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処刑場編

116 絶対絶命

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⚠注意⚠ 今話から欠損、食人表現を含む話が数話続きます

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(まさか、そんな…… ジュリアスが、獣人…………?)

 ジュリアスが獣人であるというシドの発言にヴィクトリアは面食らっていた。

(どうして? なぜ獣人が銃騎士隊に?)

 二つの勢力は対立しているはず。交わることなどないはずで――――

「主義主張が変われば立場も変わるさ」

 声を出せないヴィクトリアの思考を読んだらしきシドがそう告げてくる。

 獣人が、獣人を狩ることが使命の銃騎士になるという矛盾も、シドにしてみればそこまで驚くことでもないようだ。

 確かに、獣人の里には人間であっても、獣人の番になるなどして伴侶である獣人を愛し、獣人たちのために心底働いている者たちもいる。

 彼らは人間だが獣人側に寝返っているわけで、その逆、つまりは目の前のジュリアスのように、獣人なのに人間側に味方する者がいてもおかしくはない。

 獣人が人間として生きていく――――

 魔法の力があれば誤魔化すことも可能だとは思うが、正体を暴かれれば死と隣り合わせである環境の中で、自らの出自を偽りながら生き続けることにはどれほどの困難が伴うのだろうと、ヴィクトリアは思った。

 不意にジュリアスから漂う雰囲気が変わった。表情の変化はわかりにくいものの、匂いの変化はわかる。

 親しみのあるジュリアスの匂いが――人間の匂いが――獣人の匂いに変わる。ジュリアスはこれまで、本来の匂いが変わるような魔法をかけていたのだと思うが、それを今ここで解いたのだろう。

 ジュリアスから香るのは間違いなく獣人の匂いだった。これがジュリアスの元々の匂いだ。

 ヴィクトリアは直にジュリアスの本当の匂いに触れて合点がいった。

(これまで見てきた中で一番美しい男だと思えるその美貌も、シドと渡り合えるほどのその強さも、全ては彼が獣人だから…………)

 思えば、牢屋の中で二人で食事をした時も、ジュリアスはヴィクトリアと同じ料理――肉料理――を食べていた。
 その時は準備の手間を省くために同じものにしたのだろうと思っていたが、理由はそれだけではなかったようだ。
 
 ジュリアスからは常に獣人に対する忌避感は感じなかったが、それもそのはずだ。

(だって、ジュリアスも獣人なのだから)

「来ないのか? ならこっちから行くぞ」

 両雄は距離を取ってしばし対峙したままだったが、先にシドが仕掛ける。

 シドは相変わらず片腕でヴィクトリアの腰を抱いているので、戦闘に使うのはもう一方の腕だけだが、今度は先程ジュリアスがシドの身体に突き刺していた剣を握っていた。

 ジュリアスに刺されたシドの傷からは、新しい血が吹き出している気配はない。
 リュージュの結婚式があった夜に、ヴィクトリアが短剣を突き刺した時と同じように、シドにとっては全く致命傷ではない。

 たぶん、強すぎる筋肉の力で傷口を締めて止血してしまったのだろうが、普通は獣人でもそこまではできない。

 シドは戦闘能力だけではなく、その肉体も化け物じみていた。

(――早い!)

 なぜだかシドの速度が先程よりも上がっていた。

 おまけに武器まであるものだから、流石のジュリアスも攻撃を躱すので精一杯の様子だった。

「しばらく飲まず食わずだったからな」

 また心を読まれた。シドはヴィクトリアが心に浮かべた疑問に答えながら、汗を掻くことも呼吸を乱すこともなく飄々と戦っている。

 これまでは飲まず食わずだったから本来の力が出なかった、と言いたいようだ。つまりジュリアスの血を飲んだことで少し力が戻った、と言いたいらしい。

(この人、規格外すぎる……)

 ヴィクトリアは圧倒されていた。シドの剣さばきはこの世のどの使い手よりも力強く、誰よりも優雅だった――――

 シドは武の天才だった。シドは普段から戦闘の際に獲物は使わないが、それは普段からわざわざ武器を持ち歩くのが面倒だというそんな理由からだけであり、ひとたび剣を握れば、剣豪ウォグバードでさえも舌を巻く腕前だった。

 剣でも槍でも、銃や弓矢でさえも、シドは誰かに師事する必要もなく、一流の使い手の戦い方を一目見ただけで、自分のものにしてしまえる奇才だった。

 遂に攻撃を躱しきれずに血飛沫が舞った。斬撃を防ぎきれずに、急所を庇ったジュリアスの片腕が綺麗に切断されて吹っ飛んだ。

(ジュリアス!)

