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新婚旅行
海沿いの療養所 1
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旧プリムラ公爵領からデューイ君の実家のハイペリカム領とゴード先輩の実家であるジギタリス領を訪ねてからシャムロック領を通過し…
本日、ついに海沿いのリゾート地へ到着した。
ハイペリカム領ではデューイ君のお兄さんたちからまたも小麦粉を頂いてみたり、
ゴード先輩のご実家では先輩のご家族から暑苦しめの歓待を受けてみたり、
緊張のシャムロック家当主との初会合ではミカ君の弟に「お兄様はまだお返し頂けないのですか?」とウルウルされたり…。
ちなみにミカ君の刑期はあと3年。
それが終わったらコーラス君も一緒にシャムロック家へお返しすることで話はついているんだけど…
ご当主が弟君に伝えていないところを見ると、そう簡単に屋敷へ戻らせないという事だろうな。
今のうちに、やつらが市井で生活出来るようにお勉強させとくか。
…とまあそんな事もありつつ、予定は多少ずれ込んでいるものの想定内に収まっている。
アレクさんのスケジュール管理とまめな先触れ発信のおかげで、大きな混乱は今のところ無い。
「おおむね順調ですね」
「そうだな…初日は療養所を訪ねるんだったか?」
「ええ…何度か書簡のやり取りはしているんですが、訪問は初めてです」
この街の療養所には、イフェイオンの糞爺に壊されてしまった伯父さんが入院している。
ゼフ父さんから「一度会いに行ってみて欲しい」と言われていたので療養所に色々と打診をしていたところ、ようやくこのタイミングで面会許可が下りたんだ。
伯父さんは日がな一日海を見たり庭を散策したりして、穏やかな日々を過ごしている…そうなんだけど…
「もう、これ以上の改善は見込めない、と」
「…そうか」
伯父さんはまるで人形のように生気が無く、誰かに働きかけられなければ食事も摂らないそうだ。
セルフネグレクトの究極…
ただ、生きようという意志は無いけれど死のうという意志もないのが救いだ、とのこと。
「それで、最後の悪あがきに…殿下の闇魔法を、お借り出来ないかと思って」
「…何だって?」
「死ぬまで解けない洗脳を…施せないかと」
そう、傷ついた心を修繕出来ないのであれば、残り少ない人生、辛い記憶を封印して生きる…
それでもいいんじゃないかって。
ただ綺麗なものだけを見るだけじゃなく、したい事だけでも出来るようになったら…。
それで充分なんじゃないかって。
「伯父さん、最初はイフェイオン家に行く予定は無かったんです。
それをあの糞共…拉致同然に引っ張ったくせに、妾扱いにして、産んだ子どもも取り上げて…
正室の子だと言って育てたんです。
それがダグさんの「父親」……です」
「…知っている」
「療養所の先生とも話したのですが…
イフェイオン家に行った事自体を封印するのは、事実と差がありすぎてすぐに矛盾が出てきてしまう。
だから、イフェイオン家は伯父にした虐待を咎められて取り潰された事にしよう、と。
そして…死ぬより辛い目に会いながらも必死で産んだ子どもは、冒険者になって他国…アルテミシアの奥、アストラガルスに渡り、幸せな家庭を築いた事にしよう…と、決めました」
「そう、か」
「孫の役をダグさんが引き受けてくれたので、神殿で合流して、それから会いに行こうと思うんです。
伯父さんのお孫さんが、はるばる海の向こうから来てくれたんだよ、って…。
今度結婚するから、その挨拶に…って。
セント神官長も来てくれるそうですから」
「分かった」
16歳でイフェイオン家に連行されてから今まで、自分として生きられなかった伯父さん。
若い時の時間を滅茶苦茶に踏み躙られた伯父さんに、せめて穏やかな余生を送らせてあげたい。
