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処刑場編
110 引き合う二人(ヴィクトリア視点→レイン視点)
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「道を開けてください! すみません!」
いくつもの銃口を向けられて冷や汗を掻いているヴィクトリアの元に、美しい少年の声が響いた。
ヴィクトリアを囲んでいた銃騎士のうちの数名が場を譲ると、その人物が現れた。
灰色の髪と紺碧の瞳を持つ十代半ばほどのものすごい美形だった。
彼は半袖のミリタリージャケットにカーゴパンツを履いていた。動きやすさ重視の服装なはずなのに、この少年が身にまとうだけで服の存在感が光り、洗練されて輝き出しているように見えた。
少年の左手の薬指にはかなり高級そうな指輪がはめられている。彼の身体からも女性の匂いがするので、恋人がいるようだ。
ヴィクトリアは少年の顔をじっと見てしまった。なぜならば、顔付きがジュリアスに似ているように思ったからだ。
もしかすると、たくさんいるという彼の弟のうちの一人ではないかと思った。
少年は座るヴィクトリアの目線に合わせるように屈み込んできた。
「初めまして、獣人姫ヴィクトリア」
その挨拶の言葉も、最初にジュリアスと会った時のことを思い起こさせた。
「私はノエル・ブラッ…… いえ、ノエル・エヴァンズと申します。マグナのハンター仲間です。私にマグナを渡してはいただけないでしょうか? 悪いようにはしないとお約束します」
『マグナ』
確か、マグノリアは以前ハンター仲間からそう呼ばれていたらしい。
「あなたはジュリアスの弟なの?」
「そうです」
名字が違うから、あれ? と思ったが、やはりノエルはジュリアスの弟だった。ジュリアスと同様に物腰が柔らかく、こちらが獣人だからと忌避したり嘲る様子は一切ない。
「……お願いするわ」
短いやりとりだったが、ヴィクトリアはノエルが信用できると思い、気絶してしまったマグノリアを預けることにした。
マグノリアは『悪魔の花嫁』とはいえ人間だ。銃騎士隊から銃を向けられてしまう獣人の自分よりも、ノエルと一緒にいた方が助かる可能性が高いと思った。
「ヴィクトリア!」
ノエルがヴィクトリアの腕からマグノリアをお姫様抱っこで抱え上げた時、愛しい人の声が聞こえてきた。
ノエルはちらりとこちらに向かってくるレインを見てから、その場を離れた。
ノエルと入れ違いのように、彼がヴィクトリアの前に現れる。
「レイン……」
「銃をしまえ! 絶対に撃つな!」
レインは周りの銃騎士たちを牽制しながら、人を掻き分けるようにしてヴィクトリアの前までやってきた。
「会いたかった」
ヴィクトリアが何か言葉を発するよりも早く、レインは座り込んだままだったヴィクトリアを抱きしめた。
「レイン」
会いたかったのはヴィクトリアも同じだった。ヴィクトリアを手籠めにして監禁しようと企んでいた酷い人だったけど、この人の腕の中にいるのは途方もなく幸せだと感じた。
銃を向けてくる他の銃騎士たちから守ってくれて、ヴィクトリアはこれまで感じたことがないほどに、レインに対して安心感を覚えた。
「あの、グランフェル主任……」
もう二度と離れないとばかりにひしりと抱き合い続けているヴィクトリアとレインに対し、囲んでいる銃騎士の一人が戸惑いがちに声をかけた。
「彼女は『保護』対象だ。指令を受けている。身柄は俺が一旦預かろう」
顔を上げたレインがそう説明してから、ノエルがマグノリアにそうしていたように、レインもヴィクトリアをお姫様抱っこで抱き上げようとしたが――――
(ああああ! これキスされるやつ!)
