは、カールさんだった。
「いいんです、もう、そんなことは。
たった一時でも、恋ができた。
ユーフォルビアだけど恋ができた…
だから、それだけで、いいんです。
結婚相手としか恋愛出来ないと教え込まれてきた僕が、定められていない人に恋をした。
それで、充分…だから、いいんです」
「…カール殿、それは」
たけどそれは一方的な別れの言葉だった。
「先生、素敵な恋をありがとう。
あなたの一挙手一投足に、ウキウキしたり、がっかりしたり、構って欲しくて強情を張ってみたり…
恥ずかしい事が一杯で、でも楽しかった」
「カールさん!」
カールさんは柔らかく微笑んで、そう言った。
「本当に、ありがとう…ございました」
これが最後通告だと思った。
俺はカールさんの中で過去のものになった。
完全にフラれた……と、思った。
だけどカールさんは更にとんでもない事を言った。
「それでね、最後に、一回だけセックス…する?」
「そんな、そういうんじゃ!!」
俺はうろたえた。
そんな下衆な思いは隠せていたはずだったのに!
まさか、王家が付けた、影…
「はは、シュタインって最低だね」
海沿いの診療所には迷惑をかけたが、後任はちゃんと指名して引継ぎもしてきたし、院長先生もいる。
問題ないだろう。
院長先生はカールさんの最初の主治医だ。
まずは疲弊しきった心と身体を休ませることが肝心だと、限界近くまでの投薬治療に踏み切った。
「前の先生は、とにかく眠りなさいって。
怖い夢を見て起きてしまうなら、夢を見ない程深く寝たら良いって言ってくれた」
「……俺に代わった時は、不安でしたか?」
「最初はね。
だけど、寝てばっかりの自分も嫌になってた頃だったから…ちょうど良かったと思う」
「そうですか…良かった」
治療方針が合わなくなったのは、カールさんの若さとしなやかさだったのかもしれない。
「…本当は、俺に代わった時、だいぶ良くなってたんでしょう?」
「ううん…どうだろう、薬で朦朧としてる事が多かったしね」
「…院長先生は、本来終末医療…穏やかに死を迎えられるようにする事の専門医なので」
「そうか、それで主治医が先生に変わったんだね。
もっと生きられるって、そういう事だったんだ」
「…はい」
カールさんはまだ若い。
意識を保っていられる時間を増やすほうが良いのは前の先生も分かっていた。
ただ、する事もなくただ起きているのも辛い記憶を呼び起こす引き金になりやすい。
だから目標を何か持たせて、それに目を向けられるようにとしよう、という事になって…
それで、俺が呼ばれたんだ。
「…俺は、カールさんが少しでも先の事を考える様になれば良いと思った」
「うん」
「だから、街を一緒に歩こうって言ったんです」
俺は単純に、先の話をすれば、カールさんも自然と先の事を考えられるようになるんじゃないかと、何気なく。
カールさんの過去を知っていれば、恋を知らない初心な人だと分かったはずなのに。
彼もユーフォルビアだし、遊び慣れているだろうと…無意識の領域で甘えていたんだ。
俺は何も見えてなかった。
そしてカールさんを傷つけた。
「本当に、申し訳なかった、と…」
その約束を破った償いをしにここへ来た、と言ったら、カールさんは喜んでくれるだろうか。
俺は意を決してカールさんの目を見た。
ひどく優しい目だった。
なのに出て来たのは、俺を突き放す一言で。
「でも、それは社交辞令なんでしょう?」
「えっ」
「日付が決まってない約束は社交辞令だって、陛下が教えてくださったんだ。
僕が勝手に期待しただけで、先生は悪くないよ」
「な…っ」
確かに、最初はそうだったかもしれない。
でも今は違う!
俺はカールさんの手を取って言った。
「違うんだカールさん、俺はあの約束を果たしに!」
カールさんの手を俺は強く握りしめようとして…
「そこまでだよシュタイン君」
「……っ、陛下」
俺を制したのは畏れ多くも国王陛下だった。
「君は、自分が許されるためにカール殿を利用したいだけだろう?
君の治療がこの地点へ届かなかったのは、君の力不足だ。本当はゼフから手紙が来た時点ですぐにこちらに助力を求めるべきだった。
それなのに君は最初ルース君の助力を拒んだ。
プライドが邪魔をしたとすれば最低だね。
君は吊るされた貴族と同じだ。
カール殿を「あの」ユーフォルビアだと、心のどこかで思っている…
生まれながらにどんな閨事でも受け入れられる特別な人種なんだとね」
「そんな!そんなことは、」
「…そんなことあったから、疑似恋愛という最悪の手段を使ったんだろう?
無意識であるにせよ、悪質だね」
地位でも、身分でも無い。
陛下は正論で俺を黙らせる。
そして、俺をどん底に叩き落すように次々とお言葉を発せられる。
「カール殿に許して貰えれば罪が消える?
デートすれば約束をすっぽかし続けた数年間は無かったことになるとでも?
君がカール殿の主治医になった時、彼はまだ40代前半だった。だけど君がもたもたしているうちに50を過ぎてしまった。
この意味が分かるかい?
カール殿が一番気に病んでいたのは何?
1人しか子どもを産めなかったことさ。
ユーフォルビアである彼は、2人以上の子を産むことを使命として生きてきた。
君はそれを知っていたはずだ。
カール殿のご兄弟に随分と踏み込んだ聞き取りをしたんだろう?
なのに、それを生かしきれなかった。
はっきり言おう、君は二流だ」
ぐうの音も出ない。
そうだ、俺は…大事な時間を、無駄に…
「へ、陛下!!そんな風に言わないでください」
「……カール殿?」
それなのに、陛下の言葉を遮ってくれたのは、カールさんだった。
「いいんです、もう、そんなことは。
たった一時でも、恋ができた。
ユーフォルビアだけど恋ができた…
だから、それだけで、いいんです。
結婚相手としか恋愛出来ないと教え込まれてきた僕が、定められていない人に恋をした。
それで、充分…だから、いいんです」
「…カール殿、それは」
たけどそれは一方的な別れの言葉だった。
「先生、素敵な恋をありがとう。
あなたの一挙手一投足に、ウキウキしたり、がっかりしたり、構って欲しくて強情を張ってみたり…
恥ずかしい事が一杯で、でも楽しかった」
「カールさん!」
カールさんは柔らかく微笑んで、そう言った。
「本当に、ありがとう…ございました」
これが最後通告だと思った。
俺はカールさんの中で過去のものになった。
完全にフラれた……と、思った。
だけどカールさんは更にとんでもない事を言った。
「それでね、最後に、一回だけセックス…する?」
「そんな、そういうんじゃ!!」
俺はうろたえた。
そんな下衆な思いは隠せていたはずだったのに!
まさか、王家が付けた、影…
「はは、シュタインって最低だね」
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