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レインハッピーエンド 愛憎を超えて
12 ここから始まる(ヴィクトリア視点→三人称)
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目を覚ますと、隣の温もりがなくなっていることに気付き、ヴィクトリアは寝台から起き出した。
ヴィクトリアが今いるのは、レインの故郷の村――ヴィクトリアがレインと初めて会った場所――だ。
村は既に廃村となっていて、襲撃のその時のままに壊れた家々が草に覆われた状態で放置されていた。
この場所にヴィクトリアたち以外の人の気配はまるでなく、朽ちた家以外には襲撃の際に亡くなった人々も眠る墓地があるくらいだった。
ヴィクトリアは比較的損傷の少なかった家を魔法で直して、一時の宿としていた。
家の外に出たヴィクトリアはレインの匂いを追って歩き出した。番の匂いは一番敏感に感じ取れる匂いだから、この村の範囲内くらいであれば、深く探ればレインがどこにいるのかわかる。
逆にレインの匂いが感じ取れない場所にいると、不安になってしまうくらいだ。自分にとってレインは必要不可欠な存在だ。
人間は獣人とは違い「番」という感覚を持たないことと、それから、暴走を止めるためとはいえレインがヴィクトリアを刺していることもあって、マグノリアは隠れ家で会った時に少し心配していた。
「もしもレインが他の女と浮気したら、ヴィーが魔力暴走を引き起こして世界が滅ぶ」と、マグノリアはレインに対して物凄い釘を刺していた。
レインはそれに対し、「ヴィクトリアという最高の女性がいるのに浮気なんてするものか。俺は一生ヴィクトリアを大事にして愛し尽くして毎日抱いて精を注――――」と、最後の方は余計なことを言っていたので、沈黙の魔法を使って黙らせておいた。
ヴィクトリアもレインのことは信じてる。だから大丈夫。
墓地まで来ると、目的の人物の姿が目に入った。
墓地には十字に切り出した石の墓標が並んでいて、レインはそのいくつかに摘んだ花を捧げていた。花を供えられた中には、他よりも比較的小さい墓標もある。
レインには妹が二人いた。その小さな墓は、まだ赤子同然の頃に、レインの母と共に獣人の襲撃で亡くなったという実妹クラウディアの墓だ。
近くには、ヴィクトリアとレインが出会ったあの襲撃の日に亡くなった、義妹クリスティナの墓もある。
クリスティナはレインの父方の従妹にあたる。
レインの母とクラウディアが亡くなった時に、クリスティナの家族も彼女を残して皆死んでしまい、レインの父が彼女を引き取ってレインと共に育てていたそうだ。
家族が獣人に殺されてしまい、残された子供を親戚が引き取ることはよくある。
レイン自身、母とクラウディアが亡くなった時は幼かったこともあり、実妹との記憶を義妹とのものだとずっと勘違いしていたらしい。
レインの父も母が亡くなった時のことはあまり話したがらなかったそうで、レインは長くクリスティナを実の妹だと思っていたそうだ。
レインは十四歳の成人の際に父親からその間違いを正されたらしいが、成人していなかったクリスティナは、たぶん死ぬまで本当のことは知らなかったはずだとレインは語っていた。
ヴィクトリアは墓標の前に佇んでいるレインの隣に立った。するとレインがヴィクトリアの腰に手を回して抱き寄せてくる。
「……ご家族は、あなたが獣人である私と結婚したことを、許してくれるかしら…………」
獣人のせいで死んだのに、なぜ獣人を娶ったのかと、責める資格が彼らにはあるのではないかとヴィクトリアは思う。
「そうだな…… 父さんは母さんを殺した獣人をずっと憎んていたし、ティナも負けん気の強い子だったから、もし墓場から蘇ることがあれば、文句の一つくらいは言ってくるかもしれないけど、でも――――」
そこでレインは強い愛情に満ちた、とても優しい瞳でヴィクトリアを見つめてきた。
「俺の人生だ。俺の好きにさせろよって言うよ」
伴侶を一番に愛しているのはヴィクトリアも同じだ。
番になる前は全く信用できないと思ったこともあったが、今では彼を全面的に信じているし、愛情に加えて確かな絆も感じられる。
