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処刑場編

115 ブラッドレイ家の秘密(ヴィクトリア視点→アーク視点)

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最後に大どんでん返しがあります

***

 ジュリアスに腕を掴まれて歩かされている最中に周囲の光景が突然変わった。

 建物の中にいたはずだったのに、あたり一面が暗闇に包まれていて何も見えない。

 きっとジュリアスが何かの魔法を使ったのだろうと思った。ジュリアスは弟のノエルと同様に銃騎士隊が抱える魔法使いの一人で間違いない。

 ヴィクトリアは九番隊砦でジュリアスと過ごしていた時、そんなことには全く気付かなかった。

(もっとも、敵である私には手の内なんて見せないのだろうけど)

 暗闇に連れてこられてすぐにジュリアス以外の手が伸びてきて、彼から強引に引き剥がされた。

 ヴィクトリアは今自分を腕の中に抱いている人物の匂いを嗅いで、激しい動悸に襲われた。

(シド…………)

 呟いたつもりだったが、声が出なくなる魔法は続行中のようで、言葉にはならなかった。

 結局戻ってきてしまった。里から逃げ出したこともこれまでのことも、全ては徒労だったのかと、ヴィクトリアはやるせない気持ちに支配された。

「裏切りの仕置きはあいつを殺してからだ。覚悟しておけ。お前は俺のものだと今度こそ身体中に刻み込んでやる」

 怒気と色気混じりの低い声で耳元で囁かれて背中がぞわぞわする。ピチャピチャと音を立てながらシドに耳を舐められているが、久しぶりのこの感触に気が遠くなりそうだった。

 それでも里にいた頃よりも嫌悪感を感じないのは、血の繋がりがなく実の父親ではないことを知ってしまったからか。

(アルは、私がシドの実子ではないと知ったら絆されると言っていたけど、確かにそうかもしれない……)

 成されるがまま強く抱きしめられて身体の匂いを嗅がれていると、急に身体が高速で移動した。

 真っ暗なために視覚では何が起こったのかわからないが、ヴィクトリアは獣人の特徴である鋭い嗅覚から、ジュリアスの攻撃を受けたシドが、ヴィクトリアを抱いたままでそれを躱したのだと知る。

「捕まってろ」

 立て続けに早すぎる斬撃が飛んできて、ヴィクトリアは言われるがまま、シドの身体にしがみついていた。

 ヴィクトリアは嵐のように早すぎる二人の動きに翻弄されるばかりだった。
 暗闇では獣人の発達した嗅覚で周囲の様子を探るしかないが、嗅覚では二人のだいたいの動きはわかるのものの、詳細まではわからない。

 だからジュリアスがどんな表情で、ヴィクトリアにも当たるかもしれない攻撃を繰り出しているのかは、わからない。

(生きろと言ってくれたのに…… ジュリアスが生きろと言ったから私は立ち直れたのに…… ジュリアスは私が死んでもいいのね…………)

 声を封じられているため、ジュリアスに「なぜだ」と聞くこともできずに、ヴィクトリアは裏切りを受けたような衝撃から、ただただ悲しみを募らせて涙ぐむ。

「泣かせたな。こいつを泣かせていいのは俺だけだ」

 言葉では何も言っていないのに、シドはヴィクトリアの心情を完璧に理解したようなことを言う。

 昔からそうだった。『番いの呪い』によってヴィクトリアを番だと思い込んでいるアルベールが、ヴィクトリアの心を読んだように、シドは常に人の心を見透かす。

 シドは尖すぎる嗅覚さえあれば、視界が暗闇でも変わらずにいつもの能力を発揮できるようだった。

 ジュリアスの動きも、シドはヴィクトリアよりもはっきりといるはずだ。

 シドに対するジュリアスの剣さばきは凄まじく、暗闇の中でも視覚が機能するような魔法も使っているのかもしれないが、人間なのに、獣人のリュージュやアルベールよりも強いのではと思えるほどだった。

 シドは片側の手でヴィクトリアを抱きかかえているために、片腕一本だけで戦っていた。

 ジュリアスが「ヴィクトリアはシドの唯一の弱点」だと言ったように、本来ならはシドはヴィクトリアをどこかに置いておけば良いのに、そうしない。

 シドは戦闘においてはお荷物でしかないヴィクトリアを、二度と離さないとばかりに抱え続けていた。

 今の状況では流石のシドも劣勢だったはずなのに、この男はヴィクトリアの涙一つで強くなる。

 シドは、自身と互角のように思える人間離れした身体速度を見せるジュリアスの攻撃を掻い潜り、懐に入り込むと剣を持つジュリアスの利き腕をゴキリと折った。

 そして苦悶の声を上げて隙のできたジュリアスの首に喰らいついた。

「ガハッ……!」

 鳩尾にも一発拳を打ち込まれて、ジュリアスが血を吐く。

(の、の、の、飲んでる…………!)

