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処刑場編
112 強敵
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注)裏切り展開があります
***
「積もる話は後だ。とにかくここから離れよう」
ヴィクトリアがレインに手を引かれながらそう返された時だった。
観客席のそこかしこから悲鳴が上がり、「逃げろー!」と口々に人々が叫んでいる声が聞こえた。
振り返ると―――― 処刑場の中心で拘束されていたはずのシドの片手が外れて、身体に巻き付けられている鎖を粉砕していた。
「シド…………」
立ち止まり呟くヴィクトリアの手を、レインが強く引いた。
「逃げるんだ! 走れ!」
走り出したレインと共にヴィクトリアも走る。
観客席や通路は逃げ惑う人々で溢れ返っていた。
出口付近は人が密集していてそれ以上先へは行けず、ヴィクトリアたちも足止めされてしまった。前方の状況を確認しつつ、ヴィクトリアはシドのいる方向を振り返った。
シドがいた付近の処刑場は土埃が多く舞っていて、シドの姿は確認できなかった。
悲鳴や嘆く声が多い観客席とは違い、処刑場広場からは銃騎士隊のものらしき怒号が聞こえた。
ふと、視線の先でそれまでにはなかった風が急に吹いた。
風によって砂埃の晴れた空間には、ノエルが立っていた。
近くにマグノリアの姿は見当たらない。ノエルはマグノリアをどこかに置いてきたか誰かに預けてから、処刑場まで戻ってきたようだ。
ノエルが手をかざすと、風の矢のようなものが幾つも現れて砂埃の中心部へと飛んでいった。
(あれは………… たぶん魔法…………)
ヴィクトリアは、「ノエル」が魔法使いオリオンが語っていた、銃騎士隊が抱える魔法使いの名前だったことを思い出した。
通常の戦いではない。シドは魔法という人の道理を超えた力を持つ者たちの攻撃を受けていた。
ノエル以外の魔法使いの姿は見えないが、すぐにノエル自身もその場から消えて見えなくなった。
(人間にしては動きがあまりにも早いわ。魔法を使ったのかしら……)
レインと手を繋いだ状態で、ゆっくりと進む人の波に身を任せながら、ヴィクトリアが何度かシドがいるはずの方向を振り返っていると、砂塵の隙間からシドの姿が見えた。
ヴィクトリアは、こちらを激しく睨み付けているようなシドと視線が合ったような気がして、心臓が大きく跳ねた。
「ヴィクトリアァァァァァーーッ!」
シドの咆哮が聞こえて、ヴィクトリアは一瞬固まった。
(シドが呼んでいる………… シドが…………)
ヴィクトリアは強く目を閉じて頭を左右に振り、シドの存在そのものを頭の中から振り払おうとした。
(戻れるわけがない。たぶんあの人は私を許さない)
「ヴィクトリア!」
愛しい番の声にシドへの恐れが薄れる。
「戻っては駄目だ! 君は俺と一緒に生きるんだ!」
ヴィクトリアはレインを見つめ返しながら頷いた。ヴィクトリアの最愛はレインだった。
「行こう!」
他の銃騎士隊員の誘導などもあり、人の流れは少しずつ進んでいた。ヴィクトリアたちも狭い出入口を通り抜け、外へ繋がる廊下を走る。
廊下はそこそこ幅があって、観客席にいた時よりも人が密集していない。
この先シドからどう逃げようかと考えながらレインと共に通路を走っていると、いきなり誰かに腕を強く掴まれた。
まさかもうシドが来たのかと思い振り返れば、ヴィクトリアの思う人物ではなかった。
「ジュリ、アス……」
ヴィクトリアは、走るレインと、腕を掴んで動きを止めてきたジュリアスによって、両側から引っ張られるような形になり、たたらを踏んだ。
レインも突然現れたジュリアスに気付いて立ち止まったが、二人ともヴィクトリアから手を離さないので、まるで男二人による取り合いというか、板挟みのような状態になった。
「ジュリアス?」
レインも突然現れたジュリアスに訝しげな声をかけた。
「レイン、すまない」
ジュリアスの顔には覚悟を決めた者だけが浮かべる、悲壮にも見える冷たい表情が浮かんでいた。
「俺を恨んでくれて構わない」
直後にレインの身体が廊下の壁際まで移動した。
歩いて移動したわけではない。レインの足は僅かに宙に浮いていた。摩訶不思議な力が働いて壁際まで移動させられたのだ。
ヴィクトリアはそれが魔法だと気付けたが、周囲の人間たちは逃げることに必死で、おかしな現象が起こったことには気付かない。
