137 / 202
処刑場編
109 不可能を可能にする男(ジュリアス視点)
しおりを挟む
もうすぐシドの処刑が執行されるその直前、観覧席の窓から硝子が砕ける音が響き渡り、魔法使いの一人であるジュリアスは騒ぎに気付いて眉を顰めた。
見れば小さな女の子が――――獣人の女児が窓を突き破って下の地面に落下していた。
(あの幼子は……)
直後に割れた窓から男が飛び降りて、女児を守るように腕に抱き込んだ後、何発かの銃弾が彼を貫いた。
『父さん、やめてください』
ジュリアスは咄嗟に自分の父親であり二番隊長であるアークに精神感応で呼びかけた。
仕事中はいつも「隊長」と呼んでいるのに、ジュリアスは思わず父と呼んでしまった。だが、灰色の髪と眼を持つ父アークは、ジュリアスの言葉など聞きはしない。
『会場に獣人が入り込んでいたんだ。それを始末するのは俺たちの仕事だろう?』
『……』
ジュリアスは咄嗟に黙ってしまった。しかし、シドに注意は向けつつも、父親を非難するような視線はずっとアークに向けている。
『シドの処刑前に騒ぎを起こすのはあまり得策ではありませんよ』
『些細なことだ。余興としては丁度いい』
余興――――アークがシドの処刑の前座とするつもりで、無理矢理ねじ込んだナディアの処刑がなくなったこと、いや、単にシリウスのことやノエルのことでアークは苛立っているようにも思えた。
しかし今回は、父らしくもない浅慮な行動だと思ってしまう。
『やはりな。出てきたぞジュリアス』
アークに言われずともジュリアスも気付いた。女児を守るように庇う男を狙って撃ち込まれる銃弾が、彼には当たらずに周囲のある一定の場所で弾き返されている。
これは盾の魔法だ。使ったのは自分たち家族ではない。
この状況ならば、魔法を使ったのは彼女以外いないだろう。
『田舎に引っ込んで俺たちの邪魔をしないのであればと見逃してやっていたが、こちらに出てくるのならば、お望み通り殺してやろう』
アークの発言は過激だが、獣人を狩ることは銃騎士の本分である――――
人の法では本来、獣人は存在しているだけで悪であり、その獣人と関係して子供を産んだ彼女も、『悪魔の花嫁』として抹殺対象だ――――――
これまでのジュリアスであれば黙って父の行動を見逃していたが、覚悟の決まったジュリアスは父の魔法を妨害した。
アークの行動を読み、転移魔法封じの魔法を吸い取って、上手く発動しないようにしてしまったのだ。
マグノリアの転移魔法によって男と女児が消える。
自分の魔法が不発に終わり、アークは舌打ちをすると共にジュリアスに視線を寄越してくる。
普段からあまり表情が変わらなくて感情が読みにくい父だが、これは余計なことをするなと睨んでいるのだ。
観客席がざわついている。マグノリアと、それから――――ヴィクトリアがいるのがわかった。
(シドとヴィクトリア…………)
危険な組み合わせだと思ってしまう。シドにとってヴィクトリアは特別な存在だ。彼女がそばにいるだけでシドは不可能を可能にしかねない。
ただでさえ今は一人足りないというのに。
ようやく念願叶い、悪しき獣人の象徴であるシドの処刑が行われるというこの大事な局面で、生きている限りは最後まで何を仕出かすかわからないこの男を刺激したくはなかった。
ジュリアスはふと、この作戦に関わっている家族の中でただ一人、公開処刑を待つのではなくて直ちにシドを殺すべきだと、シドを捕えた直後に主張していた弟ノエルの言葉を思い出していた。
あの時、ジュリアスとノエルの意見は真っ向から対立していた。ジュリアスは獣人王シドの死を、自分たちの目的により近付ける一つの手段として、一番効果的な形に持って行きたかった。
ところが、銃騎士隊と――いわばジュリアスと――距離を置きたがっていたハンターのノエルは、不確かな将来の利益よりも、現状での最善策を取るべきだと強く主張していた。
もしもシドに逃げられたら全てが水の泡になる、と。
シドを数日生かして公開処刑にするべきか、それとも直ちに殺すべきか、最終的には五人で決を採ろうという形になった。
アークはどちらでも構わんと棄権してしまったが、ジュリアス至上主義だったすぐ下の弟シリウスはもちろん兄に肩入れをし、懸念していたセシルまでもがジュリアスの意見を支持した為に、三対一でジュリアスの意見が通った。
