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学園6年目

ハイリスク案件

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急いで医務室へ行くと、部屋の中は人気ひとけもなくがらんとしていた。

音も無く静かな中、一番奥のベッドで一人、ベルガモット教授が寝ているのが見えた。

俺は駆けつけてそっと呼びかけた。

「ベルガモット教授、大丈夫ですか」
「ん、ああ…呼びつけて済まない、ルース」

教授は重そうに体を起こし、俺を見た。

「倒れたって…何が有ったんです?」
「…ああ、少し、な」
「他に付き添いは?」
「いい」
「どうしてです」
「……原因は、分かってる」

は?
どういうこと?

「分かるんだ…
 俺の中に、俺の魔力でないものがいる。
 日に日に大きくなって、飯と休息を要求してる」
「それって…!」

俺は慌ててその辺から聴診器を探し出して耳に引っ掛け、音を聞く側を教授のお腹に当てる。
まだそれほど目立たないとはいえ、膨らんでいるのがわかるそこから…
確かに、心音が…聞こえる。

なんてこった。

混乱する俺の手を握り、教授は静かに言った。

「……ユーフォルビアの秘術に、秘密裏、に…、
 ……堕胎、できる方法が、あると聞いた。
 ルース…頼めないか」
「ベルガモット教授…!?」

は?堕胎?何で?いつ?どこで知った?
どうでもいいことが頭の中をぐるぐるする。
だけど、俺まで混乱してる場合じゃない。

「いつ、気づいたんです」
「カメリアからの帰りに」
「あの4人に、話は」
「してない」
「なぜヘヴィさんには?」
「気づかれたから」

教授は俺の手を握ったまま、懇願する。

「やり方を教えてくれるだけでもいい。
 それでも……だめか?」
「……無理です、教授」
「なぜ!?」

ヘヴィさんが横から怒る。
だけど、俺だって意地悪で言ってるわけじゃない。

「ユーフォルビアのあれは、元々レイプされたときの緊急処置であって、事後1ヶ月以内でなければ意味を為しません。
 となると、産科医での中絶手術…ですが…
 今現在我が国ではそもそも、貴族には、どのような理由が在ろうとも…たとえ、妊娠により命が危険に晒されようとも、中絶は禁止されております。
 関与した者は厳罰に処されます。
 特に施術した者は…死罪」
「!?」
「なぜだルース!?」

ヘヴィさんが俺に問う。
俺は感情がこもらないように、言う。

「…うちの父に、何が何でも産ませたかった人が、偉い人だったからです」
「っ!!」
「悪法も、法なんです。
 従わなければならない」
「なんでだ!!」

ヘヴィさんは憤っている。
その怒りは充分に分かっている。
それでも俺は言わなければならない。

「この国が立憲君主制を是としているからです」
「そんな…!!」

そうだ。
…公爵派は、退場してもなお俺たちを苦しめる。

奴らは自分たちに都合良く法律を作ったり歪めたりして、この国を我が物にしようと企んでいた。
そのせいで苦しむ人が出てこようがお構いなし。
だから救済措置など設定されていないのだ。

中央では今も必死でそういった法律を洗い出し、法改正や撤廃の議論が行われている。
それでも、間に合わない。
この法律に限った話じゃないんだ。

教授は必死に言い募る。

「…産む事を期待されたわけでなくとも、俺はアルファード殿下の側室だ。
 それなのに、殿下の子でないものが腹の中にいるなんて…っ、許される事、では、ないっ…」
「許されるか許されないかではありません。
 隠せるか隠せないかです。
 隠して堕ろすか、隠して産むか。
 俺は、隠して産む方を選択すべきと考えます」
「だが…!!」
「確かに事情は分かります。
 もしかしたら情状酌量はあるかもしれません。
 ですが確実にあるとはとても言えません。
 …人の命を危険に晒すのと、教授の評判を危険に晒すのでは、どちらがましかということです」
「そんな…!!」
「…だから、産んでください、教授」