「ジュリアス、何の真似だ?」
レインは顔に緊張を走らせながら問いかけているが、ジュリアスはもうレインを見ていなかった。
「シドの唯一の弱点は君だよ、ヴィクトリア」
ジュリアスはヴィクトリアの腕を強く掴んだまま、温かみの一切感じられない硬い表情でそう告げた。
目の前にいるのは、ヴィクトリアをまるで身内のように扱い、ずっと優しく接し続けてくれていたジュリアスではなかった。
ヴィクトリアのジュリアスの変化に戸惑い強く動揺していた。
(いつものジュリアスじゃない。こんなジュリアスは知らない)
「何を犠牲にしてでも、必ずやり遂げる」
その言葉は、ヴィクトリアに言ったものでも、レイン対して言ったものでもなく、ジュリアスが自分自身に言い聞かせているような声だった。
ヴィクトリアは、ジュリアスの言う「犠牲」という言葉が、ヴィクトリアを指しているようにしか思えなかった。
ヴィクトリアは何とか自分の腕を掴むジュリアスの手を振り払おうとしたが、振り払えない。
獣人のヴィクトリアの方が人間のジュリアスよりも腕力は上のはずなのに、彼の手はびくともしなかった。
「離して!」
全身で抵抗を試みるが、安々と抑え込まれてしまう。
「ヴィクトリア!」
「レイン!」
ヴィクトリアは愛しい人に呼ばれて振り返った。
レインも必死な様子でこちらに声をかけてくるが、彼の身体はその場に縫い留められてしまったかのように、不自然に動かない。
「ジュリアス! レインに何をしたの! レインを元に戻して」
ジュリアスは何も答えない。無言でヴィクトリアの腕を引きどこかへ連れて行こうとしている。
「離して! レイン! レイン!」
「ジュリアス! ヴィクトリアに何をするつもりだ! まさかシドの所へ連れて行くつもりか! やめ――――」
叫んでいたレインの声が、突然ぶつ切りのようになって聞こえなくなった。
変化はヴィクトリアの喉にも及んでいた。
声が出ないのだ――――
(レイン! レイン! レイン!)
叫びたい言葉は声になって出てこない。視線だけで必死に何かを訴えようとしているレインも、それは同じであるようだった。
(誰か! 誰か助けて!)
抵抗するヴィクトリアが心に思い浮かべる人物は――――――
ヴィクトリアはジュリアスと共に、彼の転移魔法によって通路からどこかへと飛ばされた。
***
「積もる話は後だ。とにかくここから離れよう」
ヴィクトリアがレインに手を引かれながらそう返された時だった。
観客席のそこかしこから悲鳴が上がり、「逃げろー!」と口々に人々が叫んでいる声が聞こえた。
振り返ると―――― 処刑場の中心で拘束されていたはずのシドの片手が外れて、身体に巻き付けられている鎖を粉砕していた。
「シド…………」
立ち止まり呟くヴィクトリアの手を、レインが強く引いた。
「逃げるんだ! 走れ!」
走り出したレインと共にヴィクトリアも走る。
観客席や通路は逃げ惑う人々で溢れ返っていた。
出口付近は人が密集していてそれ以上先へは行けず、ヴィクトリアたちも足止めされてしまった。前方の状況を確認しつつ、ヴィクトリアはシドのいる方向を振り返った。
シドがいた付近の処刑場は土埃が多く舞っていて、シドの姿は確認できなかった。
悲鳴や嘆く声が多い観客席とは違い、処刑場広場からは銃騎士隊のものらしき怒号が聞こえた。
ふと、視線の先でそれまでにはなかった風が急に吹いた。
風によって砂埃の晴れた空間には、ノエルが立っていた。
近くにマグノリアの姿は見当たらない。ノエルはマグノリアをどこかに置いてきたか誰かに預けてから、処刑場まで戻ってきたようだ。
ノエルが手をかざすと、風の矢のようなものが幾つも現れて砂埃の中心部へと飛んでいった。
(あれは………… たぶん魔法…………)
ヴィクトリアは、「ノエル」が魔法使いオリオンが語っていた、銃騎士隊が抱える魔法使いの名前だったことを思い出した。
通常の戦いではない。シドは魔法という人の道理を超えた力を持つ者たちの攻撃を受けていた。
ノエル以外の魔法使いの姿は見えないが、すぐにノエル自身もその場から消えて見えなくなった。
(人間にしては動きがあまりにも早いわ。魔法を使ったのかしら……)
レインと手を繋いだ状態で、ゆっくりと進む人の波に身を任せながら、ヴィクトリアが何度かシドがいるはずの方向を振り返っていると、砂塵の隙間からシドの姿が見えた。
ヴィクトリアは、こちらを激しく睨み付けているようなシドと視線が合ったような気がして、心臓が大きく跳ねた。
