天才錬金術師は、最強S級冒険者の元相棒

時暮雪

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天才錬金術師と最強S級冒険者

21。いざゆかん、魔王城

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─属性を掛け合わせることは決して不可能ではない。隣同士で繋がっている属性ならば、理論上掛け合わさることは容易いはずである。
 しかし実際にそれを操るためには、繊細なコントロールと別のナニカが必要と思われる。その"ナニカ"が不足しているため暴走するのだと仮定し、備忘録代わりに本書を残すこととする──


 机の上に置かれた一冊の本を囲み、三人は揃って眉根を寄せていた。

「俺は魔法に関する本など読んだことは無いが……確かに見たことがあるような…」
「オレも、何となく似たの、知ってる気が…」
「やっぱそうだよなぁ?あ゛~!!モヤモヤする~~!!!あとちょっとの所まで出かかってる気がすんだよなぁ~~!!!」

 三人が見ていたのは、ハオが最初に選んだあの古い本である。既視感の正体を探ろうと魔道具で同じ著者の本がないか調べようとしたのだが、著者名が分からないため出来ないと言われどうにもならなかった。
 だから、ハオが知ってるならこの二人も知っているだろうと踏んで聞いてみたのだ。そうすればガロンとカザキも何となく見覚えがある気がすると言うので、一体何処でどんな本を読んだのか三人とも思い出そうとしている。
 ガロンも覚えがあるということは、恐らくイグアスタの王立図書館に置いてあった可能性が高い。全員あそこには行ったことがあるため、じゃあそこで見たのかもしれないという結論に一旦落ち着いた。

「まぁ、今は本の既視感より奴の魔法に関してだからな。何でか物凄く気になるが…全部あと!まずは中身!!」
「これとこれ、何が違うの?」
「……俺にはどちらも同じ内容に思える」
「ほとんど同じだけど、ほらここ。根本がどうにも違うみたいなんだ」

 全部を読み込むとなると時間が掛かるため、全員流し見であるがとりあえずこの二冊を簡単に読んでいく。属性の複合や掛け合わせは、どうしても些細なミスで失敗してしまう。どれだけ魔力を練っても、どれだけ繊細な操作が出来てもだ。
 そして下手をすれば大爆発を起こし、その衝撃で近隣が吹っ飛ぶという事故が起きかねないものだった。実際に数十年前にそんな事故があってから、この手の研究は慎重にならざるを得なかった。
 それ故に何年経とうと研究が進まないのだが、流石に何十年と掛れば一歩でも前進しているものだ。

『精霊の力の掛け合わせ』と『属性の複合について』という二冊の本。一見似たようなものに見えるが、ハオはこの題名からして古い方と最新の方の明確な違いを察していた。この違いを突き詰めていけば、恐らくだがこの研究の糸口を掴めると思っている。
 そこからどう襲撃者の魔法に繋げるかは考えてみないと分からない。しかし考える価値はあると思い、この二冊を選んだのだ。

「まずこの古い方。これは"精霊の力"と断定して仮説を建てている。だがこっちは属性のみ…つまり、"精霊の欠片・・・・・"を複合させることを前提に組まれてるんだ」
「………何が違うんだ」
「欠片は世界に漂う意思のない力のことを指す。でも森でお前が見たとおり、精霊には明確な意思が存在する。そもそも今の魔法と古い魔法は別物らしくてな。そこら辺の詳しいことは一旦置いとくが…掛け合わせが失敗するのは、精霊そのものか欠片かの違いなんじゃないかとオレは思った」

 つまりこの古い本の筆者は、意志を持つ精霊と交流があったと見ていいだろう。逆に新しい方の筆者は─というかほとんどの学者たちは精霊と交流はなく、故に失敗続きで研究が進まない可能性がある。
 精霊と触れ合える者は現在全くと言っていいほど存在しない。ハオとカザキは育ちが特殊過ぎる例であり、本来はもっと儀式的なことや地道な努力が必要なものなのだ。
 逆に言えば、必要な条件を満たすことさえ出来れば精霊と交流することは出来る。もし掛け合わせの成功に精霊本来の力が必要なのであれば、あの襲撃者はそれをクリアしたことになる。それが何を意味するのか。

「…もしかしたら、アイツの裏には精霊がいるかもしれない」
「なんだと…!?」
「森で長…大地の元素オリゴテーラと会っただろ?あれはオレらがいたこともあるが、そもそも"あの森に辿り着く"という条件を満たしているから会えたんだ」

 そして彼以外にも勿論いるのだ。原初の元素ロア・エレメントと呼ばれる、創世記に記された始まりの精霊たちは。彼らは総じて強力な力を持っており、それ故なのか普通の精霊たちより比較的簡単に会えてしまう。

 だが強力故か、彼らは普通の精霊より二…いや、五歩分くらいズレていた。

 オリゴテーラは、ハオたち以前に元々イグアスタ王国との関わりが深い。彼の服が国の伝統衣装にそっくりなのはそのためで、今でも祭りなどには人の姿で紛れ込んでいる時がある。
 なので彼は比較的"人間の常識"というものを知っていた。人の隣人として存在してきたからこそ、人に寄り添って常識の範囲内の言動を心がけようとしている。
 問題は、他の原初の元素たちだ。ハオだって全員に会ったことがある訳では無いので詳細は定かではないが、精霊としての特色は彼らも普通の精霊も変わらないと聞いた。