しかし、ノエルの言う通りだったかもしれないと、今なら思う。
(だがここまで来た以上、もう戻れないけれど)
ヴィクトリアの元にはレインがいる。ヴィクトリアを連れて速やかにここから去れとレインに精神感応を送ってから、ジュリアスはアークを正面から見据えた。
『重要なのはシドを殺すことです。他のことは捨て置いてください』
アークは依然として感情の全く乗らない表情でジュリアスを見つめていたが、ジュリアスは父親の気持ちを推して知ることができた。
アークの少々の怒りを受けた所でジュリアスは物怖じしない。マグノリアたちについてはノエルが身体を張っているのだから、これ以上何かをする必要はないとジュリアスは思っていた。
それに父がどう思おうと、仲間を大切にしたいという弟の意志を尊重したかった。
アークはしかし、それ以上こちらを見つめてくることはなかった。
シドが動いたからだった。
ジュリアスもアーク同様にシドを拘束している封じの魔法を強めていく。ノエルはマグノリアたちの対応に当たっているようだが、貴賓席にいたセシルは気付いたようで、三人で魔力を強めていくが――――
鎖を軋ませながらシドが動く。ジュリアスはその様子に目を見開いた。
獣人界最強の男は赤い瞳に剣呑な光を宿しながら、張り付けになっていた利き手付近の鎖を腕の力で引きちぎっていた。
シドは自由になった手で身体に巻き付いていた鎖を掴むと、力任せに粉砕し始めた――――――
***
※補足(補足については「106 一人足りない」の下部へ)
①「シリウスのこと」
次男シリウスが『未来視』の能力に目覚めたことにより、シリウスには隠していたナディアの処刑計画がばれてしまい、ナディアを愛するシリウスが激昂して家族に絶縁宣言をして、シドの処刑直前に作戦から抜けたこと。
②「ノエルのこと」
三男ノエルがアークの反対を押し切って婿入り結婚をして、名字を変えたこと。
③「ノエルが身体を張っている」
マグノリアとロータスに『死の呪い』をかけたのはノエル。マグノリアもそのことは知っている。
『死の呪い』が発動すると跳ね返りで術者も死ぬ。
見れば小さな女の子が――――獣人の女児が窓を突き破って下の地面に落下していた。
(あの幼子は……)
直後に割れた窓から男が飛び降りて、女児を守るように腕に抱き込んだ後、何発かの銃弾が彼を貫いた。
『父さん、やめてください』
ジュリアスは咄嗟に自分の父親であり二番隊長であるアークに精神感応で呼びかけた。
仕事中はいつも「隊長」と呼んでいるのに、ジュリアスは思わず父と呼んでしまった。だが、灰色の髪と眼を持つ父アークは、ジュリアスの言葉など聞きはしない。
『会場に獣人が入り込んでいたんだ。それを始末するのは俺たちの仕事だろう?』
『……』
ジュリアスは咄嗟に黙ってしまった。しかし、シドに注意は向けつつも、父親を非難するような視線はずっとアークに向けている。
『シドの処刑前に騒ぎを起こすのはあまり得策ではありませんよ』
『些細なことだ。余興としては丁度いい』
余興――――アークがシドの処刑の前座とするつもりで、無理矢理ねじ込んだナディアの処刑がなくなったこと、いや、単にシリウスのことやノエルのことでアークは苛立っているようにも思えた。
しかし今回は、父らしくもない浅慮な行動だと思ってしまう。
『やはりな。出てきたぞジュリアス』
アークに言われずともジュリアスも気付いた。女児を守るように庇う男を狙って撃ち込まれる銃弾が、彼には当たらずに周囲のある一定の場所で弾き返されている。
これは盾の魔法だ。使ったのは自分たち家族ではない。
この状況ならば、魔法を使ったのは彼女以外いないだろう。
『田舎に引っ込んで俺たちの邪魔をしないのであればと見逃してやっていたが、こちらに出てくるのならば、お望み通り殺してやろう』
アークの発言は過激だが、獣人を狩ることは銃騎士の本分である――――
人の法では本来、獣人は存在しているだけで悪であり、その獣人と関係して子供を産んだ彼女も、『悪魔の花嫁』として抹殺対象だ――――――
これまでのジュリアスであれば黙って父の行動を見逃していたが、覚悟の決まったジュリアスは父の魔法を妨害した。
アークの行動を読み、転移魔法封じの魔法を吸い取って、上手く発動しないようにしてしまったのだ。
