獣人姫は逃げまくる~箱入りな魔性獣人姫は初恋の人と初彼と幼馴染と義父に手籠めにされかかって逃げたけどそのうちの一人と番になりました~ R18

鈴田在可

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シドハッピーエンド 王の女

1 祝福の音が鳴る(シド視点→ヴィクトリア視点)

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シドハッピーエンドです。「122 一瞬の煌めき」の途中からの分岐になります。

注意事項は話の冒頭にその都度入れます。


***

 音が鳴った。

 誰も愛せなかった男は、人生の最後の最後になるだろうその瞬間に、長年焦がれるように渇望していた祝福の音――誰かを本当に愛せる証の音――が、自分に対しても鳴り響くのを聞いた。

 シドは本来、誰かのために自分が死ぬことを是とする性分ではない。

 けれど、ヴィクトリアを守るためなら自分が犠牲になっても構わないと心の底から思えた時、シドはヴィクトリアに対する『番の呪い・本物』にかかっていた。

 全ての獣人にとっての希望のような、祝福の音を聞いたシドは、こんなに幸せで満ち足りた気持ちは始めてだと思った。

 シドはこれまで、女たちを愛しているつもりであっても、彼女たちやその背景にあるものにどこか歪んだ思いを抱いていて、相手を真っ直ぐに愛することができなかった。

 混じり気のない純粋な愛情が自分の中から湧き上がるのを感じたシドは、死を目前にしながらも、この上ない幸福感に包まれていた。

 シドの中に誰かを恨む気持ちは微塵もなった。

 シドは、自身と迫り来るジュリアスの剣の間にが突然出現して守られるまでは、ヴィクトリアのために死を受け入れようと、本気で思っていた。





******





 ヴィクトリアが飛ばされたのは空気の塊に埋められていない、唯一といってもいい軌道上だった。

 ヴィクトリアはシドのおかげで攻撃を免れた。

(シド!)

 ヴィクトリアはシドに手を伸ばしたが、距離は離れていくばかりだった。

 ヴィクトリアを見つめるシドは、これまで見たことがないくらいに優しく微笑んでいる。

 シドの心臓にジュリアスの剣が迫り――――

(シドっ!!)

 声が出ず、泣きながら心の中で叫ぶヴィクトリアは、シドに向かって手を伸ばした。

 すると―――― その手の先、シドとジュリアスの間にある空間に、ヴィクトリアがシドに夜這いされて里から逃げ出したあの日にも現れた、氷の塊が出現した。

「!」

 突然の魔法の出現にジュリアスが目を見開き驚いている。

 氷は分厚い壁を形成し、ジュリアスの剣撃からシドを守るように二人の間に立ち塞がったが、ジュリアスは攻撃態勢を維持したまま、鋭い打突を放った。

 剣先が氷の壁を突き破り、ズプリとシドの胸に刺さって血が飛んだ。けれど固すぎる氷に邪魔をされて、ジュリアスの剣がシドの心臓を貫くことは叶わず、シドは致命傷を逃れた。

 氷の壁を押して自身の胸から剣を抜いたシドは、その場から離れてヴィクトリアの後を追った。  

 ジュリアスの身体がぐらりと傾いでいる。

 ジュリアスはヴィクトリアが死なないようにと、闇色の塊を一度に消し去っていた。

 そのまま闇魔法でシドを追い詰めていけば、あるいはシドの息の根を止められたかもしれないが、ジュリアスはこの土壇場で、シドを屠るためにヴィクトリアを巻き添えにして殺すことができなかった。

 闇色の壁に隙間が生まれ、四方八方から光の筋が入り込んでくる。その光を眩しいと感じ、状況に翻弄されるばかりだったヴィクトリアは、気付けばシドの腕の中にいた。

「ヴィクトリア」

 シドがこちらを呼ぶ声の中にいつもと違う慈しむような感情が紛れていることに気付く。シドの表情も、ヴィクトリアを助けて自身は死のうとした時の、優しい微笑みのままだ。

「俺の頭で祝福の音が鳴った。お前が俺の唯一の番だ」

「唯一の番………… 祝福の音……?」

 情報に疎いヴィクトリアは、その「祝福の音」というのが、シドがヴィクトリアへの『番の呪い・本物』にかかった音のことだとはわからない。

「お前はどんな仕草も可愛いな。すぐにでもむしゃぶりつきたくなる」

 首をこてりと傾げているヴィクトリアを見るシドは、愛情に満ち溢れた目を細めていて、とても機嫌が良さそうだった。

 一方のヴィクトリアは、シドにむしゃぶりつかれて甘噛みやらペロペロされる図を想像してしまって逃げたくなったが、ヴィクトリアが何かするよりも先に、荷物よろしくシドの肩に担がれてしまった。

「仕留めろ! 逃がすな!」

 闇色の壁が消失すると、壁の外にいた銃騎士たちが雪崩を打ってシドの元まで駆けてくる。

 シドはヴィクトリアを肩に担いだまま、一番先にシドの元まで辿り着いていた三番隊長マクドナルドの大剣を難なくかわし、その勢いのまま超速度で走り出していた。

 気付いた時には、ヴィクトリアはシドと共に観客席を飛び越えて処刑場外へと出ていた。

「追えっ! 絶対に逃がすな!」

 銃騎士隊員たちの切羽詰まった声が聞こえる。

 ヴィクトリアが無理な体勢のまま何とか顔を上げて見たシドの表情は、これまで見たことがないくらいに晴れやかで楽しそうにも見えた。

 ヴィクトリアはシドの少年めいた部分を始めて目撃した気がして、驚いた。
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