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シドハッピーエンド 王の女

12 ハーレムの後始末

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 シドは「お別れ宣言」の後、人間の番とは、金品などの補償を多めにしたり望む者には人間社会に帰らせたりするなどして、比較的穏便に別れられたそうだが、獣人相手にはそうはいかない。

 シドが銃騎士隊に捕まり処刑される情報が里に流れた後、シドの死を悲嘆した何人かの番たちは、後を追おうとして自死している。

 獣人にとって番との別れとは、自死に追い込まれるくらい辛いことだ。

「シド、あの……」

「やめろ」

 シドはヴィクトリアがその先に続けようとした言葉を遮った。

「俺の番はお前だけだ。俺はお前以外の女はもう抱きたくない」

 ヴィクトリアは、シドと番たちの間に一番最後に割り込んで、彼女たち全員からシドを奪った。

 シドと番たちの間にもこれまで様々なことがあったようだが、それでも何とかハーレムとして維持されていた均衡を、ヴィクトリアの存在が壊してしまった。

 ヴィクトリアが、シドと二人で里を出ようという提案に頷けなかったのも、シドから別れを告げられただけではなくて、彼が里からもいなくなることで、死人が増えてしまうのではと懸念したからだ。

 全員を受け入れてまたハーレムを作るのが、平和的で理想的な解決方法なのではないかと、ヴィクトリアはそんな風に考えることもあった。

 普通、番持ちの獣人女性が膣内に番以外のものを挿れられるのを嫌がるのと同様に、番持ちの獣人男性も、番以外には勃たないらしい。

 シドも、番はヴィクトリアだけだと言う。

 けれど、勃起も射精も自分の意志一つで自由自在に操れるというシドならば、たぶん、出来るのだろうと思った。

 他の人と番を共有することも覚悟したで、シドにその旨を話したこともあったが、怒気混じりに「お前は馬鹿か? 本気で言っているのか?」と凄まれて拒否された後、「お仕置きだ」と言われて、その間の記憶が所々飛ぶくらいの、容赦無き無間性交絶頂地獄に叩き落された。

 そして、「そんなこと二度と言うな」と約束もさせられた。

 しかし、その約束を今ヴィクトリアが破りかけたので、シドは見るからに機嫌が悪くなった。

「…………お前も来い」

 シドの処刑前に自死した番がいたことを知ったヴィクトリアは、以降死にそうな番がいたら必ず助けるようにとシドにお願いをしていた。シドならば、この里で怪しい動きをしている者がいたら嗅覚で気付けるからだ。

 ヴィクトリアには優しくても、それ以外の者には非道な所がわりとそのままだったりするシドは、「番どもが全員死ねば問題解決だ」と本気で思っている節があり、「死なせないで」と懇願するヴィクトリアの要請に、渋々といった形で応じていた。

 シドは事故が起こりそうな時はいつもヴィクトリアを伴わずに現場に向かっていて、番たちの問題にヴィクトリアを巻き込もうとはしなかった。

 しかし今回ばかりは、シドはヴィクトリアも一緒に来るようにと告げてきた。










 向かった先はシドの番たちが多く暮らす族長の館だ。二階の部屋では、二十代前半ほどのシドの番が刃物を手にして、自らの心臓を一突きにしようとしている場面だった。

 シドが部屋に飛び込んで「やめろ」と言うと、番は刃物を取り落として、その場に膝を突き号泣し始めた。

 しかし、ヴィクトリアがシドの後ろから現れたことに気付くと、番はそれだけで急速に激高し、床に落ちた刃物を掴んでヴィクトリアに襲いかかろうとした。

「あんたさえいなければ!」

「シド!」

 ヴィクトリアがシドの名を叫んだのは、助けを求めるためではなくて、女を血祭りに上げようとしたシドへの牽制のためだ。

 不満そうにチッと舌打ちしたシドは、襲いかかる女の手を払って刃物を弾き飛ばし、鳩尾に軽く拳を入れ、番を気絶させていた。

 もしも手加減しなければ、払われた女の手は骨が折れるどころかシドが触れた部分からもげて手の先が吹っ飛んだだろうし、拳だって身体を貫通して、下手したら即死案件である。

「お前が助けたいと願っているのはこんな奴らばかりだぞ」

 シドが吐き捨てるように言う。シドの言いたいことはわかる。生きるも死ぬも本人の問題だと割り切って、彼女たちとは距離を取り、里からも出て彼女たちの存在は忘れてしまうことが、現段階ではヴィクトリアにとっては一番負担が少ないし、シドもそれを望んでいる。

「この女を牢屋に放り込んでおけ」

 騒ぎを聞いて駆け付けてきた側近たちにシドはそう指示した。

「牢屋? 駄目よ。また自害しようとするかもしれないし、医療棟に入院させてきちんと治療を受けさせないと」

「治療だと? 何を言う。こいつらに付ける薬などあるものか」

 シドが返したその言葉にヴィクトリアは息を呑んだ。

 彼女たちが凶行に走る原因は、番が他の女を愛してしまって、番から歯牙にもかけられなくなったことだ。それは獣人の本能と結びつくもので、ちょっとやそっとのことで改善していく類のものではない。

 それこそ「お別れ宣言」の時にシドが言ったように、新しい番を見つけるか、死ぬしかないのだ。

「またですか」

 黙り込んでいたヴィクトリアは、少し困った様子の側近の声を聞いた。

「ヴィクトリア様の命を狙う者が多すぎて、牢屋はもう一杯ですよ」

 ヴィクトリアはシドの正式な番になったことで、シドにより「ヴィクトリアを敬え」という通達が側近たちだけではなく里の者すべてに出されていて、以前はそうではなかったが、様付けで呼称されることが多くなった。

「牢屋がいっぱい……?」

「これまで何人もの番どもがお前を殺そうとしてきた。本当は処刑したいが、お前の望み通り殺さず、とりあえず生け捕りにして牢屋に入れてある」

 疑問を口にするヴィクトリアにシドが説明してくれた。

 ヴィクトリアは自分が何度も命を狙われていたことは知らなかった。

 どうやらそれを知ったヴィクトリアが悲しまないようにと、シドはこれまで全ての暗殺計画をヴィクトリアに知らせないままに防いできたらしい。

「そろそろ何とかしないと牢屋が機能不全になりますよ……」

「いいから連れて行け」

 ボヤく側近とシドが会話しているが、側近の腕の中には、眠った赤子が抱っこされている。

 その赤子は気絶した番がシドとの間に産んだ子で、母親は子供が寝ている間に、突発的に死のうとしたらしい。

「待って、その子も牢屋へ行くの?」

「乳飲み子ですからね。仕方のないことです」

 ヴィクトリアは思わず自分の胸に手をやった。お乳が出ればいいが、ヴィクトリアは現在そんな状態ではない。

 というか、ヴィクトリアはシドと番になった最初からずっと、「お前の腰は出産向きではないから子供は生まなくていい」と、口が酸っぱくなるくらいに何度も言われていた。

 ヴィクトリアはいずれ愛するシドとの間に子供も欲しかったので、そんなこと言われても困ると思っていたが、まだ急ぐことでもないし、ゆっくりとシドを説得していけばいいかと考えていた。

「牢屋って、ちゃんと赤ちゃんが生活できる環境なの?」

「えーと、どうですかね……?」

 側近は言いながらシドをちらりと見ているが、シドは無言だ。

 劣悪な環境で赤子が過ごすのであれば黙って見過ごせないと思ったヴィクトリアは、シドには反対されたが、牢屋の様子を見に行くことにした。
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