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どうやら隣国師団長の庇護欲スイッチを押してしまったらしい

2。ここは魔王城…ではありません

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 それは、二週間前のこと。ウルスフタン王国の王城ではその日、国の政務に関する会議を開いていた。会議に関してはよく言えばいつも通り、悪く言えば目立った動きが何も無い停滞状況とあった。

 ウルスフタン王国は魔王に対抗出来る唯一の武器を所持しており、それ故に他の国と引けを取らない重要な立ち位置にあった。しかし言ってしまえばそれだけで、多少の輸出品はあれどこれといって優位に立てるものはほとんどない。
 あまつさえ、隣には魔王の眠る"北の最果て地"があるのだ。つまり危険と隣り合わせと言っても過言ではなく、そんな国にわざわざやって来たいかと言われれば、首を横に振るものは多いわけで。
 それをどうにかしたいと何度も会議を重ねるも、やはりその日も明確な打開策は出ずに終わろうとしていた。
 だが国王が閉会の宣言をする直前。

『──愚かな人間共よ…勇者の末裔よ…!目覚めの時はやってきた!!』

 会議室の中に突如として現れた黒いモヤ。そこからおどろおどろしい声が、まるで頭に直接響くように聞こえてきた。護衛に付いていた者たちが剣や魔法で攻撃するも、全てモヤを通り抜けて全く効かず。
 攻撃が素通りしてもモヤは反応すらせず、そのまま何事も無かったかのように言葉が続けられる様子に、国王はどうやらただのメッセージだと判断した。
 静まり返った会議室で、モヤはこう続けたという。

『我は魔王…魔王ラパイント。忌々しい眠りより目覚め、貴様ら人間どもを滅ぼしこの世界を統べるもの!!我の目覚めはもうすぐだ…人間どもよ…恐怖に打ち震えるがいい!!』

 そう言って、魔物特有の魔力をその場で解放するとモヤは消えた。魔物の魔力には人間に害のある"魔毒"が含まれている。それに当てられて、会議室にいた貴族たちの半分程が倒れてしまった大事件となった。

 だがそれは、ウルスフタン王国だけの話ではなかったのだ。
 その日より一週間の間に、近隣諸国の王城でも同じことが起こった。どの国でも、現れた黒いモヤは「魔王ラパイント」を名乗り魔毒を含んだ魔力を解放して消えている。
 すぐさまウルスフタン王国へと情報が集まり、同時にいったいどう言うことかと説明を求める書簡も大量に届いた。これだけの国に宣言をしたとなるとその脅威は無視出来ず、国王は北の最果て地を調べることをウルスフタン国軍第三師団へと命じた。

 それが一週間前の出来事。そして今に繋がると言うわけだ。

 ジーンは焼きあがった二台目のタルトをオーブンから取り出しながら、ここに至るまでの経緯を説明をしてくれたケイスを─ウルスフタン国軍第三師団長へと振り向いて一言。

「……何それ知らん、こわ…」

 と、ドン引きしながら呟いた。言われたケイスはやっぱり頭が痛そうであるし、せっかく切り分けて紅茶も出したタルトに手をつけない。目の前で毒味したというのに、まだ信じられないと言うのか。
 ちなみに彼のすぐ横には、人間の七歳児くらいの背丈をした二足歩行で服を着たヤギに似ている魔物が立っている。出されたタルトに手をつけないケイスを睨みつけている彼は、この城の執事長だ。

「よもや主様が手ずから作ったタルトを食べないなどと申されますまい!これよりは私がお相手いたしましょう。食べながらでよいですので、さぁどうぞお話の続きを」
「食いながら話せってか??」
「メープル~。無茶苦茶言ってるぞ~」
「おっとこれは失敬。食べ終わってからで構いません」
「いや、だから…」

 執事長の名前はメープル。可愛らしいそれは名前ではなく、ただのあだ名である。本名はもっといかついものだったと思うが、長年そう呼んでいるためジーンは既に彼の本名をド忘れしていた。
 そんなメープルに振り回されるケイスを横目に、オーブンの温度を確認しつつ三台目のタルトを入れる。後ろで痺れを切らしたメープルがタルトを無理やりケイスの口に突っ込んだ様子が音で聞こえた。
 ざわめく兵士たちの声に紛れて、「…うまっ」という呟きがポツリと落ちる。バッチリ聞こえたジーンはつい上機嫌になり、鼻歌を歌い出しそうになるのを必死に我慢した。

「…えー、では。貴方たちは魔王ラパイントを名乗る者の言葉を確かめるため、北の地にある魔王城の調査にやってきた…ここに間違いはありませんね?」
「あぁ、間違いない」
「ふぅむ……ではまず、一つ訂正を。ここは魔王城ではございません」

 さほど大きい声ではないが、よく通る声がキッチンの静寂を呼び覚ます。オーブンから出る機械音だけが聞こえて数秒、兵士たちから特大の「はぁ!?」が飛び出した。

「いや、さっきあいつラパイントって…!」
「はいはい、順を追って説明しましょう。どうやら人間側と私たち側での認識の齟齬があるみたいですね。では改めまして、ここは『避難城ひなんじょう』。魔界に住処を無くし、人からも追われた力なき魔物たちが、平穏に暮らすための避難先でございます」

 メープルの説明に、またしてもざわめく兵士たち。口々にどういう事だと呟いては、隣の者と意味を理解しようと話し合いまで始めた。
 オーブンの様子を見るためにしゃがんだまま、上半身だけ動かして彼らの方を振り向く。やはりケイスも意味がわからないと言いたげな顔をしていて、メープルの方が説明は上手いからとジーンは口出ししないことにした。