「ヴィクトリアァァァァァーーッ!」
シドの咆哮が聞こえて、ヴィクトリアは一瞬固まった。
(シドが呼んでいる………… シドが…………)
ヴィクトリアは強く目を閉じて頭を左右に振り、シドの存在そのものを頭の中から振り払おうとした。
(戻れるわけがない。たぶんあの人は私を許さない)
「ヴィクトリア!」
愛しい番の声にシドへの恐れが薄れる。
「戻っては駄目だ! 君は俺と一緒に生きるんだ!」
ヴィクトリアはレインを見つめ返しながら頷いた。ヴィクトリアの最愛はレインだった。
「行こう!」
他の銃騎士隊員の誘導などもあり、人の流れは少しずつ進んでいた。ヴィクトリアたちも狭い出入口を通り抜け、外へ繋がる廊下を走る。
廊下はそこそこ幅があって、観客席にいた時よりも人が密集していない。
この先シドからどう逃げようかと考えながらレインと共に通路を走っていると、いきなり誰かに腕を強く掴まれた。
まさかもうシドが来たのかと思い振り返れば、ヴィクトリアの思う人物ではなかった。
「ジュリ、アス……」
ヴィクトリアは、走るレインと、腕を掴んで動きを止めてきたジュリアスによって、両側から引っ張られるような形になり、たたらを踏んだ。
レインも突然現れたジュリアスに気付いて立ち止まったが、二人ともヴィクトリアから手を離さないので、まるで男二人による取り合いというか、板挟みのような状態になった。
「ジュリアス?」
レインも突然現れたジュリアスに訝しげな声をかけた。
「レイン、すまない」
ジュリアスの顔には覚悟を決めた者だけが浮かべる、悲壮にも見える冷たい表情が浮かんでいた。
「俺を恨んでくれて構わない」
直後にレインの身体が廊下の壁際まで移動した。
歩いて移動したわけではない。レインの足は僅かに宙に浮いていた。摩訶不思議な力が働いて壁際まで移動させられたのだ。
ヴィクトリアはそれが魔法だと気付けたが、周囲の人間たちは逃げることに必死で、おかしな現象が起こったことには気付かない。
「ジュリアス、何の真似だ?」
レインは顔に緊張を走らせながら問いかけているが、ジュリアスはもうレインを見ていなかった。
「シドの唯一の弱点は君だよ、ヴィクトリア」
ジュリアスはヴィクトリアの腕を強く掴んだまま、温かみの一切感じられない硬い表情でそう告げた。
目の前にいるのは、ヴィクトリアをまるで身内のように扱い、ずっと優しく接し続けてくれていたジュリアスではなかった。
ヴィクトリアのジュリアスの変化に戸惑い強く動揺していた。
(いつものジュリアスじゃない。こんなジュリアスは知らない)
「何を犠牲にしてでも、必ずやり遂げる」
その言葉は、ヴィクトリアに言ったものでも、レイン対して言ったものでもなく、ジュリアスが自分自身に言い聞かせているような声だった。
ヴィクトリアは、ジュリアスの言う「犠牲」という言葉が、ヴィクトリアを指しているようにしか思えなかった。
ヴィクトリアは何とか自分の腕を掴むジュリアスの手を振り払おうとしたが、振り払えない。
獣人のヴィクトリアの方が人間のジュリアスよりも腕力は上のはずなのに、彼の手はびくともしなかった。
「離して!」
全身で抵抗を試みるが、安々と抑え込まれてしまう。
「ヴィクトリア!」
「レイン!」
ヴィクトリアは愛しい人に呼ばれて振り返った。
レインも必死な様子でこちらに声をかけてくるが、彼の身体はその場に縫い留められてしまったかのように、不自然に動かない。
「ジュリアス! レインに何をしたの! レインを元に戻して」
ジュリアスは何も答えない。無言でヴィクトリアの腕を引きどこかへ連れて行こうとしている。
「離して! レイン! レイン!」
「ジュリアス! ヴィクトリアに何をするつもりだ! まさかシドの所へ連れて行くつもりか! やめ――――」
叫んでいたレインの声が、突然ぶつ切りのようになって聞こえなくなった。
変化はヴィクトリアの喉にも及んでいた。
声が出ないのだ――――
(レイン! レイン! レイン!)
叫びたい言葉は声になって出てこない。視線だけで必死に何かを訴えようとしているレインも、それは同じであるようだった。
(誰か! 誰か助けて!)
抵抗するヴィクトリアが心に思い浮かべる人物は――――――
ヴィクトリアはジュリアスと共に、彼の転移魔法によって通路からどこかへと飛ばされた。
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