身体に手を回されたところで、レインの整いすぎた顔面がすぐそばにあった。
危機を感じたヴィクトリアはレインの胸を押して彼を遠ざけ、口付けられることも抱き上げられることも拒んだ。
「なぜだ」
レインはかなりむっとしているが、ヴィクトリアとしてはもう公衆の面前での接吻はご免被りたかった。
「こんな大勢の人がいる所ではちょっと……」
「わかった。人目に付かない場所ならいいんだな」
そういうわけではないのだが、反論しようとする前にレインに手を引っ張られて、ヴィクトリアは歩き出した。
******
再会できたヴィクトリアは背後から後光が差しているかの如くやはり美しすぎた。
レインは本人が嫌がろうとも本当はぶちゅぶちゅと何度でも口と口を合わせて舐め回して吸いたい衝動に駆られるが、シリウスとの約束を思い出して自重することにした。
「ねえ、あの時の怪我は?」
歩きながらヴィクトリアが尋ねてくる。レインは強姦未遂の際、逃げたヴィクトリアを追いかけようとして二階から落下して、動けなくなるほどの怪我を負った。
しかし今レインが普通に歩いているので、ヴィクトリアは不思議に思って尋ねてきたようだった。
「大丈夫だ。あの程度で俺がどうにかなるわけがないだろう」
本当は両足を骨折したのだが、あまりにも格好悪いと思ったレインは、言わないことにした。
レインが語る『保護』が『監禁』を意味していることも、言うつもりはなかった。
「ナディアはどこ? 処刑はなくなったの?」
「ああ。ナディアの処刑は直前で中止になった。今は安全な所にいるから心配しなくていい」
作戦から抜けてナディアを迎えに行った男がいることを、レインはジュリアスから聞いた。魔法使いがそばにいるなら安全だろう。
最初はナディアの処刑は銃騎士隊の中でも極秘情報扱いだった。執行直前に発表予定だったその情報を、アークの意向を無視して知り合いの新聞記者に情報提供したのは、他ならぬレインだ。
上官命令には忠実であったはずのレインは、ヴィクトリアを取り戻すために、入隊以降初めてアークの命に逆らった。もちろん、情報の出どころが自分だとは気付かれないように細心の注意は払ったが。
レインはナディアの処刑情報の公開がどんな影響を及ぼすかは度外視していた。
ヴィクトリアを手に入れることがレインの最大の目的だったから、そのためには周囲が少々ざわついても構わないと思っていた。
レインは、自分が「ナディアの処刑」をヴィクトリアをおびき寄せる餌として使ったことを、ヴィクトリアに伝えるつもりは一切なかった。
ナディアが処刑されると知れば、ヴィクトリアは必ず救出のために動くだろうとレインは踏んでいた。そして、実際にその通りになった。
いくつもの銃口を向けられて冷や汗を掻いているヴィクトリアの元に、美しい少年の声が響いた。
ヴィクトリアを囲んでいた銃騎士のうちの数名が場を譲ると、その人物が現れた。
灰色の髪と紺碧の瞳を持つ十代半ばほどのものすごい美形だった。
彼は半袖のミリタリージャケットにカーゴパンツを履いていた。動きやすさ重視の服装なはずなのに、この少年が身にまとうだけで服の存在感が光り、洗練されて輝き出しているように見えた。
少年の左手の薬指にはかなり高級そうな指輪がはめられている。彼の身体からも女性の匂いがするので、恋人がいるようだ。
ヴィクトリアは少年の顔をじっと見てしまった。なぜならば、顔付きがジュリアスに似ているように思ったからだ。
もしかすると、たくさんいるという彼の弟のうちの一人ではないかと思った。
少年は座るヴィクトリアの目線に合わせるように屈み込んできた。
「初めまして、獣人姫ヴィクトリア」
その挨拶の言葉も、最初にジュリアスと会った時のことを思い起こさせた。
「私はノエル・ブラッ…… いえ、ノエル・エヴァンズと申します。マグナのハンター仲間です。私にマグナを渡してはいただけないでしょうか? 悪いようにはしないとお約束します」
『マグナ』
確か、マグノリアは以前ハンター仲間からそう呼ばれていたらしい。
「あなたはジュリアスの弟なの?」
「そうです」
名字が違うから、あれ? と思ったが、やはりノエルはジュリアスの弟だった。ジュリアスと同様に物腰が柔らかく、こちらが獣人だからと忌避したり嘲る様子は一切ない。
「……お願いするわ」
短いやりとりだったが、ヴィクトリアはノエルが信用できると思い、気絶してしまったマグノリアを預けることにした。