 声の出せないヴィクトリアは心の中で叫んだ。

 腕を斬り落としたシドの剣の勢いは止まらず、ジュリアスの身体にも裂傷が走るが、致命傷には至らなかった。

 瞬間移動の魔法が間に合ったジュリアスは、次の瞬間には離れた場所に移動していて、光魔法で酷い傷を治療し始めていた。

 驚いたことに、斬られた腕も魔法で引き寄せられて光に包まれると、切断されたのが嘘のように元の状態になり、切られた服まで元に戻っていた。
 
「ふぅん」

 楽しそうにそう声を出したシドは顔に不敵すぎる笑みを浮かべていた。

「厄介といえばそうだが、このくらいでなければ面白くない。久々にこの俺を楽しませたことには褒美をくれてやってもいい」

 言うが早いか、再びシドがジュリアスに斬り掛かった。

 シドは強すぎた。

(秒殺ではなくて、ここまでシドと戦えたジュリアスも強いけれど、でも…………)

 いくらも斬り合わないうちに再びジュリアスの腕が切断された。上腕の中央部あたりから切り落とされ、剣を持ったままのジュリアスの腕が飛ぶ。

 今度はジュリアスがそれを魔法で引き寄せる前に、シドが腕を捕まえて、それから――――

 ヴィクトリアはその後に起こったあまりのことに一瞬気絶しかけた。

 シドが、掴んだジュリアスの腕の肉を喰い始めたのだ。

 肉を喰らい血を啜り、骨の一部もバリバリと咀嚼して嚥下してしまう。

 ジュリアスも自分の身体が喰われていることに呆気に取られている様子だったが、その間も傷口を光魔法で治癒している。
 こんな状況でもジュリアスからは恐怖よりも憤りの感情を強く感じる。

 ヴィクトリアならば恐怖に慄き裸足で逃げ出している所だ。

(ジュリアスの胆力はどうなっているのだろう……)

 肉をあらかた食べ尽くしてしまうと、シドは骨や食べ残した手の先の一部を下に落とし、ぐしゃりと踏み潰した。

「惜しいな。女なら犯しながら喰ってやるのに」

 ヴィクトリアその発言に衝撃を受けて涙ぐむ。

(もう駄目だ。この人はやはり悪魔か化け物か………… この世に存在してはいけない人だ)

「俺を追い詰めたことは褒めてやる。褒美にその綺麗な顔だけは残してやるから、首から上を剥製にして俺の部屋にでも飾ってやろう」

 光が消えてもジュリアスの片腕は消失したままだった。
 斬られた傷口の血は止まっているが、ジュリアスの治癒魔法では欠損までは治せないらしい。

 シドが再びジュリアスに襲い掛かる。ジュリアスが斬られたのは利き腕だったらしく、先程よりも剣の動きに精細を欠いていた。

 残されたもう片方の腕が斬り落とされるまではあっという間だった。

(ジュリアス! ジュリアス!)

 ヴィクトリアはおびただしい血を流すジュリアスに心の中で叫んでいた。

(無理よ! 無理だわ! この男には誰も敵わない! 逃げるのよジュリアス!)

 このままではジュリアスが死んでしまう。ヴィクトリアも、切断したジュリアスの腕を食べているシドに攻撃を仕掛けたいところではあったが、一体自分に何ができるのか。

 ヴィクトリアは今戦えるような武器を持っていない。

(あの母の形見の短剣は、リュージュの所に置いてきてしまった…………)

「妙なことは考えるな。この場で犯すぞ」

 ヴィクトリアは至近距離からドスの効いたシドの声で凄まれた。

(心読みすぎよ……)

 そう思いながらも、ヴィクトリアはシドの怒りが怖すぎて縮こまり、ブルブルと震えていた。

 ヴィクトリアがジュリアスに加勢した所で、シドにとっては虫が飛んでいる程度の微々たる影響しかないと思うが、シドはヴィクトリアがジュリアスの肩を持つこと自体が許せないのだろう。

「全部終わったら、お前の望み通り最高に気持ち良くして犯してやるから、いい子で待っていろ」

(望んでないけど、もうどうにもならない――――)

 シドの番になるのは最早逃れられない運命だとしても、何とかジュリアスの命だけは助けられないだろうかとヴィクトリアは考えた。

 しかし、シドは基本かなり恨みを根に持つ人だから、自分を処刑寸前まで追い詰めたジュリアスを、絶対に許さないだろう。

(今は声も出せないし、説得をするのはかなり難しい…………)

 シドはボロボロと涙を流すヴィクトリアに顔を向けて楽しそうに笑っていた。
 シドはご馳走を前にした獣のように上機嫌で舌なめずりをしてから、ジュリアスに向き直った。 

 両腕を失くしたジュリアスは、その場に膝を付きながら息を整えていた。

 シドは未だに闘志を失っていない様子のジュリアスに向かって、狙うように真っ直ぐに剣を構えてから言い放った。

「次は、心臓がいいな」
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