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『番の呪い』後編
103 家族(ヴィクトリア視点→三人称)
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「お姉ちゃん、おはよう」
リビングに行くと既にカナリアが起きていて、テーブルの前の子供用の小さな椅子に座って牛乳を飲んでいた。マグノリアはまだ起きていないようだ。
勧められるままヴィクトリアもテーブルについたが、ロータスはまだ狼狽えている。
「な、何か飲むか?」
ぎこちない笑みを向けられてヴィクトリアは顔を隠すように俯いた後、突然吹き出した。
「え? ヴィー?」
「ごめんなさい、ちょっとそのエプロンが……」
ロータスが身につけているのは女性用の花柄エプロンで、ついでのように白いレースのヒラヒラまで付いている。シドの顔とそのエプロンがありえない組み合わせすぎて、笑いが込み上げてきてしまった。
少し場の空間が和む。ロータスがほっとしたような顔になる。
「ごめんな、変な匂い嗅がせて。すぐにマグを起こして魔法をかけ直してもらうから」
「驚いたけど気にしてないから大丈夫よ。二人は夫婦なんだし…… どうして魔法が解けたの?」
マグノリアは寝室に元々の匂いがわからなくなるような魔法をかけていたようだ。それが朝になったら効かなくなっていたのは、ヴィクトリアが寝ている間に魔法が解けてしまったからなのだろう。
「その…… マグがちょっと気絶しちゃって」
「気絶?」
「普通に寝てるだけなら魔法は解けないけど、何かの理由で気絶したりすると魔法は解けてしまうんだ」
(そういえば昔読んだ魔法書にそんなことが書いてあったかもしれないわ)
魔法使いは普通に気絶する以外にも、魔法を使いすぎて魔力が枯渇しても気絶するらしく、それでも魔法は解けてしまう。
「おはよう…… ごめんね、寝坊しちゃったわ」
ほどなくリビングにマグノリアが現れた。マグノリアは昨夜寝る前は金髪茶眼の姿だったが、今は本来の黒髪黒眼に戻っている。
朝すっきりと目覚められないと言っていたが、確かに顔色は悪くないものの、少し気怠そうだった。
「おはようマグ」
対するロータスは完全にすっきりとした爽やかな笑顔を向けている。
「いいんだよ、今朝は俺が全部やるから。ささ、座って」
ロータスは上機嫌でにこにこしながらテーブルの椅子を引いてマグノリアを座らせようとするが、マグノリアはその前に姿変えの魔法を使い、ロータスを黒髪黒眼に、自身を金髪茶眼の姿に変えた。
極力正体がばれないように、魔法が使える時はできる限り魔法をかけておくそうだ。
ロータスは魚のソテーや卵焼きやスープを皿に盛り付けて配膳していく。マグノリアにはパンもついていた。
「じゃあ頂こうか」
ロータスとマグノリアはナイフとフォークを使っているが、ヴィクトリアは予め食べやすく切ってもらったものをフォークを使って食べていた。
ナイフはまだ難しいのでとりあえずはフォークで口元まで運ぶ練習からだ。
「ヴィー、味はどうだ? スープは昨日の残りだけど、魚と卵は俺が焼いたんだ。塩振って焼いただけだけど」
斜め正面にいるロータスに尋ねられる。
「とても美味しいわ。ありがとう」
「ロイって家事もやってくれるから助かるのよ。私あなたと一緒になれて本当に良かったと思っているわ」
「うん! パパすごい! 天才!」
「うわー、褒めても何も出ないぞ」
食卓に笑い声が満ちている。親子三人の温かな空気感に触れていると、胸が締め付けられるような思いが湧き上がってくる。
「ヴィー?」
最初に気付いたのは向かい側にいたロータスだ。ロータスの声を受けて、隣のマグノリアもヴィクトリアに目を向ける。
両親に挟まれるようにお誕生日席にいるカナリアも、ヴィクトリアを見て驚き、「お姉ちゃん泣かないで」と悲しそうな声を上げた。
「ごめんなさい…… 昨日は大丈夫だったんだけど……」
両親と食卓を囲んだという思い出がヴィクトリアにはない。
シドは結局実の父親ではなかったが、幼い頃はそれでも父だと思っていた。幼少期にシドがヴィクトリアを顧みることは一度もなかった。
母といる時だけは家族の愛情を感じられたが、その母ももうこの世にはいない。
「こんな温かい食卓があるだなんて、しばらく忘れていたから」
ヴィクトリアは母が死んでから、食事はほとんど一人で食べていた。
マグノリアが卓上に用意していたナプキンでヴィクトリアの涙を拭ってくれる。
「ヴィー、あなたさえよければ、ずっとここにいていいんだからね」
「そうだぞ、俺たちはもう全員家族みたいなものじゃないか。なあ、カナ?」
「うん! お姉ちゃんはカナのお姉ちゃんだよ!」
「……ありがとう」
涙を拭いて顔を上げると、皆が優しい眼差しを向けていた。泣いてしまったのが少し恥ずかしくて笑うと、彼らも笑ってくれた。
食卓を温かな空気が包み込む。
ロータスとマグノリアは獣人と人間。本来ならば対立する存在同士が夫婦に――――番になって仲良く暮らしている。
(私もレインとこんな風に一緒に生きていきたい……)
******
ロータスは、ヴィクトリアが落ち着きを取り戻した様子で食事を再開したのを見届けてから、穏やかな笑みを浮かべて、折り畳まれていた新聞を広げ――――――
「えっ?」
見出しに書かれていた文字を見たロータスは、驚きに目を見開き、深刻そうな声を上げた。
「どうしたの?」
マグノリアが声をかけるが、ロータスは青褪めた顔のまま反応を返さない。
「ロイ?」
マグノリアが訝しんだ声を上げると、ロータスはようやく新聞から顔を上げた。
「こ、これ……」
それまで見ていた紙面をマグノリアに見せる。
新聞を見たマグノリアの顔にさっと緊張が走った。ヴィクトリアも紙面を覗き込んで絶句している。
新聞には、本日昼過ぎのシドの公開処刑において、シドの娘・ナディアも共に処刑される旨が記されていた。
リビングに行くと既にカナリアが起きていて、テーブルの前の子供用の小さな椅子に座って牛乳を飲んでいた。マグノリアはまだ起きていないようだ。
勧められるままヴィクトリアもテーブルについたが、ロータスはまだ狼狽えている。
「な、何か飲むか?」
ぎこちない笑みを向けられてヴィクトリアは顔を隠すように俯いた後、突然吹き出した。
「え? ヴィー?」
「ごめんなさい、ちょっとそのエプロンが……」
ロータスが身につけているのは女性用の花柄エプロンで、ついでのように白いレースのヒラヒラまで付いている。シドの顔とそのエプロンがありえない組み合わせすぎて、笑いが込み上げてきてしまった。
少し場の空間が和む。ロータスがほっとしたような顔になる。
「ごめんな、変な匂い嗅がせて。すぐにマグを起こして魔法をかけ直してもらうから」
「驚いたけど気にしてないから大丈夫よ。二人は夫婦なんだし…… どうして魔法が解けたの?」
マグノリアは寝室に元々の匂いがわからなくなるような魔法をかけていたようだ。それが朝になったら効かなくなっていたのは、ヴィクトリアが寝ている間に魔法が解けてしまったからなのだろう。
「その…… マグがちょっと気絶しちゃって」
「気絶?」
「普通に寝てるだけなら魔法は解けないけど、何かの理由で気絶したりすると魔法は解けてしまうんだ」
(そういえば昔読んだ魔法書にそんなことが書いてあったかもしれないわ)
魔法使いは普通に気絶する以外にも、魔法を使いすぎて魔力が枯渇しても気絶するらしく、それでも魔法は解けてしまう。
「おはよう…… ごめんね、寝坊しちゃったわ」
ほどなくリビングにマグノリアが現れた。マグノリアは昨夜寝る前は金髪茶眼の姿だったが、今は本来の黒髪黒眼に戻っている。
朝すっきりと目覚められないと言っていたが、確かに顔色は悪くないものの、少し気怠そうだった。
「おはようマグ」
対するロータスは完全にすっきりとした爽やかな笑顔を向けている。
「いいんだよ、今朝は俺が全部やるから。ささ、座って」
ロータスは上機嫌でにこにこしながらテーブルの椅子を引いてマグノリアを座らせようとするが、マグノリアはその前に姿変えの魔法を使い、ロータスを黒髪黒眼に、自身を金髪茶眼の姿に変えた。
極力正体がばれないように、魔法が使える時はできる限り魔法をかけておくそうだ。
ロータスは魚のソテーや卵焼きやスープを皿に盛り付けて配膳していく。マグノリアにはパンもついていた。
「じゃあ頂こうか」
ロータスとマグノリアはナイフとフォークを使っているが、ヴィクトリアは予め食べやすく切ってもらったものをフォークを使って食べていた。
ナイフはまだ難しいのでとりあえずはフォークで口元まで運ぶ練習からだ。
「ヴィー、味はどうだ? スープは昨日の残りだけど、魚と卵は俺が焼いたんだ。塩振って焼いただけだけど」
斜め正面にいるロータスに尋ねられる。
「とても美味しいわ。ありがとう」
「ロイって家事もやってくれるから助かるのよ。私あなたと一緒になれて本当に良かったと思っているわ」
「うん! パパすごい! 天才!」
「うわー、褒めても何も出ないぞ」
食卓に笑い声が満ちている。親子三人の温かな空気感に触れていると、胸が締め付けられるような思いが湧き上がってくる。
「ヴィー?」
最初に気付いたのは向かい側にいたロータスだ。ロータスの声を受けて、隣のマグノリアもヴィクトリアに目を向ける。
両親に挟まれるようにお誕生日席にいるカナリアも、ヴィクトリアを見て驚き、「お姉ちゃん泣かないで」と悲しそうな声を上げた。
「ごめんなさい…… 昨日は大丈夫だったんだけど……」
両親と食卓を囲んだという思い出がヴィクトリアにはない。
シドは結局実の父親ではなかったが、幼い頃はそれでも父だと思っていた。幼少期にシドがヴィクトリアを顧みることは一度もなかった。
母といる時だけは家族の愛情を感じられたが、その母ももうこの世にはいない。
「こんな温かい食卓があるだなんて、しばらく忘れていたから」
ヴィクトリアは母が死んでから、食事はほとんど一人で食べていた。
マグノリアが卓上に用意していたナプキンでヴィクトリアの涙を拭ってくれる。
「ヴィー、あなたさえよければ、ずっとここにいていいんだからね」
「そうだぞ、俺たちはもう全員家族みたいなものじゃないか。なあ、カナ?」
「うん! お姉ちゃんはカナのお姉ちゃんだよ!」
「……ありがとう」
涙を拭いて顔を上げると、皆が優しい眼差しを向けていた。泣いてしまったのが少し恥ずかしくて笑うと、彼らも笑ってくれた。
食卓を温かな空気が包み込む。
ロータスとマグノリアは獣人と人間。本来ならば対立する存在同士が夫婦に――――番になって仲良く暮らしている。
(私もレインとこんな風に一緒に生きていきたい……)
******
ロータスは、ヴィクトリアが落ち着きを取り戻した様子で食事を再開したのを見届けてから、穏やかな笑みを浮かべて、折り畳まれていた新聞を広げ――――――
「えっ?」
見出しに書かれていた文字を見たロータスは、驚きに目を見開き、深刻そうな声を上げた。
「どうしたの?」
マグノリアが声をかけるが、ロータスは青褪めた顔のまま反応を返さない。
「ロイ?」
マグノリアが訝しんだ声を上げると、ロータスはようやく新聞から顔を上げた。
「こ、これ……」
それまで見ていた紙面をマグノリアに見せる。
新聞を見たマグノリアの顔にさっと緊張が走った。ヴィクトリアも紙面を覗き込んで絶句している。
新聞には、本日昼過ぎのシドの公開処刑において、シドの娘・ナディアも共に処刑される旨が記されていた。
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