マグノリアは『悪魔の花嫁』とはいえ人間だ。銃騎士隊から銃を向けられてしまう獣人の自分よりも、ノエルと一緒にいた方が助かる可能性が高いと思った。
「ヴィクトリア!」
ノエルがヴィクトリアの腕からマグノリアをお姫様抱っこで抱え上げた時、愛しい人の声が聞こえてきた。
ノエルはちらりとこちらに向かってくるレインを見てから、その場を離れた。
ノエルと入れ違いのように、彼がヴィクトリアの前に現れる。
「レイン……」
「銃をしまえ! 絶対に撃つな!」
レインは周りの銃騎士たちを牽制しながら、人を掻き分けるようにしてヴィクトリアの前までやってきた。
「会いたかった」
ヴィクトリアが何か言葉を発するよりも早く、レインは座り込んだままだったヴィクトリアを抱きしめた。
「レイン」
会いたかったのはヴィクトリアも同じだった。ヴィクトリアを手籠めにして監禁しようと企んでいた酷い人だったけど、この人の腕の中にいるのは途方もなく幸せだと感じた。
銃を向けてくる他の銃騎士たちから守ってくれて、ヴィクトリアはこれまで感じたことがないほどに、レインに対して安心感を覚えた。
「あの、グランフェル主任……」
もう二度と離れないとばかりにひしりと抱き合い続けているヴィクトリアとレインに対し、囲んでいる銃騎士の一人が戸惑いがちに声をかけた。
「彼女は『保護』対象だ。指令を受けている。身柄は俺が一旦預かろう」
顔を上げたレインがそう説明してから、ノエルがマグノリアにそうしていたように、レインもヴィクトリアをお姫様抱っこで抱き上げようとしたが――――
(ああああ! これキスされるやつ!)
身体に手を回されたところで、レインの整いすぎた顔面がすぐそばにあった。
危機を感じたヴィクトリアはレインの胸を押して彼を遠ざけ、口付けられることも抱き上げられることも拒んだ。
「なぜだ」
レインはかなりむっとしているが、ヴィクトリアとしてはもう公衆の面前での接吻はご免被りたかった。
「こんな大勢の人がいる所ではちょっと……」
「わかった。人目に付かない場所ならいいんだな」
そういうわけではないのだが、反論しようとする前にレインに手を引っ張られて、ヴィクトリアは歩き出した。
******
再会できたヴィクトリアは背後から後光が差しているかの如くやはり美しすぎた。
レインは本人が嫌がろうとも本当はぶちゅぶちゅと何度でも口と口を合わせて舐め回して吸いたい衝動に駆られるが、シリウスとの約束を思い出して自重することにした。
「ねえ、あの時の怪我は?」
歩きながらヴィクトリアが尋ねてくる。レインは強姦未遂の際、逃げたヴィクトリアを追いかけようとして二階から落下して、動けなくなるほどの怪我を負った。
しかし今レインが普通に歩いているので、ヴィクトリアは不思議に思って尋ねてきたようだった。
「大丈夫だ。あの程度で俺がどうにかなるわけがないだろう」
本当は両足を骨折したのだが、あまりにも格好悪いと思ったレインは、言わないことにした。
レインが語る『保護』が『監禁』を意味していることも、言うつもりはなかった。
「ナディアはどこ? 処刑はなくなったの?」
「ああ。ナディアの処刑は直前で中止になった。今は安全な所にいるから心配しなくていい」
作戦から抜けてナディアを迎えに行った男がいることを、レインはジュリアスから聞いた。魔法使いがそばにいるなら安全だろう。
最初はナディアの処刑は銃騎士隊の中でも極秘情報扱いだった。執行直前に発表予定だったその情報を、アークの意向を無視して知り合いの新聞記者に情報提供したのは、他ならぬレインだ。
上官命令には忠実であったはずのレインは、ヴィクトリアを取り戻すために、入隊以降初めてアークの命に逆らった。もちろん、情報の出どころが自分だとは気付かれないように細心の注意は払ったが。
レインはナディアの処刑情報の公開がどんな影響を及ぼすかは度外視していた。
ヴィクトリアを手に入れることがレインの最大の目的だったから、そのためには周囲が少々ざわついても構わないと思っていた。
レインは、自分が「ナディアの処刑」をヴィクトリアをおびき寄せる餌として使ったことを、ヴィクトリアに伝えるつもりは一切なかった。
ナディアが処刑されると知れば、ヴィクトリアは必ず救出のために動くだろうとレインは踏んでいた。そして、実際にその通りになった。
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