獣人姫は逃げまくる~箱入りな魔性獣人姫は初恋の人と初彼と幼馴染と義父に手籠めにされかかって逃げたけどそのうちの一人と番になりました~ R18

鈴田在可

文字の大きさ
上 下
124 / 220
『番の呪い』後編

96 男の影(ナディア視点)

しおりを挟む
 蒸気機関車が駅の構内に入り、ゆっくりと停車する。ここは首都から南に位置する主要な街の駅で、石炭の補給のために三十分ほど停車するらしい。

 ちょうど夕食時に差し掛かり他の乗客たちが食事を求めて構内の店に向かう中、ナディアは少し離れた場所にある厠へと向かう。

 周囲の目がないことを確認してから、ナディアは個室になっている男性用の厠へ入って鍵をかけた。一人用の厠の中は狭いが、便器の他に手洗い場と鏡があった。

 ナディアは鏡の前に映る中年男の姿を見て嘆息する。

(何だろうこのくたびれたおっさんは)

 中年の哀愁漂う猫背と光を失ったような濁った目に、たわんだ顎肉と腹の肉。しかも頭頂部に毛は全くなくて、日焼けした地肌が見えていた。

 マグノリアは、ナディアを十代の娘とは真逆の位置にいるような容姿にして、極力正体がわからないようにしたかったのかもしれない。

(でもそれにしたって、これはちょっと酷すぎじゃない?)

 マグノリアが意図してやってるならただの悪戯心なのかもしれないが、若干の悪意すら感じる。

(せめて髪の毛はフサフサにしてほしい)

「ねえマグ、聞こえる?」

 鞄から札を取り出して交信を試みる。声までおっさんのダミ声だ。

(中身は乙女なのに嫌になるわ)

 魔法にかかった直後は顔と頭の様子なんてわからなかったし、ナディアは自分の声が中年男性のガラガラ声になっているのはさすがに理解していたが、逃げるのが先決だったのであまり気にしていなかった。

『なあに?』

 やや間があって頭の中にマグノリアの声が響く。

「ちょっとこの姿なんとかならない? 銃騎士隊の目を欺くためなのはわかるけど、こんな冴えないおじさんの姿じゃなくても良くない?」

『そう? それはそれで可愛いと思うのに。家族のために身を粉にして一生懸命働く大黒柱感が表現できるような設定にしてみました』

「そういう設定はいいから」

『見た目がどうであろうと、中身がナディアという素敵な女の子であることに変わりはないわ。私はそれを伝えたかったのよ』

「何かもっともらしいことを言ってるけど、じゃあマグはもしロイ兄さんが将来ハゲデブで目が死んでるようなくたびれた中年に変わり果てても、兄さんに今と変わらない愛を捧げ続けることができるのね?」

『私はロイがどんな姿になろうと、ロイがロイで居続ける限り愛し抜けるわ。私はどちらかと言うとあの人の中身に惚れたのよ』

「へぇ……」

 ナディアは相槌を打ちながら、別のことを考えた。

「でも、中身が大事なのはわかってるけど、外見だってとても大事。外側が整っていればそれに引っ張られて沈んだ心だって上がっていくのよ」

『そういうことは確かにあるけど、ナディアはちょっと外見のことばかりにこだわりすぎてる気もするわ。

 でもまあ、そうね、今回はちょっとやりすぎたかもね。じゃあ、もっと違う感じにしてみるわね』

 鏡の前に立つナディアの姿が一瞬にして変わる。背がさらに伸びて、出ていた腹部は引っ込んで引き締まり、洒落た服を着込んだ金髪碧眼の若者へと早変わりした。

 年齢だけなら二十歳ほど若返っていて、顔付きもかなり整っている。

 けれどその姿を鏡で確認したナディアは、一瞬驚きに目を見張り顔を強張らせる。

「マグ、これは――――」

『大変! お肉が焦げちゃう!』

 料理中だったらしきマグノリアの声が聞えて、ナディアの声が阻まれた。

「マグ?」

『ごめんねナディア、ちょっと料理を失敗したけど魔法で戻したから大丈夫よ。何か言いかけてなかった?』

「あの、髪の毛と目の色は違う色にしてほ――――」

『あっ! カナ!』

 再びマグノリアが短く叫ぶ声がする。

「どうしたの? 大丈夫?」

『カナがコップで飲んでいたミルクを溢しちゃったの。掃除するからちょっと待ってて』

 一緒に暮らしていた頃、カナリアが何か失敗した時には、マグノリアは魔法を使わずに通常の方法で掃除をしたり、壊れたおもちゃはもう直せないと諭したりしていた。
 魔法で何でも簡単に元に戻ると思ってしまうと教育上良くないからだそうだ。