マグノリアの転移魔法によって男と女児が消える。
自分の魔法が不発に終わり、アークは舌打ちをすると共にジュリアスに視線を寄越してくる。
普段からあまり表情が変わらなくて感情が読みにくい父だが、これは余計なことをするなと睨んでいるのだ。
観客席がざわついている。マグノリアと、それから――――ヴィクトリアがいるのがわかった。
(シドとヴィクトリア…………)
危険な組み合わせだと思ってしまう。シドにとってヴィクトリアは特別な存在だ。彼女がそばにいるだけでシドは不可能を可能にしかねない。
ただでさえ今は一人足りないというのに。
ようやく念願叶い、悪しき獣人の象徴であるシドの処刑が行われるというこの大事な局面で、生きている限りは最後まで何を仕出かすかわからないこの男を刺激したくはなかった。
ジュリアスはふと、この作戦に関わっている家族の中でただ一人、公開処刑を待つのではなくて直ちにシドを殺すべきだと、シドを捕えた直後に主張していた弟ノエルの言葉を思い出していた。
あの時、ジュリアスとノエルの意見は真っ向から対立していた。ジュリアスは獣人王シドの死を、自分たちの目的により近付ける一つの手段として、一番効果的な形に持って行きたかった。
ところが、銃騎士隊と――いわばジュリアスと――距離を置きたがっていたハンターのノエルは、不確かな将来の利益よりも、現状での最善策を取るべきだと強く主張していた。
もしもシドに逃げられたら全てが水の泡になる、と。
シドを数日生かして公開処刑にするべきか、それとも直ちに殺すべきか、最終的には五人で決を採ろうという形になった。
アークはどちらでも構わんと棄権してしまったが、ジュリアス至上主義だったすぐ下の弟シリウスはもちろん兄に肩入れをし、懸念していたセシルまでもがジュリアスの意見を支持した為に、三対一でジュリアスの意見が通った。
しかし、ノエルの言う通りだったかもしれないと、今なら思う。
(だがここまで来た以上、もう戻れないけれど)
ヴィクトリアの元にはレインがいる。ヴィクトリアを連れて速やかにここから去れとレインに精神感応を送ってから、ジュリアスはアークを正面から見据えた。
『重要なのはシドを殺すことです。他のことは捨て置いてください』
アークは依然として感情の全く乗らない表情でジュリアスを見つめていたが、ジュリアスは父親の気持ちを推して知ることができた。
アークの少々の怒りを受けた所でジュリアスは物怖じしない。マグノリアたちについてはノエルが身体を張っているのだから、これ以上何かをする必要はないとジュリアスは思っていた。
それに父がどう思おうと、仲間を大切にしたいという弟の意志を尊重したかった。
アークはしかし、それ以上こちらを見つめてくることはなかった。
シドが動いたからだった。
ジュリアスもアーク同様にシドを拘束している封じの魔法を強めていく。ノエルはマグノリアたちの対応に当たっているようだが、貴賓席にいたセシルは気付いたようで、三人で魔力を強めていくが――――
鎖を軋ませながらシドが動く。ジュリアスはその様子に目を見開いた。
獣人界最強の男は赤い瞳に剣呑な光を宿しながら、張り付けになっていた利き手付近の鎖を腕の力で引きちぎっていた。
シドは自由になった手で身体に巻き付いていた鎖を掴むと、力任せに粉砕し始めた――――――
***
※補足(補足については「106 一人足りない」の下部へ)
①「シリウスのこと」
次男シリウスが『未来視』の能力に目覚めたことにより、シリウスには隠していたナディアの処刑計画がばれてしまい、ナディアを愛するシリウスが激昂して家族に絶縁宣言をして、シドの処刑直前に作戦から抜けたこと。
②「ノエルのこと」
三男ノエルがアークの反対を押し切って婿入り結婚をして、名字を変えたこと。
③「ノエルが身体を張っている」
マグノリアとロータスに『死の呪い』をかけたのはノエル。マグノリアもそのことは知っている。
『死の呪い』が発動すると跳ね返りで術者も死ぬ。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
84
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる