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レインハッピーエンド 愛憎を超えて

1 禊 ―みそぎ―(ヴィクトリア視点→レイン視点)

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レインハッピーエンドです

冒頭からキツイ展開ですがハッピーエンドになっていきますm(_ _)m

***

 レインはヴィクトリアの心臓目掛けて、打突だとつを打ち込んだ。

 レインの剣がヴィクトリアの胸に突き立てられて、ヴィクトリアの視界を赤い飛沫が舞う。

 ヴィクトリアは貫かれた衝撃でよろめいたが、たたらを踏んだのみで、倒れることはなかった。

 ヴィクトリアが刺された瞬間から、ゼウスたちへの氷攻撃は止んでいた。

 ヴィクトリアの胸には血濡れの剣が突き刺さっている。

「ヴィクトリア…………」

 レインは剣を抜かずに柄を握ったまま、こちらを悲痛な表情で見つめて号泣していた。

 ヴィクトリアはレインを茫然と見つめ返した。

 自分にとって唯一の存在である、愛するレインに胸を刺されたのだと理解するのに、数拍の時間が必要だった。

 理解した瞬間、様々な苦しみを恨みに転嫁させて殺意に塗れていた頭の中に、空白が生まれる。

 次いで訪れたのは、途方もない衝撃と悲しみだった。なぜか身体の痛みは全く感じないが、心が痛い。

 しかしその衝撃により、ヴィクトリアは期せずして正気に戻った。

(レインが、私を、殺そうと…………)

 悲しみが胸を埋め尽くす。悲しくて悲しくて、胸がぐちゃぐちゃになって潰れて裂けて壊れそうだった。

 やりきれない思いに支配されながらも、我に返ったヴィクトリアは、レインが自分を刺した理由は理解した。

 ヴィクトリアがレインの大切な人を殺そうとしたからだ。

 レインは最初ヴィクトリアを必死で止めようとしていた。「ゼウスは大切な人だから殺さないでほしい」とも言っていた。怒りの感情に支配されたヴィクトリアが止まらないから、強硬手段に出たのだろう。

(レインは私たちのせいで大切な家族を失っているのに、私は、どうしてまた彼から奪おうとしたの…………)

 ナディアの死は悲しい。けれど、殺されたから殺し返すなんて、そんなことをずっと続けていたら、恨みの連鎖はいつまでたっても終わらない。

(何で、そんな当たり前のこと、わからなくなってたの、私…………)

 レインに再び裏切られたという思いと同時に、彼へのどうしようもない申し訳なさが押し寄せてくる。

 レインがヴィクトリアの胸から剣を引き抜くと、ごぼりと音を立ててヴィクトリアは血を吐き、傷口からもおびただしい鮮血が流れて落ちた。

 不思議と痛みは感じないが、ゆらりと身体が揺れて目の前が霞む。このままでは確実に死ぬと思ったヴィクトリアは、生まれて初めて治癒魔法を自分自身に使ってみようとして――――しかし、止めた。

(ここで生き長らえても、その後は?)

 レインはヴィクトリアを刺した。それは事実。愛してると言いながら、レインはヴィクトリアへの殺意があった。

 唯一の存在である番に憎まれて、この先どうやって生きていけというのか。

(――――死んで、償おう)

 ヴィクトリアは目を閉じた。このまま死んで、レインの家族を見殺しにしたことを彼に許されたかった。





******





「ヴィクトリア…………」

 痛みはないと言っていた通り、こちらを見つめるヴィクトリアの表情に苦痛の様子はないが、彼女の宝石のように美しすぎる水色の瞳は、途方もない悲しみで満ちていた。

 剣で刺し貫く直前まで、ヴィクトリアはレインに刺されるとは露程も思っていない様子だった。

 剣の柄を握るレインの手は小刻みに震えていた。

 レインはヴィクトリアを殺すつもりで胸を刺した。

 剣から伝わる感触は、自分が確かに最愛の女性ヴィクトリアを刺したのだと告げている。

 レインは嗚咽を漏らし激しく泣いた。ヴィクトリアを刺した瞬間から、自分が取り返しのつかないことをしたのだと感じた。

 胸を貫いている剣を引き抜くと、ヴィクトリアが大量の血を吐いた。

 このままではヴィクトリアは死ぬだろう。

 レインは握っていた血濡れの剣を取り落した。

 レインがヴィクトリアを殺すために使ったのは元々持っていた自分の剣で、親友アスターから譲り受けた剣は腰に差したままだ。

 レインはここぞという時にだけアスターの剣を使っていた。好きな女を殺すために使ったと知られたらアスターに殴られそうで、今回は使用を避けた。

 ヴィクトリアの身体がふらつき、彼女の澄んだ綺麗な水色の瞳が失意に沈むように閉じられる。

 直前までレインを見つめていたその瞳には悲しみの色も強かったが、レインにはヴィクトリアが正気を取り戻したように見えていた。
 レインが刺した瞬間から、既にヴィクトリアのゼウスたちへの攻撃は止んでいる。

 出血のためかヴィクトリアの顔色は青白く生気を失いかけていた。その場に倒れ込もうとするヴィクトリアを、レインは寸前でその腕に抱き止めた。

「一人では死なせない! 俺もすぐに行くから!」

 レインはヴィクトリアを抱きしめて号泣のままに叫んだ。

 ずっとヴィクトリアを追いかけて生きてきた。彼女を失ったら、自分が生きている理由はもうない。

 ヴィクトリアや、妹や、両親の待っている世界へ、自分も一緒に行きたかった。

「……だ……め…………」

 泣いていると、まだ生きているヴィクトリアが僅かに目を開けた。レインの腕を弱々しく掴みながら何かを訴えようとしているが、上手く言葉にならない。

『駄目よ、生きて』

 上手く話せないことを悟ったヴィクトリアが、彼女が初めて使うに違いない精神感応テレパシーでレインに語りかけてくる。
 
『あなたは生きて。あなたが私のことを覚えていてずっと生き続けてくれるなら、それでいいの――――』

 九番隊砦からヴィクトリアと逃げ出した時に自分が言った言葉をそのまま返されて、レインはハッとなる。

 あの時のレインは、自分が死んでもヴィクトリアが生き残ってくれればいいと、本当に思っていた。

『これで良かったの。あなたは何も悪くない』

 ヴィクトリアはレインの殺意を受け入れて、許してくれた。

 ボロボロと止め処無い涙がレインの頬を濡らす。

「ヴィクトリア! ヴィクトリア! 君はこんな俺でも許してくれるのか! どんな理由があれ俺は君を殺そうとしたのに! 俺は、俺は…………!」

 その先は言葉にならない。心のどこかで妹を見捨てたヴィクトリアへの憎しみは確かにあったが、同じようなことをしてしまった自分を、彼女は許してくれた。

(俺は、間違っていた――――――)

 ヴィクトリアを刺した手の感触は未だに残っている。ヴィクトリアを殺しかけたことで、心の奥底に眠っていた恨みが砕けて消える。

「ヴィクトリア! 死ぬな! ヴィクトリア!」

 呼びかけてもヴィクトリアはもう何も反応を返してくれなくなった。今度こそ完全に意識を失ってしまったらしいヴィクトリアの身体を、レインは掻き抱いた。
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