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処刑場編

【SIDE3】 あのクソ親父(ノエル視点)

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※【SIDE数字】付きの話は今後投稿予定のナディアが主人公の話にも載せます。ほぼ同じ内容ですが、ストーリーをわかりやすくするために載せています。



***

 ナディアが死んだ。

 シリウスが治癒魔法を何度もかけていたが、ナディアは息を吹き返さなかった。

 次兄の嘆きの声が響く中、ジュリアスとシドの戦闘に巻き込まれて生き残ったヴィクトリアに、突然、おびただしいほどの魔力が現れたことにノエルは気付いた。

 ヴィクトリアの周囲に氷の塊が出現する。それは明らかに魔法によるもので、それを作り出したのはヴィクトリアに他ならなかった。

 魔法使いとして覚醒したヴィクトリアは、氷魔法で作り出したいくつもの氷柱を――――――ゼウスに向かって放っていた。

 氷柱がゼウスに当たるその直前、ノエルは転移魔法を使ってゼウスの直ぐそばまで移動すると、シールドの魔法を展開させて攻撃を弾いた。

「ゼウス! なぜナディアを撃ったのですか!」

 ノエルはヴィクトリアからゼウスを守るように、盾の魔法が作り出す結界の内側に立っていた。際限なく放たれるヴィクトリアの容赦のない氷魔法攻撃を防ぎながら、ノエルはゼウスに尋ねた。

「ノエル…… ナディアは………… 死んだのか?」

 ゼウスは撃った理由を説明するのではなくて、先にナディアの安否を尋ねてきた。

「……シー兄さんが治癒魔法をかけましたが………… 戻らなかったようです。心臓は完全に止まっていて、息もしていません…………」

「魔法で何とかならないのか?」

「治癒魔法では傷を治療するのみで、既に死んでしまった者を蘇らせることはできません…………」

 ノエルはそこから先の言葉を言おうとして、口をつぐむ。

 禁断魔法の中には死者を蘇らせる魔法もあるが、と言われている。

 ノエルがマグノリアたちにかけている『行動制限の魔法』――禁を犯せば対象者と術者のみが死亡する禁断魔法――に比べたら、その被害は桁違いだ。

 そんなおそろしい魔法、使えるわけがない。

 ゼウスとのやり取りの最中にも、荒削りながらも目覚めたばかりの魔法の使い方に少し慣れたのか、ヴィクトリアの攻撃魔法の威力が増していく。

 気を抜いたら盾の魔法を破壊されそうなほどに凄まじい。

 魔法を使うために必要な魔力は、個人の資質やその時の状態にもよるが、体内を巡る気の力が元になっている。
 それから、魔法の威力は、その魔法に込める魔力量によっても大きく変わってくる。

 怒りにまかせて攻撃を放っているらしきヴィクトリアの体内に満ちる魔力は、底がないようにも感じられた。マグノリアやブラッドレイの者たちの誰よりも多いのではないか――――

 獣人だろうと人間だろうと、魔法使いの素養を持っていれば魔法を使える可能性がある。ヴィクトリアに素養があっただなんて寝耳に水もいい所だ。

 ノエルは魔法使いになったヴィクトリアがここまでの魔力量を保持しているとは全く思っていなかった。
 これほどまでの魔力を持てるのであれば、覚醒していない状態でも資質があると確実に気付きそうなものなのに、全く気付けなかった。

 シドとの戦いでノエルはジュリアスに魔力を譲渡していた。現在のノエルに残された魔力量ではヴィクトリアの方が断然上である。彼女の怒りが鎮まり攻撃を止めてくれるまで、何とか持ちこたえられればいいが――――

 長兄ジュリアスが死にかけて、あわやの所でシドに勝利し生き長らえたと思ったら、今度は次兄シリウスと義弟ゼウスの思い人であるナディアが死んでしまった。

 目まぐるしく変わる状況に翻弄されながらも、ノエルは何とか冷静に状況を分析しようとした。けれど聞こえてくるシリウスの嘆きの声は止まる気配がなくて、心が痛い。

 ノエルも湧き上がってくるやりきれない思いに、叫び出したい心をぐっと抑えていると、後ろにいるゼウスが泣き出した。

「ナディア…… すまなかった、ナディア…………」

 ゼウスが握っていた銃を自らのこめかみに突き付けて、後追いしようとしたので、ノエルはぎょっとした。

 ノエルは盾の魔法を制御コントロールしながら風魔法も使い、ゼウスの手から銃を弾き飛ばした。

「馬鹿なことはやめてください!」

「ナディアが死んでしまったら、俺はもう生きられない…………」

「どうしてそんな大切な女性を殺してしまったんですか!」

「殺すつもりなんてなかったんだ………… ただ、正式な許可が降りるまでは収監されたままのはずの彼女が、処刑場こんな所に現れたから、ナディアが、俺と番になるのが嫌すぎて脱走でもしたんじゃないかって…………

 午前中に面会を申し込んでも彼女の体調不良が理由で断られたし…… やっぱりシリウスの方が良かったのかって、だから逃げたのかって嫉妬して、頭に血が上ってしまって………… 銃を取り出して彼女に狙いを定めたまでは確かだ…………

 だけど、撃つなんて…… そんなこと本当はするつもりじゃなかった。

 ノエルはこの時点でとあることを懸念した。

『セシ! 「過去視」で見てください! のは誰ですか?!』

 ノエルは精神感応テレパシーで弟のセシルに叫ぶ。工作されていればノエルの『過去視』ではわからないが、セシルの力を持ってすれば見抜けるはずだ。

『セシ!』

 精神感応は相手に絶対に届く。聞こえていないはずがないのに、なぜかセシルの返事は遅かった。ノエルが精神感応で再び催促すると、ようやく返事が来た。

『…………ノエ兄、お願いだから怒らないでね…… 撃たせたのは、父さんだった…………』

 ――――アークあの人は、南西列島でゼウスとナディアに行った非道な振る舞いを、性懲りもなく、また。

(あのクソ親父がっ!)

 丁寧語が身に染み付いているはずのノエルだったが、心の中で父親のアークに向かって悪態をついていた。

 ノエルは感情が昂ぶると丁寧語が取れてしまう。

「駄目だノエ兄! 落ち着いて!」

 精神感応ではなくてセシルの叫ぶ声が聞こえる。ノエルが一瞬心を乱して殺気をアークがいる方向へ向けてしまったために、ノエルの魔法に隙が生まれた。

 ヴィクトリアの猛烈な氷魔法攻撃によって、ノエルの盾の魔法が破られかけた。

「ノエ兄!」

 セシルが盾の魔法を展開させようとするが間に合わない。

 弾けた盾の結界の隙間から氷柱の先端がノエルの身体に突き刺さりそうになるが――――その直前に赤い炎が爆発した。

 アークの操る火魔法によりヴィクトリアが放った全ての氷柱が砕け散り、空中で踊る炎の熱で溶けていく。アークの展開させた盾の魔法も間に合った。

 すんでの所で助けてもらったにも関わらず、ノエルが睨んでしまう先にいるアークの表情は――――どんな感情も含まれていないように見える、いつも通りの無表情だった。
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