「精霊には"善悪"って概念がないんだよ。人の生活に近いヤツらは多少理解しててもな、やっぱ人間とは思考回路が違うというか……例えばそれで人が死ぬとしても、頼まれたし報酬貰えるし手伝ったげる~、って感じでなにも気にしない」
「……それは恐ろしいな。あんな小動物みたいな奴らなのに」
「言ったろ?アイツら結局、知能は幼児並なんだよ。好き嫌いでしか判断しないし、お菓子貰えるから言うこと聞くくらいのテンションだ」
「原初の元素、は、知能は大人くらい。だけど、根本は一緒」
「つまり、何が彼奴の裏に居てもおかしくない…ということか」

 呼び出された精霊が襲撃者を嫌わなかったとすれば、手を貸している可能性は十二分にある。そしてそれが原初の元素だった場合、森にいた精霊たちであの炎を操れなかったのも納得がいく。
 ……まぁ、ここまでは全て襲撃者に精霊が関わっていたらの話だ。もしかしたら精霊の意思は関係なく、単純に襲撃者の努力の賜物なのかもしれない。

「だから、それを今から確かめに行こう」
「?どこにだ」
「魔王城!」

 属性の掛け合わせに精霊の意思が関係するのか否か、手っ取り早いのは有識者に意見を聞くことである。そう言いながらハオが持ったのは、新しい方の本だ。

「この本の著者、魔王城勤務なんだって。本について聞きたいことがあるってアポとれば、時間作ってくれるかもしれない」
「なるほど。場所が分かっているなら話は早そうだな」
「でもこれ、いつ出版?もう居なかったり、しない?」
「出版自体は二年前だな。居なかったら…ワンチャンかけて居そうな場所聞く」
「………行き当たりばったりなのは仕方ないか」

 初めから手探りでの調査なのだ。少しでもヒントが見つかっただけ上々だろう。他の手がかりもないかと持ってきた本を全て確認し、例の二冊を借りてから図書館を後にした。

 時間も良いところだったので、昼食を取ってから魔王城へとやってきた三人。観光地として解放しているからか、玄関ホールがまるでロビーのようになっている。
 こちらもやはり何かあった時のためか、図書館と同じく魔力を登録する必要があるようだ。よく見ると小さい魔道具がそこらを飛んでいる。あれは図書館にあった魔道具と同じ種類のものだろう。

「はい、登録完了しました。見学中はこちらの札を必ずお持ちくださいね。失くした場合はすぐ受付に報告してください。立ち入り禁止区域は結界が張ってあるため、中に入ろうとするとすぐさま警報がなるので間違っても入らないように」
「はーい。ところですみません、魔王城で働いてる方でこの本を書いた人を探しているんですが」
「本ですか?……あら、これは…」

 多分ここで聞くのでいいだろうと思い、ハオは借りてきたほんの片方を受付の女性に差し出す。著者名を見たところで女性が反応を示し、これはすんなり会えるのではと期待したのだが…

「……すみません、確かにこの方は魔王城勤務ですが…今は居ないんです」
「居ないって…辞めたんですか?」
「いえ、そういう訳ではなく…そうね……魔王様にお聞きになられたらいかがでしょう?」
「「「魔王様」」」

 いとも簡単にこの国のトップを勧められ、思わず三人の声が重なる。そういえば確かに昨日、観光名所として魔王を紹介された。それでいいのかエヴィレーゼ王国。
 魔王様ならお力になってくれます!と熱く語る女性に、まぁ…それなら…と魔王の鏡がある鏡の間へと案内表示に従って足を進める。今は特に誰も居ないのか、すんなり順番が通された。

 鏡の間に入ると、広い空間が目の前に広がる。入口から真っ直ぐの最奥には大きな鏡が壁にかけられており、おそらくあれが魔王に繋がる鏡なのだろう。
 何故こんなに室内が広いのかと見渡してみれば、訓練用なのか刃を潰した剣や斧といった武器が壁際の一角に置かれていた。そういえば魔王は、来た者との手合わせを楽しんでいると聞いた。部屋が広いのはここで戦えるようにという設計なのか。

 警備兵は入り口に留まり、三人は鏡の前へと近づく。鏡はガロンより二回りほど大きく、実は出入りできますと言われても納得がいく。と言うか、この大きさで対の鏡と繋がると言うことは本来の使用目的がそっちの可能性もある。
 横には看板があり、鏡に向かって要件を言えば忙しくない限り魔王が返事をしてくれると書いてあった。なので、代表してハオが一歩前へと出る。

「魔王様ー!お聞きしたいことがあるのですがー!」

 そう言って十秒ほど経ってからだろうか。ゆらりと鏡面が水面のように波打つ。反射していた自分たちの姿は掻き消え、じんわりと浮き出るように鏡に映ったのは。

「─ふははは!この私に聞きたいことと申すか!!丁度手が空いたところだ……聞いてや…ヴァッ!?」
「ヴァ?」

 おそらく目だろう赤い光しか認識できない、人の形に近い影が持っていたティーカップを口だろう部分に持ち上げている姿だった。なおこちらを認識して、何故か動揺したようにカップの中身を零していたが。
 後ろの方で警備兵のあーあ…という苦笑の声が聞こえたのは、多分気のせいだろう。




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