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処刑場編

125 命の危機(レイン視点→アーク視点)

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 レインは目の前の光景を衝撃の面持ちで見つめていた。

 ヴィクトリアの周囲に出現していた氷は、真っ直ぐにゼウスに向かって飛んでいった。
 あわやの所でノエルがゼウスを庇うように現れて魔法で防いでいたが、氷柱は次から次へとヴィクトリアの周りで発生して、ゼウスとノエルに襲いかかっている。

(まさか、ヴィクトリアも魔法使いだったとは…………)

 獣人にも魔法使いは生まれるのだなと思いながら、レインはとにかくヴィクトリアの近くへ行こうと処刑場広場を走った。

 ヴィクトリアが一番最初にゼウスに向かって氷柱を打ち込んでいたことから、狙いはノエルではなくてゼウスだとわかる。

「ヴィクトリア! 攻撃をやめろ!」

 突然、レインが走っている途中で、それまで空中のある一点で砕けていた氷柱が、その域を越えてノエルに襲いかかった。

 ノエルにぶつかる寸前で炎が現れ、氷が破壊されてノエルもゼウスも無事だったが、一歩間違えば二人とも死んでいた事態にレインは青くなった。

「ヴィクトリア、やめろ!」

 レインが呼びかけると、氷柱を打ち込み続けながらも、ゼウスだけを真っ直ぐに見つめていたヴィクトリアの視線が、レインに向けられた。

「ヴィクトリア! ゼウスは俺にとって弟みたいに大事な奴なんだ! 頼むから殺さないでくれ!」

「…………る……ない」

 攻撃は止まらないがヴィクトリアが何かを言っている。レインはヴィクトリアの声がはっきりと聞こえる場所に近付いた所で、彼女の言葉を知った。

「私は、ナディアを殺したあなたたちを、絶対に許さない」

 それは怒りと恨みが多分に含まれた声だった。

(ヴィクトリアがそんなことを言うなんて…………)

 レインは衝撃に足を止めた。

 ヴィクトリアの言葉から察するにナディアは死んでしまったようだが、激しい恨みに全身を支配されているかのように見えるヴィクトリアのその姿は、まるで、いつかの自分のようだった。

 レインの知るヴィクトリアは、外見と同じくらい心もとてつもなく清らかで美しくて、優しい少女だった。

(人を殺そうとするなんて、そんなことは絶対にしないはずで…………)

 けれど、流す涙も冷気で凍らせて、ゼウスを殺そうとして魔法を放ち続けるヴィクトリアの姿は、レインの知るヴィクトリアではないように感じられた。

(人が変わったように思えるのは、魔法が使えるようになった影響だろうか……)

 レインは懸念を頭に浮べながらも、とにかく攻撃をやめさせるために、対話を試みる。

「ヴィクトリア、ゼウスがナディアを撃ったのにはきっと何か理由があるはずなんだ! ゼウスは絶対にナディアを殺したりなんてしない! とにかく怒りを鎮めてくれないか! 俺の話を聞いてほしい!」

「信じない。あなたは私を騙した。あの時に私は、あなたの言うことなんて二度と信じないって決めたの」

 ヴィクトリアが言っているのは、数日前に薬を飲ませて自由を奪い、彼女を無理矢理犯そうとした時のことだ。

「……悪かった。絶対にもう騙したりなんてしないから…………

 俺は君の味方だ。君のことは俺が一生守るよ。もう誰にも、君や、君の大切な人たちを傷付けさせたりなんてしない。

 愛してる」

 愛を告げる言葉に、ヴィクトリアの攻撃が一瞬止んだ。

「来ないで」

 もう少しでヴィクトリアに手を伸ばして触れられそうな場所まで近付いたのに、急に冷たい雪混じりの吹雪に襲われて、レインは目を開けていられなくなった。

 立ち止まり、吹雪が去ってから目を開ければ、ヴィクトリアは逃げて、別の場所へ行ってしまっていた。

「ヴィクトリア! お願いだから俺の大切な人たちを殺さないでくれ!」

 レインは走って追いかけるが、その度にヴィクトリアは逃げて場所を移動し、その間もゼウスたちへの攻撃はやめない。

「ヴィクトリア! 昔君はゼウスを助けたことがあっただろう! 思い出せ! 助けた命を殺すのか!」

 ヴィクトリアは時折シドに「狩り」に連れ出されることがあって、昔、銃騎士になる前のゼウスとその姉アテナを助けたことがあった。

 レインがゼウスから聞いていた話によれば、ヴィクトリアはその時ゼウスたちの避難を誘導し、シドがアテナを襲わないように上手く気を引いていたという。

 もしもその時ヴィクトリアが何もしなければ、アテナは犯されてゼウスは殺されていただろう。

 ゼウスの件以外でもヴィクトリアがたびたびそのような行動を起こしていたことを、彼女の情報を集めまくっていたレインは知っている。

 ヴィクトリアがそんな危険な行動をするようになったのは、きっと、がずっと彼女の中にあったからなのではないかと、レインは思っている。

「君は多くの命を救ってきたはずだ! 人殺しなんて君には似合わない! やめるんだ!」

 しかしヴィクトリアはそれに対しては何も答えを返さない。

 ヴィクトリアはもうレインと話をするつもりはないらしく、何度名前を呼んだり話しかけても返事はしてくれなくなった。

 さっきはノエルの魔法が一瞬だけ破られそうになっていた。ヴィクトリアが攻撃してノエルが防ぐという均衡がいつまで保つのかわからない。早く何とかしなければ、ゼウスとノエルが死ぬ。





******





 アークは魔法の力を覚醒させてしまったヴィクトリアを見つめた。

 魔法使いは貴重な存在だ。上手くこちらに引き込むことができれば大きな戦力になる。

 そんな考えが頭をよぎる一方で、アークはヴィクトリアの保持している魔力量が膨大すぎることが気になった。

 現存する魔法使いの誰よりも膨大な魔力を制御コントロールするには、それなりの精神力が必要だ。

 しかし現在、眼前のヴィクトリアは感情に呑まれ、渦巻く魔力を攻撃魔法に変えて、暴力的にただ放出しているだけだった。

 悪く言えば魔力暴走一歩手前である。

 過ぎた力は破滅をもたらす。覚醒したばかりではあるが、その未熟さが命取りだった。

 アークにはヴィクトリアが、暴発する直前の爆弾のような危険な存在に思えた。

(首都一帯が吹っ飛ぶ前に始末した方がいいか――――)
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