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リュージュハッピーエンド 私の王子様
11 決して忘れない(レイン視点)
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記憶改変注意
***
「お帰りなさい、お兄ちゃん」
シドが処刑されたその日、処刑場から消えたヴィクトリアが行方不明のまま、探す手立ても何もなく自宅へ帰ったレインを、出迎える黒髪の女性がいた。
「ティナ……!」
死んでしまったはずの最愛の妹クリスティナが成長した姿を視界に入れたレインは、崩れるようにその場に膝を突いて、号泣し始めた。
「お、お兄ちゃん!? 具合でも悪いの? 大丈夫?」
亡霊ではない生きたクリスティナが慌てた様子で寄ってきて、声をかけてくる。
レインは顔を上げると、クリスティナが確かにそこに存在している感触を確かめるように、すぐさま妹の両手を握りしめた。
クリスティナが生きている――――
「でも何で…… 何で…… どうして、ティナがここに……」
「どうしてって…… 処刑場に行くのは危ないから、家で留守番してなさい、って言ったのはお兄ちゃんでしょう?」
言われて、頭が揺れるような感覚があり、今朝の出勤前に「危ないから家から出るな」とレイン自身がクリスティナに厳命していた光景か浮かび上がった。
「そう…… だったな……」
記憶を蘇らせながら、確かにそうだったなと思うのに、レインは何か大切なことを見落としているような、どこか腑に落ちない不思議な感覚を味わっていた。
「処刑の見張りできっと疲れたのね。とにかく休んで」
家の中に入ると、また違和感を覚えた。
廊下を歩いている最中にリビングの前を通ったが、ちらりと見た部屋の中は、クリスティナの趣味だとは思うが、細々とした雑貨や観葉植物が置かれていた。
レインはそんなものあっただろうかと首を捻りたくなったし、壁紙も元々の色とは若干違うような気がした。
レインの頭の中では、生活するために必要最低限の物しか置いていなかったリビングの光景が一瞬だけ浮かんだが、それはすぐに消え去り、自室に辿り着く頃には、リビングの様子に違和感を覚えたことすら忘れてしまった。
「ない……」
「何が?」
「カーペット……」
自室の扉を開けた所で立ち止まったレインは、今度は強い違和感に襲われた。
レインの自室の床には、地下室へ通じる扉があって、その扉を隠すようにカーペットが敷かれていたはずだった。
けれどそのカーペットは消えて、地下室への扉そのものも消えてしまっている。
「お兄ちゃんの部屋にカーペットなんかなかったと思うけど?」
「地下室は?」
「地下室? この家にそんなもの元々ないけど?
え、大丈夫? 記憶障害?」
クリスティナは首を捻っているが、レインは再びポロポロと涙を溢し始めた。
「俺はこの家で、彼女と、暮らそうと……」
「……彼女? うーん、残念だけど、お兄ちゃんが今一緒に暮らしてるのは、彼女じゃなくて、妹の私だけよ?」
「そんなはずは…… そんなはずは……」
レインの様子がおかしいと思ったらしきクリスティナは、とにかく休めとレインを隊服から着替えさせて、寝台に横にさせた。
レインの頭はかなり混乱して熱まで出たが、翌朝起きた時の体調は良好で、気分も爽快だった。
朝食の席でクリスティナが昨日の話題を振り返り、「地下室」の単語を出しても、今度はレインが、「この家に地下室なんてあるわけないじゃないか」と、何の疑問も持つことなく否定していた。
銃騎士隊の仕事が非番の日、レインは同じく仕事が休みのクリスティナと買い物に出て、休憩がてら見つけたカフェに入りお茶をしていた。
故郷の村が獣人の襲撃を受け、父親が亡くなってしまった後、兄妹は知り合った銃騎士隊二番隊アークを頼って首都まで出てきた。
その時レインは成人していたが、クリスティナは未成年だったので、役所で手続きをして獣害孤児の手当てを受け取りつつ、上京したての頃は安い部屋を借りて二人で住んでいた。
その後レインは銃騎士になり、その給金で今二人で暮らしている一軒家を建てた。クリスティナも夢を叶えてモデルになった。
「しかし不思議だな、最近ようやく世間がお前の魅力に気付き出したが、もう少し早く人気が出ても良かったのにな」
「アテナが引退するから、その分仕事が回ってきただけよ」
