上 下
162 / 220
処刑場編

127 心の天秤(レイン視点)

しおりを挟む
 レインはアークに身体強化の魔法をかけてもらった状態で、ヴィクトリアに近付く。

『攻撃力、素早さ、動体視力の全てを魔法を使って限界値ギリギリまで上げた。S級とは言わんがA級の獣人並の身体能力はあるだろう。魔法無しの状態であれば、ヴィクトリアよりも今のお前の方が強い。

 ヴィクトリアの魔法攻撃は全て俺が防いで援護するから、気にせずに突っ込め。防御力も上げたから今のお前の肉体は鋼だ。もし氷柱が当たっても即死はしないだろう。すぐに治癒魔法をかけてやる』

 レインは頭の中で先程までアークとしていたやりとりを反芻していた。

『レイン、確実に仕留めろ。無駄な温情はかけるな。むしろ、一思いに殺した方が苦痛も少ないだろう。

 ヴィクトリアを思うお前に免じて、あの娘には感覚遮断の魔法をかけておいてやる。怒りに呑み込まれているあの状態では、実際に斬られる前にその魔法に気付かれる可能性も低いだろう。

 痛みはゼロだ。ただ安楽に死なせてやるだけだ。

 まあ、失敗したら俺がやるまでだがな。嫌なら確実にれ。

 わかっていると思うが、は考えるなよ』

 アークはレインの心の内に気付いている様子だった。

 アークは、レインにとって今日まで親代わりのような存在だった。

 アークとの出会いは、レインの故郷の村が焼かれて、家族を失った時だった。

 レインは復讐を強く胸に宿して銃騎士になることを決意し、獣害対応のために村に来てた銃騎士と接触を図ろうとした。

 その時にレインが声をかけた相手こそが、アークだった。

 銃騎士になるための知識も金も何もなかったレインを、アークは首都まで連れ帰った。

 銃騎士養成学校に入校するまでの短い間だったが、アークは自宅に住まわせてくれて、人並みの生活ができるようにしてくれた。

 試験の手続きはもちろん、合格のために鬼かというくらいに身体を扱かれたり、筆記の勉強法も教えてくれたりと、時にはジュリアスを使ったりもしつつだが、アークは様々にレインの面倒を見てくれた。

 あの人がいなければ、銃騎士になるにはもっと時間がかかっただろう。

 アークが恩を売り、子飼いの手駒にしているような銃騎士は他にもいる。特段アークが立派な人間だったわけではない。

 しかしそれでも恩は恩だ。レインは自らも進んでアークの手駒となり、アークがどういう人物なのかを間近で見続けてきた。

 それはアークにも言えることだった。レインとアークにはどこか似通った部分もあり、レインの考えそうなことなどは、アークには筒抜けだろう。

 レインの中では、ヴィクトリアに『人体発火の魔法』を使われるくらいなら、自分の手で楽に殺してやりたいという思いと、、この状態でもヴィクトリアを助けられる方法はないかと模索する思いが、同時に混在していた。

 しかし、ヴィクトリアに近付くレインからは、後者の考えは失せかけていた。

 魔法使いである二番隊長アークを出し抜くことは、自分では不可能である。

 他の魔法使いの力を借りようとしても、ジュリアスは気絶、ノエルはヴィクトリアの攻撃を防ぐので精一杯だ。

 あまり頼りたくない最終手段セシルまでもがなぜかぶっ倒れていた。

 唯一動けるのはシリウスだが、ナディアの死亡で精神がどうなっているのかがわからない。

 破綻寸前でなければいいが、仮にシリウスに頼み事をしようにも、その間にアークがヴィクトリアを殺してしまう可能性の方が高い気がした。

(この場での最善策は、アーク隊長の気が変わらないうちに、ヴィクトリアをできるだけ苦しめないようにして殺すことだ…………)

 ヴィクトリアに近付くと、先程も受けた冷たい雪混じりの吹雪が吹いてきて、レインを遠ざけようとする。

 しかしヴィクトリアはゼウスたちへの攻撃のように、殺傷能力の高そうな氷柱攻撃をレインに仕掛けてくることはなかった。

 ヴィクトリアはレインを殺そうとはしないが、近付こうとするレインから何度も距離を取り逃げ続けた。

 変わらずにゼウスたちに向けられているヴィクトリアの魔法攻撃は凄まじかった。仮に遠くから弾丸を飛ばしたとしても、気付かれれば氷か吹雪で弾き飛ばされてしまいそうに思えた。