俺だって自分が酷い事を言っている自信がある。
それでも言わなきゃならない。
自分が悪者になっても、言わなきゃ。

「生きていれば挽回できる。
 死んだらもう、取り返せない」
「ルース!!」

ヘヴィさんは俺の肩を掴んで、睨みつける。
そこをどうにかするのがお前だろう、と…
言いたい気持ちはよく分かる。

だけど、自分のお腹に宿った子どもを、好き好んで堕ろしたい人なんて…

本当は、いないと思うんだ。

だから言う。
俺は教授に向き直る。

「産んでください、教授」
「……ルース」

ベルガモット教授は俺の顔をまじまじと見る。
自分のお腹に手を当てて、
そちらへ視線を移し、
俯き…
悲しそうに、言う。

「…誰の子か、分からないんだ」
「でも、あの4人のうちの誰かでしょう?」
「それは!…それは、そう、だけど」

教授は泣きそうな…いや、もう、泣いているのかもしれない。
顔を両手で覆って、震える声で、言う。

「俺、もう今年で37才なんだ。
 初産には…遅すぎる」
「そんな事はありません。
 代々産科医を家業にしていたユーフォルビア家当主の手記を見れば、42歳で初産の例もあります。
 初産に絞ったとしても、40歳手前で子どもが出来る事は、然程珍しい事ではありません。
 ただ若い人と比べれば…大変なのは、確かです」
「多分、一人じゃない」
「それも心音と、お腹の様子を見て、分かります。
 加えて倒れる程悪阻つわりが酷い…
 以上の事象を合わせれば、現状、ハイリスク妊夫と言って差し支えない状況です」
「だったら!!」

ベルガモット教授は、涙も隠さずに俺に縋る。
それでも…俺は、言う。

「産んでください、教授」
「…っ、でも、でもっ…」

教授は俺に縋って、泣く。

きっと怖いんだ。
産む事も、産んだ後の事も。
子どもみたいにしゃくりあげて、ぽろぽろ泣いて。
それなのに今まで一人で抱え込んで…。

「もう、悩まなくていいんです。
 安心して…産んでください、教授」

俺は教授の背中を撫でながら、言う。

「この件、当家が全面的にバックアップします。
 俺は歴代当主の手記やカルテ全てを読みこんで、1つ我が家の秘密を知っています。
 ユーフォルビアはかつて、不妊不育専門だった…と言われますが、実はを支えてきた家でもあるという事です。
 だから器具も設備もどこかにあるはず。
 過去を辿って、それを何とか復旧します。
 出産時には立ち合います。
 もし何かあっても、俺には光魔法があります。
 それから、我が家は王宮に隣接していますので、急変した際にも秘密裡に後宮の医者を呼べます。
 後宮の医者は口が堅い、それは保証します。
 父の出産時には、何度も来て頂いていますから」
「…ルース」
「もちろん、育てるのも手伝います。
 うちはユーフォルビアです。
 赤ん坊がいつ何人生まれても、誰も気にしない。
 …『淫蕩の家系で、産む事が家業』ですから」
「っ…!」
「ルース、それは…っ、」

二人は、うちの家が、ひいては俺が、何て言われて傷つけられてきたかを知ってる。
だけどもうそんなことは関係ない。

「は、悪法も置き土産なら、悪評も置き土産。
 置き土産でも土産は土産ですよ。
 不幸になんぞなってやるもんか!
 使える物は何でも使う、それが俺のやり方です」

ベルガモット教授の顔に、少しだけ安堵が宿る。
もう、一人で悩まなくていい。
俺が付いている。
そう、思わせるだけの言葉を、吐く。

「正確な判断は医師に任せるとして、倒れるくらい悪阻が酷いのであれば、安定期までは安静に。
 それ以降については、様子を見ながら慎重に…。
 学園の事はお任せください。
 それについては実績も経験も充分…でしょ?」
「っ、うん!」

教授は俺にぎゅっと抱き着いてくる。
どうやら子ども返りした教授をナデナデしながら、俺は決意する。

「めでたしめでたし、で終わらせます」

負けるかボケ!
やったらんかい!!

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