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アルベールハッピーエンド あなたと生きる道

11 あなたと番になるための、たった一つの条件

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主人公のヤンデレ(危険思想)注意

***

「本当に? 本当に俺のこと捨てないでいてくれる? 俺のこと許してくれる?」 

 ヴィクトリアを強く抱きしめ続けるアルベールは、自信家な彼にしては珍しく、弱々しい声を出して語りかけてきた。

「番になりさえすれば万事解決すると思っていたのに、まさかヴィーが番になっても俺を嫌いなままでいるなんて思わなかった……

 ヴィーの匂いが追えなくて、ヴィーがどこにもいなくて…… 死んでしまったんじゃないかって、気が狂いそうだった…………」

 アルベールはヴィクトリアが転移魔法で逃げる前までの残り香を嗅いで、ヴィクトリアがアルベールに抱かれた直後に嫌悪感を感じていたことや、罠に嵌められたことに気付いたヴィクトリアが怒って、「別れる」と決意したことに気付いたようだった。

 アルベールの金の瞳から涙が溢れてボロボロと落ちていく。

 月が雲に覆われてしまっている完全な闇夜の中では、アルベールの表情は視覚ではわからないが、彼と番になった今では、泣き腫らした彼の目や、頬の乾かない涙の跡もわかったし、それにアルベールは昨日から一睡もしていない様子で、憔悴しきっていて目の下の隈も酷かった。

「傷付けて悪かった。どうか俺を嫌わないで。これからはヴィーの嫌がることはしないから。うんと大事にするから。どうか俺を選んでください。遠くへ行かないで」

 アルベールは縋るような涙声でそう懇願していた。

 子供の頃、ヴィクトリアはアルベールが泣いている場面を一度も見たことがない。

『過去視』で視た以外の、記憶の中で覚えている限りの子供のアルベールは、とてもプライドが高くて、泣いているような弱々しい姿を周囲には絶対に見せたがらなかった。

 誇り高い部分は今でも変わっていないはずだが、三日前に里で会った時も泣いていて情緒がおかしかったし、たぶん心が不安定になっている。

(でもそうさせたのは、私……)

 きっと、昨日アルベールを一人にするべきではなかったのだろう。

 昨日のヴィクトリアは、アルベールが苦しんでも構わないと思っていたが、今はアルベールが苦しんでいるとこちらも苦しいし、ちゃんと大切にしたいと思っている。

「置いていってごめんね……」

 ヴィクトリアがアルベールの背中に腕を回して抱きつくと、彼がぎゅうっと抱きしめ返してくれた。

「ヴィー、俺はもう間違わないから、もう二度とヴィーを傷付けるようなことはしないと誓うから、俺と番になってくれる?」

 昨日まではとても大嫌いな相手だったのに、ヴィクトリアはアルベールからの愛の告白に胸が高鳴っていた。

 ヴィクトリアは、獣人としての心の急激な変化に逆らわないことにした。

 自分たちは子供の頃から色々とすれ違ってきた。これからはお互いに気持ちを寄り添わせて、アルベールを信じていきたいと思うし、彼にも自分を信じてほしいと思った。

 今のヴィクトリアはアルベールと番になることに否やはない。だけど――――

「……条件があります」

 ヴィクトリアがそう答えると、瞬時にアルベールの顔が青褪めた。もしかしたら『無理難題をふっかけられて断られるのでは?』とでも思ったのかもしれない。

「何? 何でも言って。どんな条件でも呑むよ」

 アルベールは微笑みながらそう言ったが、その笑みはぎこちないし、口調もかなりごわごわとしている。

「もう人間は殺さないで」

 アルベールは殺人狂だった。ヴィクトリアもシドに無理矢理連れ出された「狩り」場で、白刃を手にしたアルベールが狂ったように哄笑を響かせながら、次々と人間たちを殺めていく場面を、実際に何度か目撃している。