 シドはジュリアスの首筋に噛み付いたまま、溢れ出る血を啜り、激しい音を立てて嚥下していた。

 アルベールがヴィクトリアにしていた吸血行為が生易しいと思えるほどの、命ごと奪うような、まさに「獣の食事」とでも言えそうな貪り方に、ヴィクトリアは度肝を抜かれていた。

「このっ! 化け物が!」

 ヴィクトリアがこんなことをされたら、きっと間違いなく卒倒していただろうが、気丈にも意識までは奪われていなかったジュリアスは、掴んだままだった剣を逆手に持ち替えて、シドの身体に突き刺した。

 その衝撃で噛み付いていたシドの口が離れると、ジュリアスは次の瞬間にはヴィクトリアたちから離れた場所にいた。

 たぶん瞬間移動だろう。

 暗闇だったはずの空間に光が現れる。光はジュリアスが痛めつけられた場所を覆う程度の淡い光だが、暗闇の中にいるせいかひどく温かく感じられた。

 光が消えて、再び嗅覚でしか周囲を探れない世界になる。

 ヴィクトリアは、夥しい血を流していたジュリアスの、致命傷に近い首の傷が治っていることに気付いた。

 ジュリアスは剣をシドの身体に突き刺したまま離れたが、彼の折られたはずの利き手には、既に魔法で出現させたらしき真新しい剣が握られていた。

 その持ち方は全く骨折を感じさせない。たぶん先程の光を伴う魔法により、折られた利き腕も元通りに治したのだろう。

 ヴィクトリアは昔読んだことのある魔法書の知識から、それが光魔法の一つである治癒魔法だと気付く。

「化け物はお前だろ」

 ペロリと唇に残っていた血を舐めた後に、人外めいた力で傷を完治させてしまったジュリアスを見ながら、シドはなぜか嬉しそうに笑っていた。

 シドが示唆したように、治癒魔法が使えるジュリアスはほぼ無敵なのではないかと、ヴィクトリアは思った。

 痛みは伴うだろうが、傷を負ってもその度に治癒魔法を使っていけば、やがて獣人界最強の男であるシドにでさえ勝てる気がした。

(でもその場合は、私もシドと一緒に死ぬのかもしれないけど…………)

 ここでジュリアスが勝った場合は、シドは確実に殺されて息の根を止められるだろう。ヴィクトリアの生死はジュリアス次第になる。

 もしも生きていられたら、またレインの元に戻れるかもしれない。

 一方、シドが勝った場合は、シドは問答無用でジュリアスを殺してしまうだろう。

 ヴィクトリアはそんなことは望んでいない。裏切られたとはいえ、ヴィクトリアはジュリアスに死んでほしいわけではない。

 それに、シドはヴィクトリアを殺しはしないだろうが、シドの番になるしか道はなくなる。

 血が繋がっていないとはいえ、義父である男とそんなことになっていいのか。

 シドの味方をすればいいのかジュリアスの味方をすればいいのかわからなくなっているヴィクトリアの耳に、手で口の周りの血を拭い、手の甲に移った血もいやらしい舌遣いで舐め取っているシドの、衝撃的な言葉が聞こえてきた。





「お前の血…… 獣人にしては、なかなか美味だな」















******





「キャンベル、ジュリアスの所に行く前に、どうしてもお前に言っておかねばならないことがある」

 フィオナがそれを受け入れることを確信しているアークは、ジュリアス本人でさえも恋人に隠し続けていたブラッドレイ家の秘密を、彼女に打ち明けることにした。

 ジュリアスを止めるためには、真実を知っても尚変わることのない彼女フィオナからの愛が必要だと思ったから。





「俺の妻のロゼは獣人なんだ。ジュリアスも含めて、俺の息子たち全員が獣人だ」















 駆け出しの銃騎士だったアークが妻のロゼと出会った時には、獣人奴隷制度はまだ存在していなかった。

 アークはロゼと一緒になるために、魔法で全てを欺き、禁忌を犯していた。










***

↓補足↓

◆今話時点で、ヴィクトリア、シド、フィオナ以外でブラッドレイ家の秘密(ジュリアスの正体)を知っている者リスト

・ナディア:二年前に里から出奔した直後に知る

・マグノリア:『真眼』の能力で早いうちから気付いていた(なのでずっと狙われていた)

・ロータス:マグノリア経由

・その他
ゼウス(ナディアの元彼)、アテナ(ノエルの妻でゼウスの姉)、銃騎士隊副総隊長ロレンツォ

・ロレンツォの専属副官も過去に知っていましたが、今話時点ではその記憶を消されています


◆現段階ではレイン、ジュリナリーゼ、マクドナルドも知りません

両親が話していないのでカナリアも知りませんが、ブラッドレイ家と接触した時点でわかると思います
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