121 / 220
『番の呪い』後編
93 『真眼』の魔法使い 2
しおりを挟む
ヴィクトリアはマリアに案内されて二階のリビングまで来ていた。
ヴィクトリアは聞きたいことがたくさんあったので、移動の途中で彼女に話しかけようとしたが、マリアは口を開きかけたヴィクトリアの唇に人差し指を押し当てて黙らせてしまった。
「誰かに聞かれるとまずい話が色々あるから、周りに誰もいない所に行ってからにしましょう」
ヴィクトリアが話そうとするのをやめた後もマリアは指でぷにぷにとヴィクトリアの唇の感触を確かめている。
何だろうと小首を傾げながら瞬きをしているヴィクトリアを見たマリアは、ふふふ、と妖しく笑ってから指を離した。
ヴィクトリアは促されてリビングにあったテーブルの椅子に座った。すると、隣の椅子を引いてカナリアが椅子によじ登ってくる。椅子に座ることに成功したカナリアはヴィクトリアを見てニコニコと笑っていた。
「お姉ちゃんすごく綺麗。お姫さまみたい」
ホットミルクを入れたカップをヴィクトリアの前に置きながら、それを聞いていたマリアが笑っている。
「あらあら、懐かれたわね。この子は美人が好きなのよ。誰に似たのかしら」
そう言いながらマリアはカナリアの身体を椅子から抱き上げると、少し離れた子供用の小さなテーブルの椅子に座らせた。
「ママはお姉ちゃんと大事な話があるから、カナはお絵描きやお遊びをして少し待っていてくれる?」
「うん!」
カナリアは素直に頷くと、テーブルの上にあったクレヨンを掴んで白い紙に絵を描き始めた。
マリアはヴィクトリアの正面の椅子に座った。
「ナディアからどこまで聞いてる?」
そう言いながらマリアは湯気の立つカップを手にして中のお茶を一口飲んだ。ヴィクトリアに用意した飲み物とマリアが自分用に用意した飲み物は中身が違う。
おそらくマリアはヴィクトリアが獣人であることを承知しているのだろう。
「あなたたち夫妻が以前ナディアを助けたということと、あなたが魔法使いであること。それから魔法使いのことは他言無用であること。あなたたちの命がかかっているからと。それくらいだわ」
ヴィクトリアの言葉を受けてマリアは大きく頷いた。
「そうね。私が魔法使いであることは誰にも言わないでいてほしいの。私たち家族は私が魔法――――『真眼』という特殊能力を持っているせいで、以前殺されそうになったことがあるから」
「誰に?」
その問いかけに、マリアはすぐには答えなかった。視線を落とし何かを考え込む様子のマリアは、慎重に言葉を選ぶかのように少しの間を置いてから話し出した。
「言えないの。私とロイはある禁呪――古の魔法使いたちが禁断魔法と呼んでいた、術者が禁じた行為を行うと死んでしまう魔法がかけられているの。
禁を破れば私たちだけではなく術者までも死ぬようないわく付きの魔法よ。魔法じゃなくて呪いって言った方がいいかもしれないけど。
私とロイのどちらか一方でも相手のことを誰かに話したら私たちは死ぬ。
呪いにかかっているから話せないことがあると伝えること自体は大丈夫みたいだけど、詳しいことは何も教えてあげられないの。ごめんなさい」
「それは…… 大変な目に遭ったのね」
ヴィクトリアは子供まで儲けて幸せそうなこの夫妻がそんなものを背負っていたことに驚く。それから、禁断魔法という存在にも。
里にいたころ何冊か魔法書に触れたことはあるが、禁断魔法というものがあることは今知った。
「話せる範囲で構わないのだけど、魔法使いというのは世の中にたくさんいるの?」
銃騎士隊が抱えている魔法使いの規模がヴィクトリアは気になっていた。
「魔法使いなんて存在するはずがないというのがこの世界の常識だけど、それは間違い。私のような存在は確実にいるわ。
だけどそのことが広まらないのは魔法使いの数が極端に少ないからなのよ。存在を隠そうと思えば隠し通せて、秘密が広まることがないくらいには少ない」
ヴィクトリアは銃騎士隊に所属している魔法使いは最低五人はいるだろうと推測していたが、もしかしたらそれが最大値なのかもしれない。
「大昔は魔法使いの存在も広く認知されていたらしいけどね。彼らは次第に自分たちの存在を隠すようになっていったみたい。
魔法使いの素養は遺伝するようだけど、魔力が発現しないまま終わる者の方が圧倒的よ。魔法使いの力が使えることは奇跡に近いわ。
私も実家の家族で魔法が使えたのは私以外誰もいないし、ご先祖様にそんな人がいたという話も聞かない。ただ、ご先祖様の方は隠していたということも考えられるけど」
マリアはそう言って、絵を描いているカナリアを指差した。
「カナの絵を見て」
カナリアを見ると、彼女はこちらを向いていた。視線が合うと彼女はまたニコニコと嬉しそうに笑った。
カナリアは白い紙に二人の人物を書いていた。丸と線を繋いだだけの拙い絵だが、人を描いているのはわかる。
「カナ、誰を描いているの?」
「こっちがママで、こっちがお姉ちゃん」