夢でも虚構でもいいじゃないか。
だって、すでに伯父さんの目には現実が映っていないんだから…。
「…ダグさんとの口裏合わせも済んでいます。
これで、伯父さんに、生きた意味を少しでも…感じさせられたら」
「分かった、やってみよう」
もし、それでも駄目なら…
最期まで、俺が面倒を見ようと思う。
そう俺が言うと、殿下が言った。
「…これは、貴族の横暴を止められなかった王家の責任でもある。
あれほど近くに住まわせておきながら守る事もできず、救出も遅きに失した」
「…いえ、この療養所の入院費をずっと出して頂いていますし」
「イフェイオンの代わりに立て替えているだけだ。
王家は何も彼に償っていない」
殿下はそう言ってくれるが、別に王家だけのせいじゃない。
公爵派は数代に渡って、ユーフォルビアを隷属させようとしてきた。
その執念たるや、である。
ユーフォルビアは閨指導の家。
妊夫が抱える不安の全てに向き合う家。
隠さなければならないお産を支えてきた家。
子どもの出来ない家に輿入れして、子どもを産む家。
つまりは、貴族社会の恥部の殆どを知る家だ。
それが王宮のすぐそばに鎮座している…
後ろ暗い所がある家は気が気でないだろう。
だから、歴代当主の手記は、先代までは書庫に厳重に管理されていた。
そこに執事リチャードが立ち入りを許されたのは…
ゼフ父さんの「盗みたければどうぞ」という意思表示だったのかもしれない。
現に、それをそう受け取ってか、書庫へ入った人が一人いる…
コーラス君だ。
だからあれだけの人間を動かせたし、ユーフォルビアについて俺以上に詳しかったりもする。
1年生のときの昼食会の時点でうちの書庫のことを知っていたそうだから、多分学園に入る前の事だ。
幼い頃に、この国の闇を見てしまった彼も…人生を狂わせた。
「…周りのみんなが、少しだけ幸せが多い人生になるように…
今からでも、出来る事をしましょう」
「そうだな」
人生が悲劇で終わりなんて、悲しい。
泣いたらその分笑わな…
せやろ?
本日、ついに海沿いのリゾート地へ到着した。
ハイペリカム領ではデューイ君のお兄さんたちからまたも小麦粉を頂いてみたり、
ゴード先輩のご実家では先輩のご家族から暑苦しめの歓待を受けてみたり、
緊張のシャムロック家当主との初会合ではミカ君の弟に「お兄様はまだお返し頂けないのですか?」とウルウルされたり…。
ちなみにミカ君の刑期はあと3年。
それが終わったらコーラス君も一緒にシャムロック家へお返しすることで話はついているんだけど…
ご当主が弟君に伝えていないところを見ると、そう簡単に屋敷へ戻らせないという事だろうな。
今のうちに、やつらが市井で生活出来るようにお勉強させとくか。
…とまあそんな事もありつつ、予定は多少ずれ込んでいるものの想定内に収まっている。
アレクさんのスケジュール管理とまめな先触れ発信のおかげで、大きな混乱は今のところ無い。
「おおむね順調ですね」
「そうだな…初日は療養所を訪ねるんだったか?」
「ええ…何度か書簡のやり取りはしているんですが、訪問は初めてです」
この街の療養所には、イフェイオンの糞爺に壊されてしまった伯父さんが入院している。
ゼフ父さんから「一度会いに行ってみて欲しい」と言われていたので療養所に色々と打診をしていたところ、ようやくこのタイミングで面会許可が下りたんだ。
伯父さんは日がな一日海を見たり庭を散策したりして、穏やかな日々を過ごしている…そうなんだけど…
「もう、これ以上の改善は見込めない、と」
「…そうか」
伯父さんはまるで人形のように生気が無く、誰かに働きかけられなければ食事も摂らないそうだ。
セルフネグレクトの究極…
ただ、生きようという意志は無いけれど死のうという意志もないのが救いだ、とのこと。