クリスティナとアテナはモデル仲間で、年が同じこともあり仲が良かった。
けれどモデルと言ってもこれまでのクリスティナの活動は細々としたもので、写真集も出したことはなかった。
しかし、最近急に人気が高まり出して、現在ファースト写真集を準備中だった。
クリスティナは獣人王シドに純潔を奪われかかったことが心の傷になっていて、男性恐怖症を患っていた。
クリスティナは兄のレイン以外の男性が全く駄目になってしまい、異性全般を避けていて、そのせいで仕事が上手く回らないこともあったそうだが、最近のクリスティナはようやく過去の苦しみを乗り越えて、前に進もうとしている。
仕事が増えたのはそこら辺にも理由がありそうだった。
カフェを出た二人は婦人服を扱う店に入った。
「お兄ちゃん、いくら銃騎士が高級取りだって言っても、流石に買いすぎよ」
写真集を出す記念で、レインがクリスティナの服を買ってやるという話になっていたが、レインはあれもこれもと指示をして、クリスティナが試着する服をほぼ全て買うと店員に言っていた。
「全部似合うんだから仕方がないだろう」
レインは昔からクリスティナに服を買うのが好きだった。
それはクリスティナがモデルを目指すきっかけにもなったが、レインは自分の小遣いも全て投入する勢いで、村から近い街に繰り出してはクリスティナのための服を見繕いまくっていた。
「こんなにたくさん着れないわよ。家の借金とかもまだあるし、お金は節約していかないと」
レインは笑っている。
「クリスティナはしっかりした堅実なお嫁さんに――――」
笑顔だったレインは言葉の途中で不自然に言葉を切り、固まってしまった。
「お兄ちゃん?」
クリスティナがそんなレインを訝しげに見ている。
「……いや、大丈夫だ。以前、誰かにも同じことを言ったような気がしたんだけど、たぶん気のせいだ」
結局、服は大量購入することになり、気に入った数着だけを持ち帰り、残りは家まで後日届けてもらうことになった。
クリスティナと連れ立って街路を歩くレインは、ふと、店舗の窓に貼られたとあるポスターの前で立ち止まった。
「お兄ちゃん……」
じっとその特大ポスターを見つめるレインに向かって、クリスティナがどこか切なそうな声音で呼びかける。
レインの視線の先にあるポスターには、にっこりと満面の笑みを浮かべたアテナが写っている。
クリスティナがため息を吐き出した。
「……もっと好意を示して押して行けば良かったのに。そうすればアテナだって、ノエル君じゃなくて、きっとお兄ちゃんを選んでいたと思うの」
クリスティナは、なぜかレインがアテナのことを好きだったと勘違いしているようだった。
「別に、俺はアテナのことをそういう風には思っていない」
「そう言いつつ、アテナを見つめる視線が悲しそうですけど?」
「それは、何というか………… ほら、アテナって、俺たちを助けてくれたあの女の子に似てるじゃないか」
シドに襲われていたあの時、あの場に現れてシドの気を引いてくれた少女の姿を、レインは一瞬だけ垣間見ることができて、心を奪われてしまっていた。
「アテナを見てるといつも彼女を思い出してしまうんだけど、本当にそれだけだよ」
「そう……」
クリスティナはそこで言葉を切り、数秒沈黙した。
「私はあの時、やって来た女の子の姿までは見てなくて…… 声しか聞こえなかったんだけど、アテナに似てるなら、きっと今頃相当の美人になってるわね」
あの襲撃の後、獣人王シドの娘ヴィクトリアが死んだという話は聞いていないから、きっと彼女は今でも無事に生きているのだろうと思う。
「あの時彼女が来てくれたから、俺たちは助かったんだろうって思ってる。相手は獣人だけど、いつか会えたらお礼を言いたい」
「そうね、私もいつか会えたら、『助けてくれてありがとう』って、お礼が言いたいわ」
ヴィクトリアから受けた恩を、二人は決して忘れない。
レインはそこで、くるりとクリスティナに向き直った。
「前から言ってるけど、お前が嫁に行くまでは、俺は誰とも付き合わないよ」
シドに襲われかけたクリスティナをレインはずっと心配していて、必ず守ると一方的な誓いを立てていた。
クリスティナを一番に優先するレインは、他の女にうつつを抜かす予定はなかった。
いつかクリスティナを任せられる男が――並の男では許さないと思っているが――現れたら、その時が兄としての役目を終える時なんだろうなと、何となく思っている。
「うーん、シスコンが酷すぎる」