マリアが尋ねると、カナリアは黒いクレヨンで髪の毛と目を描いた人物をママだと指し、灰色のクレヨンで髪の毛を描き、水色のクレヨンで目を描いた人物の絵をヴィクトリアだと言って指した。
「私の今の姿は姿変えの魔法で本当の姿ではないの。だけどあの子は…… 『真眼』の力を受け継いでしまったあの子には、私の本来の姿が見えているのよ。
私は本当は黒髪に黒眼なの。『真眼』はまやかしを打ち破って真実を見極められる魔法使いの能力の一つよ。
普通、魔法は先に発動した力の方が優先で、後から術者以外がその魔法を無効化することはできない。でも『真眼』は全ての真実を見抜くことができる。
『真眼』の力を持っているのは世界でおそらく私とカナだけ。カナは『真眼』以外の魔法はまだ使えないけれど、そのうち使えるようになってしまうでしょうね」
マリアは魔法なんて使えない方がいいというような口振りだった。
「魔力なんて滅多には発現しないのだけれど、私とロイの組み合わせだと子供に魔力が宿りやすいのかもしれないわ。一人しかいないからまだ何とも言えないけど」
「そうなのね」
「……ねえ、ロイと会って、何か感じることはない?」
今度はヴィクトリアが逆に尋ねられたが、マグノリアの質問の意図が、ヴィクトリアはわからない。
「ロイって彼の本当の名前じゃないのよ。私たちは二人とも偽名を使っているの。彼の本当の名前は、ロータス」
その名を聞いてヴィクトリアははっとした。ロータスという名前に聞き覚えがあったからだ。
脳裏に浮かぶのは赤髪の少年。
ロータスは、リュージュの育ての兄だ。
ヴィクトリアは聞きたいことがたくさんあったので、移動の途中で彼女に話しかけようとしたが、マリアは口を開きかけたヴィクトリアの唇に人差し指を押し当てて黙らせてしまった。
「誰かに聞かれるとまずい話が色々あるから、周りに誰もいない所に行ってからにしましょう」
ヴィクトリアが話そうとするのをやめた後もマリアは指でぷにぷにとヴィクトリアの唇の感触を確かめている。
何だろうと小首を傾げながら瞬きをしているヴィクトリアを見たマリアは、ふふふ、と妖しく笑ってから指を離した。
ヴィクトリアは促されてリビングにあったテーブルの椅子に座った。すると、隣の椅子を引いてカナリアが椅子によじ登ってくる。椅子に座ることに成功したカナリアはヴィクトリアを見てニコニコと笑っていた。
「お姉ちゃんすごく綺麗。お姫さまみたい」
ホットミルクを入れたカップをヴィクトリアの前に置きながら、それを聞いていたマリアが笑っている。
「あらあら、懐かれたわね。この子は美人が好きなのよ。誰に似たのかしら」
そう言いながらマリアはカナリアの身体を椅子から抱き上げると、少し離れた子供用の小さなテーブルの椅子に座らせた。
「ママはお姉ちゃんと大事な話があるから、カナはお絵描きやお遊びをして少し待っていてくれる?」
「うん!」
カナリアは素直に頷くと、テーブルの上にあったクレヨンを掴んで白い紙に絵を描き始めた。
マリアはヴィクトリアの正面の椅子に座った。
「ナディアからどこまで聞いてる?」
そう言いながらマリアは湯気の立つカップを手にして中のお茶を一口飲んだ。ヴィクトリアに用意した飲み物とマリアが自分用に用意した飲み物は中身が違う。
おそらくマリアはヴィクトリアが獣人であることを承知しているのだろう。
「あなたたち夫妻が以前ナディアを助けたということと、あなたが魔法使いであること。それから魔法使いのことは他言無用であること。あなたたちの命がかかっているからと。それくらいだわ」
ヴィクトリアの言葉を受けてマリアは大きく頷いた。
「そうね。私が魔法使いであることは誰にも言わないでいてほしいの。私たち家族は私が魔法――――『真眼』という特殊能力を持っているせいで、以前殺されそうになったことがあるから」
「誰に?」
その問いかけに、マリアはすぐには答えなかった。視線を落とし何かを考え込む様子のマリアは、慎重に言葉を選ぶかのように少しの間を置いてから話し出した。
「言えないの。私とロイはある禁呪――古の魔法使いたちが禁断魔法と呼んでいた、術者が禁じた行為を行うと死んでしまう魔法がかけられているの。
禁を破れば私たちだけではなく術者までも死ぬようないわく付きの魔法よ。魔法じゃなくて呪いって言った方がいいかもしれないけど。
私とロイのどちらか一方でも相手のことを誰かに話したら私たちは死ぬ。
呪いにかかっているから話せないことがあると伝えること自体は大丈夫みたいだけど、詳しいことは何も教えてあげられないの。ごめんなさい」
「それは…… 大変な目に遭ったのね」
ヴィクトリアは子供まで儲けて幸せそうなこの夫妻がそんなものを背負っていたことに驚く。それから、禁断魔法という存在にも。
里にいたころ何冊か魔法書に触れたことはあるが、禁断魔法というものがあることは今知った。
「話せる範囲で構わないのだけど、魔法使いというのは世の中にたくさんいるの?」