「それで、最後の悪あがきに…殿下の闇魔法を、お借り出来ないかと思って」
「…何だって?」
「死ぬまで解けない洗脳を…施せないかと」
そう、傷ついた心を修繕出来ないのであれば、残り少ない人生、辛い記憶を封印して生きる…
それでもいいんじゃないかって。
ただ綺麗なものだけを見るだけじゃなく、したい事だけでも出来るようになったら…。
それで充分なんじゃないかって。
「伯父さん、最初はイフェイオン家に行く予定は無かったんです。
それをあの糞共…拉致同然に引っ張ったくせに、妾扱いにして、産んだ子どもも取り上げて…
正室の子だと言って育てたんです。
それがダグさんの「父親」……です」
「…知っている」
「療養所の先生とも話したのですが…
イフェイオン家に行った事自体を封印するのは、事実と差がありすぎてすぐに矛盾が出てきてしまう。
だから、イフェイオン家は伯父にした虐待を咎められて取り潰された事にしよう、と。
そして…死ぬより辛い目に会いながらも必死で産んだ子どもは、冒険者になって他国…アルテミシアの奥、アストラガルスに渡り、幸せな家庭を築いた事にしよう…と、決めました」
「そう、か」
「孫の役をダグさんが引き受けてくれたので、神殿で合流して、それから会いに行こうと思うんです。
伯父さんのお孫さんが、はるばる海の向こうから来てくれたんだよ、って…。
今度結婚するから、その挨拶に…って。
セント神官長も来てくれるそうですから」
「分かった」
16歳でイフェイオン家に連行されてから今まで、自分として生きられなかった伯父さん。
若い時の時間を滅茶苦茶に踏み躙られた伯父さんに、せめて穏やかな余生を送らせてあげたい。
夢でも虚構でもいいじゃないか。
だって、すでに伯父さんの目には現実が映っていないんだから…。
「…ダグさんとの口裏合わせも済んでいます。
これで、伯父さんに、生きた意味を少しでも…感じさせられたら」
「分かった、やってみよう」
もし、それでも駄目なら…
最期まで、俺が面倒を見ようと思う。
そう俺が言うと、殿下が言った。
「…これは、貴族の横暴を止められなかった王家の責任でもある。
あれほど近くに住まわせておきながら守る事もできず、救出も遅きに失した」
「…いえ、この療養所の入院費をずっと出して頂いていますし」
「イフェイオンの代わりに立て替えているだけだ。
王家は何も彼に償っていない」
殿下はそう言ってくれるが、別に王家だけのせいじゃない。
公爵派は数代に渡って、ユーフォルビアを隷属させようとしてきた。
その執念たるや、である。
ユーフォルビアは閨指導の家。
妊夫が抱える不安の全てに向き合う家。
隠さなければならないお産を支えてきた家。
子どもの出来ない家に輿入れして、子どもを産む家。
つまりは、貴族社会の恥部の殆どを知る家だ。
それが王宮のすぐそばに鎮座している…
後ろ暗い所がある家は気が気でないだろう。
だから、歴代当主の手記は、先代までは書庫に厳重に管理されていた。
そこに執事リチャードが立ち入りを許されたのは…
ゼフ父さんの「盗みたければどうぞ」という意思表示だったのかもしれない。
現に、それをそう受け取ってか、書庫へ入った人が一人いる…
コーラス君だ。
だからあれだけの人間を動かせたし、ユーフォルビアについて俺以上に詳しかったりもする。
1年生のときの昼食会の時点でうちの書庫のことを知っていたそうだから、多分学園に入る前の事だ。
幼い頃に、この国の闇を見てしまった彼も…人生を狂わせた。
「…周りのみんなが、少しだけ幸せが多い人生になるように…
今からでも、出来る事をしましょう」
「そうだな」
人生が悲劇で終わりなんて、悲しい。
泣いたらその分笑わな…
せやろ?
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