クリスティナは困ったようにそう言って笑った。
二人はその後も談笑しながら、仲良さそうに腕を組んで街路を歩いた。
***
「お帰りなさい、お兄ちゃん」
シドが処刑されたその日、処刑場から消えたヴィクトリアが行方不明のまま、探す手立ても何もなく自宅へ帰ったレインを、出迎える黒髪の女性がいた。
「ティナ……!」
死んでしまったはずの最愛の妹クリスティナが成長した姿を視界に入れたレインは、崩れるようにその場に膝を突いて、号泣し始めた。
「お、お兄ちゃん!? 具合でも悪いの? 大丈夫?」
亡霊ではない生きたクリスティナが慌てた様子で寄ってきて、声をかけてくる。
レインは顔を上げると、クリスティナが確かにそこに存在している感触を確かめるように、すぐさま妹の両手を握りしめた。
クリスティナが生きている――――
「でも何で…… 何で…… どうして、ティナがここに……」
「どうしてって…… 処刑場に行くのは危ないから、家で留守番してなさい、って言ったのはお兄ちゃんでしょう?」
言われて、頭が揺れるような感覚があり、今朝の出勤前に「危ないから家から出るな」とレイン自身がクリスティナに厳命していた光景か浮かび上がった。
「そう…… だったな……」
記憶を蘇らせながら、確かにそうだったなと思うのに、レインは何か大切なことを見落としているような、どこか腑に落ちない不思議な感覚を味わっていた。
「処刑の見張りできっと疲れたのね。とにかく休んで」
家の中に入ると、また違和感を覚えた。
廊下を歩いている最中にリビングの前を通ったが、ちらりと見た部屋の中は、クリスティナの趣味だとは思うが、細々とした雑貨や観葉植物が置かれていた。
レインはそんなものあっただろうかと首を捻りたくなったし、壁紙も元々の色とは若干違うような気がした。
レインの頭の中では、生活するために必要最低限の物しか置いていなかったリビングの光景が一瞬だけ浮かんだが、それはすぐに消え去り、自室に辿り着く頃には、リビングの様子に違和感を覚えたことすら忘れてしまった。
「ない……」
「何が?」
「カーペット……」
自室の扉を開けた所で立ち止まったレインは、今度は強い違和感に襲われた。
レインの自室の床には、地下室へ通じる扉があって、その扉を隠すようにカーペットが敷かれていたはずだった。
けれどそのカーペットは消えて、地下室への扉そのものも消えてしまっている。
「お兄ちゃんの部屋にカーペットなんかなかったと思うけど?」
「地下室は?」
「地下室? この家にそんなもの元々ないけど?
え、大丈夫? 記憶障害?」
クリスティナは首を捻っているが、レインは再びポロポロと涙を溢し始めた。
「俺はこの家で、彼女と、暮らそうと……」
「……彼女? うーん、残念だけど、お兄ちゃんが今一緒に暮らしてるのは、彼女じゃなくて、妹の私だけよ?」
「そんなはずは…… そんなはずは……」
レインの様子がおかしいと思ったらしきクリスティナは、とにかく休めとレインを隊服から着替えさせて、寝台に横にさせた。
レインの頭はかなり混乱して熱まで出たが、翌朝起きた時の体調は良好で、気分も爽快だった。
朝食の席でクリスティナが昨日の話題を振り返り、「地下室」の単語を出しても、今度はレインが、「この家に地下室なんてあるわけないじゃないか」と、何の疑問も持つことなく否定していた。
銃騎士隊の仕事が非番の日、レインは同じく仕事が休みのクリスティナと買い物に出て、休憩がてら見つけたカフェに入りお茶をしていた。
故郷の村が獣人の襲撃を受け、父親が亡くなってしまった後、兄妹は知り合った銃騎士隊二番隊アークを頼って首都まで出てきた。
その時レインは成人していたが、クリスティナは未成年だったので、役所で手続きをして獣害孤児の手当てを受け取りつつ、上京したての頃は安い部屋を借りて二人で住んでいた。
その後レインは銃騎士になり、その給金で今二人で暮らしている一軒家を建てた。クリスティナも夢を叶えてモデルになった。
「しかし不思議だな、最近ようやく世間がお前の魅力に気付き出したが、もう少し早く人気が出ても良かったのにな」
「アテナが引退するから、その分仕事が回ってきただけよ」
クリスティナとアテナはモデル仲間で、年が同じこともあり仲が良かった。
けれどモデルと言ってもこれまでのクリスティナの活動は細々としたもので、写真集も出したことはなかった。
しかし、最近急に人気が高まり出して、現在ファースト写真集を準備中だった。