浮気は嫌だけど、もしもこの先レインがヴィクトリアを殺そうとしたとしても、それが彼の望みならば、全てを差し出してレインのために死んでもいいと思う。
(私はレインから何があっても離れないし、離れられない。そのくらい愛している)
「行こうか」
レインがヴィクトリアの手を取り、歩き出そうと促した。
******
リュージュはシドの墓場となった旧処刑場広場にいた。
リュージュは地面に無数に突き刺さっている剣の間を縫うようにして、目的の場所まで歩く。
シドが死んだこの場所には他にも人がいる。彼らは剣を突き刺した後にその場に座り込んで慟哭していたり、怒りの声を上げながら繰り返し地面に剣を突き立てたりしている。
すすり泣きや怒りや恨みの声がこの墓場には満ちていた。
広場の中央にはこの場でシドを屠ったことを綴る記念碑が建てられていて、突き刺さる剣の本数も中央部に近付くにつれ増えていくが、リュージュが目指しているのはそこではなかった。
やがてリュージュが嗅覚で探りながら辿り着いた場所は、シドの首が斬られた、まさにその場所だった。
リュージュはその場に胡座を掻くように座り込むと、柄に金剛石がはめられた短剣を取り出して、鞘から抜いた。
その短剣は、ヴィクトリアがリュージュの元に残していった、彼女の母オリヴィアの形見の短剣だ。
リュージュは短剣を刃が見えなくなるまで深々と地面に突き刺した。
まるでこれこそが本当の墓標となるように。
リュージュは持参していた酒――シドが一番好きだった種類の酒――を短剣の上に波々と注いでから、手を合わせた。
「そこの赤茶の髪の少年! 動くな!」
弔いを終えてから立ち上がり、この場を去ろうとした所で、少し離れた場所にいる藍色の隊服を着た男に呼び止められた。
処刑場の警備に当たっていたその銃騎士は、顔写真も含む獣人に関する資料の記憶から、リュージュが獣人だと気付き、顔に緊張感を走らせながら銃口をリュージュに向けている。
リュージュは笑った。それは彼の父親の面影が僅かに見え隠れする、少し不敵な笑みだった。
リュージュの片耳にはめた銀のピアスが、陽の光を反射して輝き、揺れている。
少年は駆け出し、その場から風のようにいなくなった。
【レインハッピーエンド 了】
ヴィクトリアが今いるのは、レインの故郷の村――ヴィクトリアがレインと初めて会った場所――だ。
村は既に廃村となっていて、襲撃のその時のままに壊れた家々が草に覆われた状態で放置されていた。
この場所にヴィクトリアたち以外の人の気配はまるでなく、朽ちた家以外には襲撃の際に亡くなった人々も眠る墓地があるくらいだった。
ヴィクトリアは比較的損傷の少なかった家を魔法で直して、一時の宿としていた。
家の外に出たヴィクトリアはレインの匂いを追って歩き出した。番の匂いは一番敏感に感じ取れる匂いだから、この村の範囲内くらいであれば、深く探ればレインがどこにいるのかわかる。
逆にレインの匂いが感じ取れない場所にいると、不安になってしまうくらいだ。自分にとってレインは必要不可欠な存在だ。
人間は獣人とは違い「番」という感覚を持たないことと、それから、暴走を止めるためとはいえレインがヴィクトリアを刺していることもあって、マグノリアは隠れ家で会った時に少し心配していた。
「もしもレインが他の女と浮気したら、ヴィーが魔力暴走を引き起こして世界が滅ぶ」と、マグノリアはレインに対して物凄い釘を刺していた。
レインはそれに対し、「ヴィクトリアという最高の女性がいるのに浮気なんてするものか。俺は一生ヴィクトリアを大事にして愛し尽くして毎日抱いて精を注――――」と、最後の方は余計なことを言っていたので、沈黙の魔法を使って黙らせておいた。
ヴィクトリアもレインのことは信じてる。だから大丈夫。
墓地まで来ると、目的の人物の姿が目に入った。
墓地には十字に切り出した石の墓標が並んでいて、レインはそのいくつかに摘んだ花を捧げていた。花を供えられた中には、他よりも比較的小さい墓標もある。
レインには妹が二人いた。その小さな墓は、まだ赤子同然の頃に、レインの母と共に獣人の襲撃で亡くなったという実妹クラウディアの墓だ。