「ええ、わかったわ」

 しかし、しばらく待ってみても何も言ってこない。ナディアは蒸気機関車の発車時刻が気になり始めた。

『ナディア、待たせてごめんね。ええと、髪の毛と目の色を違う色―――― え? おしっこ? 今?』

 今度はカナリアの厠への付添いらしい。

『漏れそうって、もう少し早く言って! ごめんねナディア、もうちょっと待っ――』

「ううん、やっぱり大丈夫」

 マグノリアの言葉に被せるようにナディアはそう言った。

「もうすぐ列車の発車時刻なの。これに乗れなかったら今日中に次の列車があるかもわからないし、とりあえずさっきよりはマシだからこれでいいわ」

『ごめんね、また何かあったら言ってね』

「ええ、それじゃまた」

 マグノリアも急いでいる様子だったので、やり取りはそこで終わった。

 ナディアは札を鞄にしまい厠の個室から出ると、急ぎ足で蒸気機関車が止まっている場所まで戻った。

 途中で店に立ち寄り、座席で簡単に食べられそうなものを買ってから列車に乗り込み、ややあって出入り口の扉が閉まった。

(何とか間に合って良かった)

 列車の中はそれなりに人が乗っているが、ナディアが座った相向かいになっている座席には誰もいなかった。

 ナディアは購入した鶏肉が棒に刺さった軽食の包みを開けようとして、ふと、窓の外に目をやった。

 窓硝子には列車内の光を受けて、一人の青年の姿が写っていた。

 マグノリアの魔法で変えられた今のナディアの姿だが、青年は艶めく金色の髪と、良く晴れた青い空のような、とても澄んだ瞳の色をしている。

 青年の姿をしている自分を見るナディアの表情には、どこか悲しみが滲んでいた。硝子の中のナディアの背後には夜の闇が広がっていて、暗くて何も見えない。

 ナディアはなるべく窓の方を見ないようにしながら、包みの中の軽食を食べきった。

 列車に揺られて物憂げに考え込んでいると、そのうちに次の停車駅に止まった。今度は十分程度駅に留まってから発車するという。

 ナディアは立ち上がった。

 再び厠を見つけて、その中に飛び込んだ。鍵を閉めて、鞄の中から札を取り出す。

 ナディアはもう一度マグノリアを呼び出そうかとも思ったが、列車の停車時間は先程よりも短いし、今頃は向こうも夕食の時間だ。マグノリアも忙しくしているだろう。

(変装道具なら私だって持ってるし、銃騎士隊からはもう充分に逃げてきた………… もういいよね)

 ナディアは決別したはずの相手と似た姿でいることが耐えられなかった。

 魔力の込もった札を二つに破くと、途端に、ナディアは元の少女の姿に戻った。

 ナディアは鞄から長い黒髪のウィッグと眼鏡を取り出すと、手早く着けて変装してから厠を出た。

 急いで列車が停車している場所まで戻りながら、ナディアは札を破いたことでマグノリアと交信できなくなってしまったことに気が付いた。

 けれど、まあ後は何とかなるだろうとナディアは楽観的に考えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

獣人公爵のエスコート

ざっく
恋愛
デビューの日、城に着いたが、会場に入れてもらえず、別室に通されたフィディア。エスコート役が来ると言うが、心当たりがない。 将軍閣下は、番を見つけて興奮していた。すぐに他の男からの視線が無い場所へ、移動してもらうべく、副官に命令した。 軽いすれ違いです。 書籍化していただくことになりました!それに伴い、11月10日に削除いたします。

急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。

石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。 雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。 一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。 ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。 その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。 愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

オネエなエリート研究者がしつこすぎて困ってます!

まるい丸
恋愛
 獣人と人の割合が6対4という世界で暮らしているマリは25歳になり早く結婚せねばと焦っていた。しかし婚活は20連敗中。そんな連敗続きの彼女に1年前から猛アプローチしてくる国立研究所に勤めるエリート研究者がいた。けれどその人は癖アリで…… 「マリちゃんあたしがお嫁さんにしてあ・げ・る♡」 「早く結婚したいけどあなたとは嫌です!!」 「照れてないで素直になりなさい♡」  果たして彼女の婚活は成功するのか ※全5話完結 ※ムーンライトノベルズでも同タイトルで掲載しています、興味がありましたらそちらもご覧いただけると嬉しいです!

番が見つけられなかったので諦めて婚約したら、番を見つけてしまった。←今ここ。

三谷朱花
恋愛
息が止まる。 フィオーレがその表現を理解したのは、今日が初めてだった。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

二回目の異世界では見た目で勇者判定くらいました。ところで私は女です。逆ハー状態なのに獣に落とされた話。

吉瀬
恋愛
 10歳で異世界を訪れたカリン。元の世界に帰されたが、異世界に残した兄を止めるために16歳で再び異世界へ。  しかし、戻った場所は聖女召喚の儀の真っ最中。誤解が誤解を呼んで、男性しかなれない勇者見習いに認定されてしまいました。  ところで私は女です。  訳あり名門貴族(下僕)、イケメン義兄1(腹黒)、イケメン義兄2(薄幸器用貧乏)、関西弁(お人好し)に囲まれながら、何故か人外(可愛い)に落とされてしまった話。 √アンズ すぽいる様リクエストありがとうございました。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

処理中です...