「避難城?」
「はい。魔界と地上界は細い繋がりが沢山あります。そういう所から弱い魔物たちは地上界へと逃げてくる・・・・・のです。そして落ち着ける住処を探そうとしますが、人間の間で我らは脅威とされたり、または素材として見られています。となると人からも追われ、また居場所をなくしていく」

 魔界というのは、自然界となんら変わりない制度で動いている。つまり弱肉強食。強いものが正義であり、弱いものは淘汰されていく。
 だがそれで死を受け入れるかと言われれば話は別で、弱いものはその分小さな通り道を通れるため地上界へと逃げ出すのだ。されど、逃げ出した先にも安住の地があるわけではない。
 地上界の動物と魔物ではどんなに弱くとも大抵は魔物の方が力がある。しかしそうして得た安全な住処も、今度は人間によって追われるのだ。

 確かに、魔物には理性のない獣のような種族もいる。まともに人の言葉を話せる種族なんて珍しいし、対話を試みられないのは仕方がないだろう。だがそれは地上界に生息する動物だって同じことなのだ。身体的構造が多少・・違うだけである。
 人間たちはあまりそこを理解していない。魔物を全て別物として一緒くたに考えている。まぁ、扱いとしては動物とあまり変わらないようだが。危険度が段違いというだけで、使い魔ペットとして可愛がる者も入れば素材としか見ない者もいる。

「そういった人に狙われる平和主義の魔物たちを保護し、避難先として存在しているのがここ避難城でございます」
「平和主義の魔物」
「この城には二度と人間に関わらず、平穏にひっそりと隠居生活を楽しみたい魔物しかおりません」
「隠居生活」
「その隠居筆頭が、そこでタルトの三台目を焼いている魔王様…ラパイント様でございます」
「魔王城じゃねぇか」

 ケイスの思わずといったツッコミに、メープルはクワッと牙を剥く。実はこの城を避難城と呼び出したのはメープルなので、魔王城と言われるとちょっと怒るのだ。なお城主であるジーンは正直どっちでもいいと思っている。
 たしんたしんと床を叩くメープルの尻尾から視線を外して、ケイスはオーブンの前にしゃがみこむジーンに目を向ける。人間とは違う尖った耳の上に、くるりと曲がった角を生やした男。その体勢だと、腰の下あたりからライオンのような尻尾が生えているのがよく見えた。
 明らかに人ではない要素を持つが、しかしそれ以外は普通の人間と変わらないように見えるジーン。話し合いを求めればお茶とタルトを差し出し、今もただの青年のようにその碧眼にケイスを映している。

「各国に現れたアレは、貴殿によるものではないんだな?」
「まぁ、そうね。今この世界にラパイントを名乗ってるのはオレしか居ないはずだし、魔王の威光を利用したいやつはいくらでも居るだろうし。大体、今のオレにそんなことする理由がない」
「なら国王にはそう報告しよう。邪魔をしたな」
「!?団長!いいんですか!?奴らが本当のことを言っているとは…」

 そう言って立ち上がり、ドアへと向かうケイスにジーンもメープルもきょとりと目を瞬かせる。随分とあっさり引くなと思えば、流石に部下がそれを止めた。
 だがその兵士の頭を軽く小突くと、ケイスはもう一度振り返ってジーンを見た。

「ここに来てから、他の魔物を少しも見なかった。怯え隠れている気配ぐらい分かる。少なくとも、人に怯えている魔物が多いことは事実なのだろう。だから一旦は信じる」

 気になることはいくらでもあった。この程度の情報では、理解のある国王はともかく頭の硬い重役たちが納得しないだろうことも分かる。
 それでもケイスは、己の勘を信じることにした。そもそも、ここまで話が通じたこと自体が予想外。今回の任務は、調査とは名ばかりの討伐任務であった。完全に目覚める前に魔王を、という任務だった。
 だが実際は目覚めるどころかキッチンで呑気にお菓子作ってる魔王がいた訳だ。信じる信じないの前に、とりあえず情報を整理したいから一旦帰宅したいが本音である。
 他に理由があるとすれば、あとは…

「……あと、タルトが美味かった」
「えっ」
「ご馳走様。もしかしたらまた来るかもしれないが、今度は礼儀を尽くそう」

 彼の言葉にジーンは目をあらん限りに見開く。そりゃ今回のタルトは自信作だし、美味いのは当たり前だと自信を持っていた。でも彼は人間で、魔物を警戒するのは当たり前で、なんならメープルが無理やり食わせたようなもので。
 それなのに直接感想を言って、次は礼儀に気をつけるとまで言った。そんな人間は初めてで、メープルと共に目を合わせる。

 兵士たちは既に帰り支度を始めており、来た道を戻ろうと道のりのメモを開くところだった。
 ちょっと迷って、オーブンを一度確認して、ジーンは立ち上がるとケイスに歩み寄る。気づいた兵士たちが一瞬警戒するも、ケイス本人は気にした様子もなく近づいてきたジーンを見下ろす。
 黄土色の瞳に、ちょっとはにかんだ碧眼が反射する。

「ここから一週間かけて帰るの疲れない?送ってこうか?」
「あ?この人数をどうやって……いや、まさか…!」
「大正解!ウルスフタンの王都近くに転移するための転移魔法陣があるんだ!それで送ってやるから、ちょっと配達頼まれてくれない?」

 一行を先導するように廊下へと出たジーンは、そう言って悪戯げに鋭い歯を見せて笑った。




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