近くには、ヴィクトリアとレインが出会ったあの襲撃の日に亡くなった、義妹クリスティナの墓もある。
クリスティナはレインの父方の従妹にあたる。
レインの母とクラウディアが亡くなった時に、クリスティナの家族も彼女を残して皆死んでしまい、レインの父が彼女を引き取ってレインと共に育てていたそうだ。
家族が獣人に殺されてしまい、残された子供を親戚が引き取ることはよくある。
レイン自身、母とクラウディアが亡くなった時は幼かったこともあり、実妹との記憶を義妹とのものだとずっと勘違いしていたらしい。
レインの父も母が亡くなった時のことはあまり話したがらなかったそうで、レインは長くクリスティナを実の妹だと思っていたそうだ。
レインは十四歳の成人の際に父親からその間違いを正されたらしいが、成人していなかったクリスティナは、たぶん死ぬまで本当のことは知らなかったはずだとレインは語っていた。
ヴィクトリアは墓標の前に佇んでいるレインの隣に立った。するとレインがヴィクトリアの腰に手を回して抱き寄せてくる。
「……ご家族は、あなたが獣人である私と結婚したことを、許してくれるかしら…………」
獣人のせいで死んだのに、なぜ獣人を娶ったのかと、責める資格が彼らにはあるのではないかとヴィクトリアは思う。
「そうだな…… 父さんは母さんを殺した獣人をずっと憎んていたし、ティナも負けん気の強い子だったから、もし墓場から蘇ることがあれば、文句の一つくらいは言ってくるかもしれないけど、でも――――」
そこでレインは強い愛情に満ちた、とても優しい瞳でヴィクトリアを見つめてきた。
「俺の人生だ。俺の好きにさせろよって言うよ」
伴侶を一番に愛しているのはヴィクトリアも同じだ。
番になる前は全く信用できないと思ったこともあったが、今では彼を全面的に信じているし、愛情に加えて確かな絆も感じられる。
浮気は嫌だけど、もしもこの先レインがヴィクトリアを殺そうとしたとしても、それが彼の望みならば、全てを差し出してレインのために死んでもいいと思う。
(私はレインから何があっても離れないし、離れられない。そのくらい愛している)
「行こうか」
レインがヴィクトリアの手を取り、歩き出そうと促した。
******
リュージュはシドの墓場となった旧処刑場広場にいた。
リュージュは地面に無数に突き刺さっている剣の間を縫うようにして、目的の場所まで歩く。
シドが死んだこの場所には他にも人がいる。彼らは剣を突き刺した後にその場に座り込んで慟哭していたり、怒りの声を上げながら繰り返し地面に剣を突き立てたりしている。
すすり泣きや怒りや恨みの声がこの墓場には満ちていた。
広場の中央にはこの場でシドを屠ったことを綴る記念碑が建てられていて、突き刺さる剣の本数も中央部に近付くにつれ増えていくが、リュージュが目指しているのはそこではなかった。
やがてリュージュが嗅覚で探りながら辿り着いた場所は、シドの首が斬られた、まさにその場所だった。
リュージュはその場に胡座を掻くように座り込むと、柄に金剛石がはめられた短剣を取り出して、鞘から抜いた。
その短剣は、ヴィクトリアがリュージュの元に残していった、彼女の母オリヴィアの形見の短剣だ。
リュージュは短剣を刃が見えなくなるまで深々と地面に突き刺した。
まるでこれこそが本当の墓標となるように。
リュージュは持参していた酒――シドが一番好きだった種類の酒――を短剣の上に波々と注いでから、手を合わせた。
「そこの赤茶の髪の少年! 動くな!」
弔いを終えてから立ち上がり、この場を去ろうとした所で、少し離れた場所にいる藍色の隊服を着た男に呼び止められた。
処刑場の警備に当たっていたその銃騎士は、顔写真も含む獣人に関する資料の記憶から、リュージュが獣人だと気付き、顔に緊張感を走らせながら銃口をリュージュに向けている。
リュージュは笑った。それは彼の父親の面影が僅かに見え隠れする、少し不敵な笑みだった。
リュージュの片耳にはめた銀のピアスが、陽の光を反射して輝き、揺れている。
少年は駆け出し、その場から風のようにいなくなった。
【レインハッピーエンド 了】
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