 里でアルベールは、「ヴィクトリアが番になるならもう殺しはやめる」と言っていたが、そこだけは確実に約束させなければと思った。

 ヴィクトリアはレインに償うことができなかったが、せめて、アルベールに殺しをやめさせることで、レインと同じような悲しみを受ける人たちを、できるだけ減らしたいと思った。

「うん、わかった。あとは?」

 アルベールはあっさりとその条件を呑んでくれた。

「条件は一つだけよ。あ、人間だけじゃなくて、獣人も殺しちゃ駄目だからね」

「それはいいけど…… 本当に一つだけ? 血は? 飲んでもいいの? 俺は噛むこともあるかもしれないけど、ヴィーは俺に血を飲まれるの嫌がってたよね?」

「昔は確かにアルに血を飲まれるのが怖くて痛くて嫌だったけど…… でも、魔法を使えばたぶん大丈夫よ」

 魔法についてはまだ勉強中だが、日中に眺めていた魔法書の中に、確か『感覚遮断の魔法』というのがあったはずだ。
 詳しい内容はこれから読み込む所だが、その魔法があれば痛みに関しては何とかできそうだし、治癒魔法を使えば、噛まれた傷も治せそうだと思った。

 ヴィクトリアとしては、アルベールの望みはできるだけ叶えたいと思った。

 むしろ今はアルベールに「飲まれたい」というか、自分の身体の一部が彼と一つになるなら嬉しいというか、倒錯的な思いにも囚われ始めていた。

 もしかしたらそのうちに吸血や噛みつき行為がエスカレートして、アルベールがヴィクトリアの肉を食べたいと言い出す可能性もあったが、『そうなったらそうなったで、差し出してもいいかな』なんて、かなり危険なことまでヴィクトリアは考えてしまっていた。

「……魔法?」

 訝しげな顔で聞き返すアルベールに、ヴィクトリアは魔法使いについて自分が知り得る範囲のことを、全て話した。

 アルベールも、処刑場で出現した氷の塊や炎の嵐については不思議に思っていたそうだが、ヴィクトリアの話で疑問は解けたらしい。

「でもそんな力があるんじゃ、また命を狙われるかもしれないし、ヴィーの能力を利用しようとする輩が出てくるかもしれないな」 

「それは……」

 ヴィクトリアは昨日魔法の力に目覚めたばかりだが、処刑場から逃げた後は混乱していたり、アルベールと関係してからはそのことで悶々としていた為、自分が魔法使いであることの影響についてはあまり深く考えていなかった。しかし、確かに危険な面もあるだろうと、ヴィクトリアは不安になった。

「大丈夫。何があっても俺がヴィーを守るよ。二度と離さないから」

 風が吹き、雲が晴れて、月光が木々の間からアルベールの笑顔を照らした。

 それは温かみのある柔らかな笑顔で、綺麗に微笑んでいるその表情が、赤子の頃に自分を大切にしてくれていた幼いアルベールの笑顔と重なる。

「好き」

 アルベールの笑顔一つで心を鷲掴みにされてしまったヴィクトリアは、思わず心情を吐露していた。

 言われたアルベールは一瞬虚を突かれた様子で驚いていたが、すぐに頬が朱に染まり、潤んだ瞳でヴィクトリアを見つめてきた。

「俺も好きだよ。ヴィーは俺のたった一人の、大切な女の子なんだ」

 ヴィクトリアがアルベールの表情に見惚れながらぼーっとしていると、口付けが降ってきた。

 里で襲われた時とは違って、嫌悪感は全く感じなかった。アルベールの柔らかな唇の感触にうっとりとしながら、ヴィクトリアは自分を抱きしめてくる、おそらく端から見れば危険な部分も多分にある男の腕に身を任せた。

 昨日は番を得ても全く幸せじゃないと泣いてしまったが、今はアルベールとの確かな絆を感じられて、とても幸せだった。
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