銃騎士隊が抱えている魔法使いの規模がヴィクトリアは気になっていた。
「魔法使いなんて存在するはずがないというのがこの世界の常識だけど、それは間違い。私のような存在は確実にいるわ。
だけどそのことが広まらないのは魔法使いの数が極端に少ないからなのよ。存在を隠そうと思えば隠し通せて、秘密が広まることがないくらいには少ない」
ヴィクトリアは銃騎士隊に所属している魔法使いは最低五人はいるだろうと推測していたが、もしかしたらそれが最大値なのかもしれない。
「大昔は魔法使いの存在も広く認知されていたらしいけどね。彼らは次第に自分たちの存在を隠すようになっていったみたい。
魔法使いの素養は遺伝するようだけど、魔力が発現しないまま終わる者の方が圧倒的よ。魔法使いの力が使えることは奇跡に近いわ。
私も実家の家族で魔法が使えたのは私以外誰もいないし、ご先祖様にそんな人がいたという話も聞かない。ただ、ご先祖様の方は隠していたということも考えられるけど」
マリアはそう言って、絵を描いているカナリアを指差した。
「カナの絵を見て」
カナリアを見ると、彼女はこちらを向いていた。視線が合うと彼女はまたニコニコと嬉しそうに笑った。
カナリアは白い紙に二人の人物を書いていた。丸と線を繋いだだけの拙い絵だが、人を描いているのはわかる。
「カナ、誰を描いているの?」
「こっちがママで、こっちがお姉ちゃん」
マリアが尋ねると、カナリアは黒いクレヨンで髪の毛と目を描いた人物をママだと指し、灰色のクレヨンで髪の毛を描き、水色のクレヨンで目を描いた人物の絵をヴィクトリアだと言って指した。
「私の今の姿は姿変えの魔法で本当の姿ではないの。だけどあの子は…… 『真眼』の力を受け継いでしまったあの子には、私の本来の姿が見えているのよ。
私は本当は黒髪に黒眼なの。『真眼』はまやかしを打ち破って真実を見極められる魔法使いの能力の一つよ。
普通、魔法は先に発動した力の方が優先で、後から術者以外がその魔法を無効化することはできない。でも『真眼』は全ての真実を見抜くことができる。
『真眼』の力を持っているのは世界でおそらく私とカナだけ。カナは『真眼』以外の魔法はまだ使えないけれど、そのうち使えるようになってしまうでしょうね」
マリアは魔法なんて使えない方がいいというような口振りだった。
「魔力なんて滅多には発現しないのだけれど、私とロイの組み合わせだと子供に魔力が宿りやすいのかもしれないわ。一人しかいないからまだ何とも言えないけど」
「そうなのね」
「……ねえ、ロイと会って、何か感じることはない?」
今度はヴィクトリアが逆に尋ねられたが、マグノリアの質問の意図が、ヴィクトリアはわからない。
「ロイって彼の本当の名前じゃないのよ。私たちは二人とも偽名を使っているの。彼の本当の名前は、ロータス」
その名を聞いてヴィクトリアははっとした。ロータスという名前に聞き覚えがあったからだ。
脳裏に浮かぶのは赤髪の少年。
ロータスは、リュージュの育ての兄だ。
0
お気に入りに追加
140
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない
斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。
襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……!
この人本当に旦那さま?
って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
Catch hold of your Love
天野斜己
恋愛
入社してからずっと片思いしていた男性(ひと)には、彼にお似合いの婚約者がいらっしゃる。あたしもそろそろ不毛な片思いから卒業して、親戚のオバサマの勧めるお見合いなんぞしてみようかな、うん、そうしよう。
決心して、お見合いに臨もうとしていた矢先。
当の上司から、よりにもよって職場で押し倒された。
なぜだ!?
あの美しいオジョーサマは、どーするの!?
※2016年01月08日 完結済。
オネエなエリート研究者がしつこすぎて困ってます!
まるい丸
恋愛
獣人と人の割合が6対4という世界で暮らしているマリは25歳になり早く結婚せねばと焦っていた。しかし婚活は20連敗中。そんな連敗続きの彼女に1年前から猛アプローチしてくる国立研究所に勤めるエリート研究者がいた。けれどその人は癖アリで……
「マリちゃんあたしがお嫁さんにしてあ・げ・る♡」
「早く結婚したいけどあなたとは嫌です!!」
「照れてないで素直になりなさい♡」
果たして彼女の婚活は成功するのか
※全5話完結
※ムーンライトノベルズでも同タイトルで掲載しています、興味がありましたらそちらもご覧いただけると嬉しいです!
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる