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処刑場編
107 不測の事態 1
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『一度ここから出ましょう。ナディアが現れるかは少し離れた場所からでも探れるし、あの子にだけは注意しないと』
マグノリアはちらりと貴賓席に目を走らせ、次期宗主の隣に座る人物がまだ席に現れていないことを確認した。
マグノリアが歩き出すと、ヴィクトリアとロータスもその後に続いたが、二人同時にピタリと足を止めてしまう。
二人が見つめる視線の先では、処刑場広場へと続く円形建物の扉が開いていた。
まずは先導する銃騎士隊員たちが現れて、それから――――
十字になった金属製の太い柱に、幾重もの鎖によって縛り付けられている鮮やかな赤髪の男――――シドの姿が見えた。
十字の柱を支えている下の金属製の台には車輪が付いていて、周囲の銃騎士たちが押して中央の処刑装置へと進んでいる。
シドを囲む銃騎士の中にはジュリアスと、それから、九番隊砦から逃げた時に見かけた灰色の髪の銃騎士の姿もあった。
あの時、彼は一瞬でその場から姿を消していた。今思えばあれは瞬間移動の魔法で、つまり彼は銃騎士隊が抱える魔法使いのうちの一人だ。
シドが広場に姿を現した途端、周囲から怒号が聞こえ始める。
――――殺せ! 殺せ! 殺せ!
シドに怒りと恨みを募らせた声が響く。
シドは怒りの声にも全く反応しない。シドの顔の゙下半分は鈍色の金属製マスクで覆われていて、口元の表情は見えない。
シドはまるで眠っているかのように目を閉じていた。その姿は既に諦めたようにも、まだ何かを企んでいるようにも見えた。
ヴィクトリアは処刑直前のシドの様子を、引き付けられたようにじっと見つめていた。
(シド…… 死ぬの……? ここで死んでしまうの?)
ヴィクトリアは、シドに対して呼びかけるような、自身の心の内なる声を聞いた。
酷い人だった。自分の本当の父親でもなかった。けれどヴィクトリアは、シドに対して、「殺せ!」という周囲の声とは真逆の思いを抱いていることに気付く。
「父上……」
隣ではヴィクトリアの手を握りしめたままのロータスが、悲痛な声音で呟いていた。今にも泣き出しそうな苦しみの滲む表情で、ロータスはヴィクトリアと同じようにシドを見つめている。
ロータスにとっては、十数年ぶりに見る父の姿だった。
『二人共、駄目よ。助けようなんて考えないでね。私達が助けるのはナディアだけよ。ロイの実のお父様だしカナのおじいちゃんでもあるけど、シドは罪を犯しすぎたの。あの男は死ぬべきだわ』
マグノリアが精神感応を使って冷静な声で佇む二人に告げてきた。
ヴィクトリアだってわかっている。シドは数多くの罪を犯してきた。彼はそれを償わなければならない。
『ロイ……』
マグノリアはロータスのそばに寄って彼の背中をさすり始めた。俯くロータスの顔からポロポロと涙が落ちてくる。ロータスは両手で顔を覆った。
『あなたは優しすぎるわ……』
マグノリアの心底心配したような言葉が聞こえてくる。ヴィクトリアは黙って二人の様子を見ていたが、ロータスはいきなりハッとしたように顔を上げると、突如として観客席の通路を駆け出した。
「カナ!」
ロータスが叫んでいる。ヴィクトリアもロータスが向かおうとしている先に小さな人影を見つけて驚いた。そこにいたのは、ロータスとマグノリアの娘、カナリアだった。
(眠りの魔法で自宅で眠らされていたはずのカナが、どうして遠く離れたこの場所にいるの?)
ロータスは娘の匂いを嗅ぎ取り慌てて迎えに行ったようだ。
「どうして……」
『……カナの魔法の力が覚醒したみたいね。転移魔法で私達を追いかけてきたのよ』
カナリアを見つめるマグノリアがそう答える。
カナリアは『真眼』以外の魔法は使えないという話だったが、どうやら覚醒すると色々な魔法が使えるようになるらしい――――
カナリアは途中で目が覚めてしまって、両親がいないことに気付いて必死で探そうとしたのだろう。その結果能力が覚醒したのかもしれない。
(きっとあの家に一人きりでいると気付いて、怖かったはずだわ。酷いことをしてしまった……)
ヴィクトリアとマグノリアの二人もカナリアの元へ向かおうとしたが――――
ガシャァァン!
いきなり硝子が割れる激しい音が響いた。見れば広場側の通路を歩いていたはずのカナリアが、硝子窓を突き破って落差のある広場の地面へ落ちていた。
「カナぁっ!」
ロータスが必死な様子で叫びながらカナリアが落ちた硝子窓まで向かっているが、まだ距離がある。
ヴィクトリアは走り出した。マグノリアもヴィクトリアと同じくらいの速度で走り出している。
獣人であるヴィクトリアの足は人間の女性よりも早い。マグノリアも、たぶん足が早くなるような魔法を自分にかけているようだった。
瞬間移動した方が早くカナリアの元へ行けるが、そうすると周囲の人間たちに怪しまれてしまう。
観覧席の床と広場の地面は成人男性の身長一人分くらいの高さがある。このくらいならば獣人であるカナリアは怪我などしていないと思うが、まだ幼いし、上手く受け身などができなければ獣人でも大怪我を負うことがあるので、心配になる。
(でも、どうして硝子窓を突き破って落ちたの?)
「やめてっ!」
隣のマグノリアが平常心を失ったような声音で叫んだその刹那、ロータスの鋭い苦悶の声が聞こえてきた。
「パパっ!」
続いてカナリアの悲鳴のような叫び声も響き渡る。
ガハッ、ゴフッ、とロータスは咳き込むように数度血を吐いて、カナリアを抱きしめたまま広場の地面に倒れた。
銃声は聞こえなかったが、ヴィクトリアは匂いでロータスが撃たれたことに気が付いた。
マグノリアはちらりと貴賓席に目を走らせ、次期宗主の隣に座る人物がまだ席に現れていないことを確認した。
マグノリアが歩き出すと、ヴィクトリアとロータスもその後に続いたが、二人同時にピタリと足を止めてしまう。
二人が見つめる視線の先では、処刑場広場へと続く円形建物の扉が開いていた。
まずは先導する銃騎士隊員たちが現れて、それから――――
十字になった金属製の太い柱に、幾重もの鎖によって縛り付けられている鮮やかな赤髪の男――――シドの姿が見えた。
十字の柱を支えている下の金属製の台には車輪が付いていて、周囲の銃騎士たちが押して中央の処刑装置へと進んでいる。
シドを囲む銃騎士の中にはジュリアスと、それから、九番隊砦から逃げた時に見かけた灰色の髪の銃騎士の姿もあった。
あの時、彼は一瞬でその場から姿を消していた。今思えばあれは瞬間移動の魔法で、つまり彼は銃騎士隊が抱える魔法使いのうちの一人だ。
シドが広場に姿を現した途端、周囲から怒号が聞こえ始める。
――――殺せ! 殺せ! 殺せ!
シドに怒りと恨みを募らせた声が響く。
シドは怒りの声にも全く反応しない。シドの顔の゙下半分は鈍色の金属製マスクで覆われていて、口元の表情は見えない。
シドはまるで眠っているかのように目を閉じていた。その姿は既に諦めたようにも、まだ何かを企んでいるようにも見えた。
ヴィクトリアは処刑直前のシドの様子を、引き付けられたようにじっと見つめていた。
(シド…… 死ぬの……? ここで死んでしまうの?)
ヴィクトリアは、シドに対して呼びかけるような、自身の心の内なる声を聞いた。
酷い人だった。自分の本当の父親でもなかった。けれどヴィクトリアは、シドに対して、「殺せ!」という周囲の声とは真逆の思いを抱いていることに気付く。
「父上……」
隣ではヴィクトリアの手を握りしめたままのロータスが、悲痛な声音で呟いていた。今にも泣き出しそうな苦しみの滲む表情で、ロータスはヴィクトリアと同じようにシドを見つめている。
ロータスにとっては、十数年ぶりに見る父の姿だった。
『二人共、駄目よ。助けようなんて考えないでね。私達が助けるのはナディアだけよ。ロイの実のお父様だしカナのおじいちゃんでもあるけど、シドは罪を犯しすぎたの。あの男は死ぬべきだわ』
マグノリアが精神感応を使って冷静な声で佇む二人に告げてきた。
ヴィクトリアだってわかっている。シドは数多くの罪を犯してきた。彼はそれを償わなければならない。
『ロイ……』
マグノリアはロータスのそばに寄って彼の背中をさすり始めた。俯くロータスの顔からポロポロと涙が落ちてくる。ロータスは両手で顔を覆った。
『あなたは優しすぎるわ……』
マグノリアの心底心配したような言葉が聞こえてくる。ヴィクトリアは黙って二人の様子を見ていたが、ロータスはいきなりハッとしたように顔を上げると、突如として観客席の通路を駆け出した。
「カナ!」
ロータスが叫んでいる。ヴィクトリアもロータスが向かおうとしている先に小さな人影を見つけて驚いた。そこにいたのは、ロータスとマグノリアの娘、カナリアだった。
(眠りの魔法で自宅で眠らされていたはずのカナが、どうして遠く離れたこの場所にいるの?)
ロータスは娘の匂いを嗅ぎ取り慌てて迎えに行ったようだ。
「どうして……」
『……カナの魔法の力が覚醒したみたいね。転移魔法で私達を追いかけてきたのよ』
カナリアを見つめるマグノリアがそう答える。
カナリアは『真眼』以外の魔法は使えないという話だったが、どうやら覚醒すると色々な魔法が使えるようになるらしい――――
カナリアは途中で目が覚めてしまって、両親がいないことに気付いて必死で探そうとしたのだろう。その結果能力が覚醒したのかもしれない。
(きっとあの家に一人きりでいると気付いて、怖かったはずだわ。酷いことをしてしまった……)
ヴィクトリアとマグノリアの二人もカナリアの元へ向かおうとしたが――――
ガシャァァン!
いきなり硝子が割れる激しい音が響いた。見れば広場側の通路を歩いていたはずのカナリアが、硝子窓を突き破って落差のある広場の地面へ落ちていた。
「カナぁっ!」
ロータスが必死な様子で叫びながらカナリアが落ちた硝子窓まで向かっているが、まだ距離がある。
ヴィクトリアは走り出した。マグノリアもヴィクトリアと同じくらいの速度で走り出している。
獣人であるヴィクトリアの足は人間の女性よりも早い。マグノリアも、たぶん足が早くなるような魔法を自分にかけているようだった。
瞬間移動した方が早くカナリアの元へ行けるが、そうすると周囲の人間たちに怪しまれてしまう。
観覧席の床と広場の地面は成人男性の身長一人分くらいの高さがある。このくらいならば獣人であるカナリアは怪我などしていないと思うが、まだ幼いし、上手く受け身などができなければ獣人でも大怪我を負うことがあるので、心配になる。
(でも、どうして硝子窓を突き破って落ちたの?)
「やめてっ!」
隣のマグノリアが平常心を失ったような声音で叫んだその刹那、ロータスの鋭い苦悶の声が聞こえてきた。
「パパっ!」
続いてカナリアの悲鳴のような叫び声も響き渡る。
ガハッ、ゴフッ、とロータスは咳き込むように数度血を吐いて、カナリアを抱きしめたまま広場の地面に倒れた。
銃声は聞こえなかったが、ヴィクトリアは匂いでロータスが撃たれたことに気が付いた。
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