クリスティナは獣人王シドに純潔を奪われかかったことが心の傷になっていて、男性恐怖症を患っていた。
クリスティナは兄のレイン以外の男性が全く駄目になってしまい、異性全般を避けていて、そのせいで仕事が上手く回らないこともあったそうだが、最近のクリスティナはようやく過去の苦しみを乗り越えて、前に進もうとしている。
仕事が増えたのはそこら辺にも理由がありそうだった。
カフェを出た二人は婦人服を扱う店に入った。
「お兄ちゃん、いくら銃騎士が高級取りだって言っても、流石に買いすぎよ」
写真集を出す記念で、レインがクリスティナの服を買ってやるという話になっていたが、レインはあれもこれもと指示をして、クリスティナが試着する服をほぼ全て買うと店員に言っていた。
「全部似合うんだから仕方がないだろう」
レインは昔からクリスティナに服を買うのが好きだった。
それはクリスティナがモデルを目指すきっかけにもなったが、レインは自分の小遣いも全て投入する勢いで、村から近い街に繰り出してはクリスティナのための服を見繕いまくっていた。
「こんなにたくさん着れないわよ。家の借金とかもまだあるし、お金は節約していかないと」
レインは笑っている。
「クリスティナはしっかりした堅実なお嫁さんに――――」
笑顔だったレインは言葉の途中で不自然に言葉を切り、固まってしまった。
「お兄ちゃん?」
クリスティナがそんなレインを訝しげに見ている。
「……いや、大丈夫だ。以前、誰かにも同じことを言ったような気がしたんだけど、たぶん気のせいだ」
結局、服は大量購入することになり、気に入った数着だけを持ち帰り、残りは家まで後日届けてもらうことになった。
クリスティナと連れ立って街路を歩くレインは、ふと、店舗の窓に貼られたとあるポスターの前で立ち止まった。
「お兄ちゃん……」
じっとその特大ポスターを見つめるレインに向かって、クリスティナがどこか切なそうな声音で呼びかける。
レインの視線の先にあるポスターには、にっこりと満面の笑みを浮かべたアテナが写っている。
クリスティナがため息を吐き出した。
「……もっと好意を示して押して行けば良かったのに。そうすればアテナだって、ノエル君じゃなくて、きっとお兄ちゃんを選んでいたと思うの」
クリスティナは、なぜかレインがアテナのことを好きだったと勘違いしているようだった。
「別に、俺はアテナのことをそういう風には思っていない」
「そう言いつつ、アテナを見つめる視線が悲しそうですけど?」
「それは、何というか………… ほら、アテナって、俺たちを助けてくれたあの女の子に似てるじゃないか」
シドに襲われていたあの時、あの場に現れてシドの気を引いてくれた少女の姿を、レインは一瞬だけ垣間見ることができて、心を奪われてしまっていた。
「アテナを見てるといつも彼女を思い出してしまうんだけど、本当にそれだけだよ」
「そう……」
クリスティナはそこで言葉を切り、数秒沈黙した。
「私はあの時、やって来た女の子の姿までは見てなくて…… 声しか聞こえなかったんだけど、アテナに似てるなら、きっと今頃相当の美人になってるわね」
あの襲撃の後、獣人王シドの娘ヴィクトリアが死んだという話は聞いていないから、きっと彼女は今でも無事に生きているのだろうと思う。
「あの時彼女が来てくれたから、俺たちは助かったんだろうって思ってる。相手は獣人だけど、いつか会えたらお礼を言いたい」
「そうね、私もいつか会えたら、『助けてくれてありがとう』って、お礼が言いたいわ」
ヴィクトリアから受けた恩を、二人は決して忘れない。
レインはそこで、くるりとクリスティナに向き直った。
「前から言ってるけど、お前が嫁に行くまでは、俺は誰とも付き合わないよ」
シドに襲われかけたクリスティナをレインはずっと心配していて、必ず守ると一方的な誓いを立てていた。
クリスティナを一番に優先するレインは、他の女にうつつを抜かす予定はなかった。
いつかクリスティナを任せられる男が――並の男では許さないと思っているが――現れたら、その時が兄としての役目を終える時なんだろうなと、何となく思っている。
「うーん、シスコンが酷すぎる」
クリスティナは困ったようにそう言って笑った。
二人はその後も談笑しながら、仲良さそうに腕を組んで街路を歩いた。
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