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処刑場編

【SIDE2】 ごめんね(ナディア視点)

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※【SIDE数字】付きの話は今後投稿予定のナディアが主人公の話にも載せます。ほぼ同じ内容ですが、ストーリーをわかりやすくするために載せています。


注)どんでん返し注意

***

 処刑場に辿り着いたナディアは馬を乗り捨てると、処刑場広場の周囲に円環状に建てられている建物に近付いた。人の姿はまばらで、中にいる人々のほとんどが逃げ出してしまったのだろうと思った。

 中にあった階段を上り通路を抜けて観覧席まで出ると、処刑場の広場の片側を全て覆うような、巨大な暗闇がそこに鎮座していて驚く。

(何あれ魔法?)

 ナディアは観覧席の硝子窓に近付いた。

 眼下を見下ろすと、緊張の面持ちで立ち尽くすオリオンと、彼と同じような状態のノエルとセシルの姿が見えたが、シドとジュリアスの姿は見えなかった。

 ふと、視線を感じた。その方向を見れば、離れた観客席の硝子窓付近にオリオンの父アークがいたが、彼とは一瞬だけしか視線が合わなかった。アークはすぐに広場に顔を向けた。

 アークのそばには、アークの隊服の上着を羽織りながら、暗闇を一心に見つめて泣いている、長い灰色の髪の女性が見えた。

「――――ジュリアス!!」

 灰色の髪の女性が、闇の空間に向かってジュリアスの名を呼んでいる。ナディアがいる場所からでは匂いでわからないが、たぶんこの女性はジュリアスの恋人ではないかと思った。

 女性が呼びかける先、あの闇の中にジュリアスがいるということは、父も一緒にいるはずだ。

 ナディアは広場に行く方法を探した。硝子窓の一部が壊れていて、そこから下に降りられそうだと思ったが、距離がある。それよりも近い場所に下へ向かう階段を見つけたので、そこまで走った。

 階段を降りて、開いていた扉から外に出ようとした所で、ナディアは広場にある暗黒の空間に異変が起こっていることに気付く。

 暗闇の空間を作り出している壁が、まるで自身のその闇を払うかのように、幾つもの隙間が生まれていて、それが見る間に広がっていく。

 闇が消えていくとその間から――――ジュリアスが剣を父の胸に深々と突き刺しているのが見えた。

 その光景にナディアは目を見開く。

 直後に大柄な体躯の銃騎士が父に飛びかかり、大剣を振るって――――――父の首を切断した。

「父様…………」

 歩みを止めたナディアの瞳に涙が滲み、頬を伝って流れ落ちた。

「シドーーーーっ!」

 なぜかここにはいないはずのヴィクトリアの声が聞こえた。ヴィクトリアは広場の地面に座り込んでいて、父の名を叫びながら地面にうずくまるようにして慟哭していた。

「姉様…………」

 なぜヴィクトリアがここにいるのかはわからないが、獣人ではなくて人間にしか見えない自分とは違って、美しすぎる彼女はこんな所にいたら銃騎士隊に捕まってしまうと思った。

 せめて姉だけでも守りたかった。

「姉様!」

 ナディアが腹から声を出して呼びかけると、ヴィクトリアはハッとした様子でこちらを振り返った。

 ヴィクトリアの頬は大粒の涙で濡れているが、それは自分も同じだった。

 周囲ではシドを討ち取ったことで銃騎士たちの歓声が聞こえるが、この場で悲しみの涙を流しているのは、きっと自分たち二人だけだ。

「ナディア!」

(姉様が私の名を呼んでいる。縋るように手を伸ばして私が来るのを待っている…………)

 早くヴィクトリアの元へ行きたい。ヴィクトリアと抱きしめ合って悲しみを分かち合いたい。この場で自分の気持ちがわかるのは、きっと彼女だけ。

(今私に必要なのはヴィクトリア姉様だけ)

 もう悲しみはいらない。悲しいのはもうたくさん。

 一瞬、何もかもを捨ててヴィクトリアと一緒に遠くへ逃げてしまいたいと思った。

 そんなことを考えてしまったのがいけなかったのかもしれない。

 それはまさに青天の霹靂だった。



 一発の銃声と共に胸に衝撃が走った。



 自分の口から血が吐き出されるのと、銃弾が飛んできた方向を見て狙撃手が誰かを確認したのと、全身から力が抜けて瞼が閉じそうになるのが同時だった。

 それから、と同じ、深い悲しみと絶望と喪失感に苛まれるのも――――

 狙撃手はゼウスだった。

 どうして、と思う反面、彼は自分を殺したかったはずだから、これで良かったのかもしれないとも思った。

 けれど、瞼を閉じきる直前まで見ていた彼の表情が、あの時と同じく衝撃に包まれていて今にも泣き出しそうに見えたから、違う、と思った。

(……やっぱり、そうだった。ゼウスは私を殺したくなんてなかったのね…………

 理解するのが遅すぎてごめんね…………)

 どさりと自分の身体が地面に倒れたような気がしたが、不思議とあまり痛みを感じなかった。全ての感覚が急速に遠ざかっていく。

 ナディアは死の淵にいる自覚のないまま、これまでの人生を走馬灯のように脳裏に蘇らせていた。

 ナディアは首都にいた頃にゼウスと過ごした幸せな日々を思い出して、幸福だった。

「ナディアァァァァァぁぁぁっ!」

 最期に、オリオンが自分の名前を絶叫する声が耳に残った。

 心残りは、まだあった。

………… あなたをずっと受け入れなくて、ごめんね…………)

 命の灯火が消え行くその刹那、ナディアはオリオン――――シリウスに、求婚プロポーズの返事を保留にしたままだったことを詫びていた。
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