「接近して剣で殺すのが良いだろう」と、レインはアークから前もって指示を受けていた。

 それから、ヴィクトリアに近付こうと繰り返す途中で、アークは精神感応テレパシーでこうも付け加えてきた。

『ヴィクトリアは他の者は巻き添えで殺しても構わないようだが、レインお前だけは殺したくないようだ。この任にはお前が一番適任だったかもしれないな』

 自分を見失った状態になっても、「信じない」と発言しても、ヴィクトリアはそれでも、レインへの気持ちがあるのだろう――――

(俺もヴィクトリアを愛している。愛しているからこそ、俺は…………)

 レインは自分がこれからしようとしていることを、避けられないどうしようもないことなのだと、心の中で正統化しようとした。

 しかしこらえようとしても、涙が溢れて止まらない。

 こんなことは間違っていると、心の中で思う気持ちもあった。

 レインの中では、ヴィクトリアを思う気持ちと、酷い死に方をした妹や父を思う気持ちが、天秤のようにぐらぐらと揺れていた。

『レイン、今だ』

 精神感応でアークから合図が送られる。

 アークとあらかじめ決めていた通り、瞬間移動の魔法によって、レインは一瞬でヴィクトリアの間合いに現れた。

 何度も何度も何度も焦がれて、妹の死の際に初めて見た時から片思いし続けてきた、ヴィクトリアの美しすぎる顔がそこあった。

 ヴィクトリアは驚いた顔をしていて、本当は抱きしめたいのに、レインは剣を持つ手を動かした。

 たぶんヴィクトリアは魔法でレインに反撃をしても良かったはずなのに、何も仕掛けてこなかった。

 もしかするとヴィクトリアは、至近距離からの魔法攻撃で、レインが死んでしまうことを恐れたのかもしれない。

 レインの中では様々な感情が渦巻いていた。



 レインの心の中にあった天秤が一方に傾く。





 レインはヴィクトリアの心臓目掛けて、打突だとつを放った。





***

《ハッピーエンドへの分岐点です》

◆レインハッピーエンド

次ページへ


◆リュージュハッピーエンド

目次からリュージュハッピーエンド章の「1 本能の叫び」へ


◆アルベールハッピーエンド

目次からアルベールハッピーエンド章の「1 ここは私たちのいるべき場所じゃない」へ


◆シドハッピーエンド(分岐点は「122 一瞬の煌めき」の途中から)

目次からシドハッピーエンド章の「1 祝福の音が鳴る」へ
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

獣人公爵のエスコート

ざっく
恋愛
デビューの日、城に着いたが、会場に入れてもらえず、別室に通されたフィディア。エスコート役が来ると言うが、心当たりがない。 将軍閣下は、番を見つけて興奮していた。すぐに他の男からの視線が無い場所へ、移動してもらうべく、副官に命令した。 軽いすれ違いです。 書籍化していただくことになりました!それに伴い、11月10日に削除いたします。

嫌われ女騎士は塩対応だった堅物騎士様と蜜愛中! 愚者の花道

Canaan
恋愛
旧題:愚者の花道 周囲からの風当たりは強いが、逞しく生きている平民あがりの女騎士ヘザー。ある時、とんでもない痴態を高慢エリート男ヒューイに目撃されてしまう。しかも、新しい配属先には自分の上官としてそのヒューイがいた……。 女子力低い残念ヒロインが、超感じ悪い堅物男の調子をだんだん狂わせていくお話。 ※シリーズ「愚者たちの物語 その2」※

執着系狼獣人が子犬のような伴侶をみつけると

真木
恋愛
獣人の里で他の男の狼獣人に怯えていた、子犬のような狼獣人、ロシェ。彼女は海の向こうの狼獣人、ジェイドに奪われるように伴侶にされるが、彼は穏やかそうに見えて殊更執着の強い獣人で……。

オネエなエリート研究者がしつこすぎて困ってます!

まるい丸
恋愛
 獣人と人の割合が6対4という世界で暮らしているマリは25歳になり早く結婚せねばと焦っていた。しかし婚活は20連敗中。そんな連敗続きの彼女に1年前から猛アプローチしてくる国立研究所に勤めるエリート研究者がいた。けれどその人は癖アリで…… 「マリちゃんあたしがお嫁さんにしてあ・げ・る♡」 「早く結婚したいけどあなたとは嫌です!!」 「照れてないで素直になりなさい♡」  果たして彼女の婚活は成功するのか ※全5話完結 ※ムーンライトノベルズでも同タイトルで掲載しています、興味がありましたらそちらもご覧いただけると嬉しいです!

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

燐砂宮の秘めごと

真木
恋愛
佳南が子どもの頃から暮らしていた後宮を去る日、皇帝はその宮を来訪する。そして

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

処理中です...