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『番の呪い』後編
87 見守る男
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シリウス(オリオン)視点
***
レインが看護師にギプスを外してもらっている間、シリウスはヴィクトリアの居場所を捜索することになった。シドの移送が始まるまであまり時間が無い。シリウスは瞬間移動を繰り返して里まで向かったが……
シリウスはなかなかレインの元に戻れなかった。ヴィクトリアが里にいなかったからだ。
シリウスが病室に戻ってくると、すぐさまレインが心配そうな顔でどうだった? と聞いてくる。
「ええと…… 最終的には発見したんだけどさ……」
シリウスはレインの目を見ないし歯切れが悪い。
「どうしたんだ! ヴィクトリアに何かあったのか? ヴィクトリアは無事か? 今どこにいるんだ!」
シリウスはレインに肩を掴まれてガクガクと激しく揺さぶられた。
里に様子を探りに行ったシリウスは知ってしまった。
ヴィクトリアはリュージュと関係を持つ一歩手前まで行っていた。番にこそはなっていなかったが、まさかそんなことになっているとは思わなかった。
それから事あるごとにヴィクトリアを遠くから舐めるように見ていた吸血幼馴染からも襲われていた。
(レインの心配が当たっていた)
それをこの男に話すべきかどうか。
(…………いや、余計錯乱しそうだ。やめとこ)
「いやいやいや、無事だったよ。姫さんはやっぱり里に一回帰っていたけど、お前に会うために里を出ていたよ。いやー、姫さんが移動した道程を辿るのにちょっと魔力を使いすぎて疲れたなあ、アハハ」
自分が動揺しているのは疲れのせいだと誤魔化す。
「ヴィクトリアが俺に会いたがっているのか?!」
(良かった。違う所に食い付いた)
シリウスはほっと息を吐き出した。
「それで、ヴィクトリアは今どこに?」
「姫さんはこの街まで戻って来ていたよ。里まで行ったのに灯台下暗しだったな。今は第二駐在所の近くにある公園の噴水の所に一人で座ってる」
レインはシリウスの肩から手を離し病室から飛び出そうとする。
「待て! レイン!」
シリウスは声を張り上げてレインを呼び止めた。
聞いておかなければならないことがあったのを忘れていた。
「お前、昨日姫さんを襲った時に彼女の怒りを買って氷漬けにされなかったか?」
「氷漬け?」
レインは首を捻っている。何のことだかわからない様子だ。
「急所を蹴られて凍り付かなかったか?」
「ああ、是非触ってほしかったが、残念なことにそこまではいかなかった」
もしこの変態発言を聞いていたら、ヴィクトリアはレインを睨んで殴ろうとしていただろう。
シリウスはレインを見送った。レインが廊下を走る音が遠ざかって行く。
ヴィクトリアが里から逃げ出した日、シドが氷漬けになったあの魔法を使ったのが誰なのか、シリウスは気付いていた。
無論シリウスではない。シリウスは氷の魔法も使えなくはないが、魔法には相性があり自分の体質に合った魔法を使う方が魔力の消費が少なくて済む。シリウスは攻撃魔法が必要な時には雷の魔法を使うばかりだった。
(あの時、あの氷魔法を出したのは、ヴィクトリアでほぼ間違いない。
彼女は魔力持ちだ)
シリウスは長年里に潜入し続けていたが、ヴィクトリアが魔法を使えることには全く気付いていなかった。
このことはおそらくシリウス以外は誰も気付いていない。ヴィクトリア本人でさえも。彼女が魔法を使えたのはあの時だけなのだろう。
九番隊砦でシドを捕まえた後に小屋でヴィクトリアと対面した時、シドの様子を伝えるために彼女の額に触れながら、シリウスはさりげなく彼女の身体に魔力が流れているかどうかを確認していた。
そして、ほんの微かにだが、魔力の流れを感じ取っていた。
集中して注意深く探らなければ気付かないほどの微量なものだったが、ヴィクトリアは間違いなく魔力を保持している。
魔法使いはこの世に数えるほどしか存在しない。
滅多に出現しないためにその存在は忘れられており、近年「『真眼』の魔法使い」が現れたことで摩訶不思議な現象を信じる者も出てきたが、それでもそんなものはお伽噺の世界の話だと言う者の方が圧倒的に多い。シリウスたちも自分たちの能力は隠して生きている。
魔法だなんて便利なものがあるとわかれば搾取され続けるのは目に見えているからだ。
シリウスはヴィクトリアが魔法を使えるかもしれないことを上に報告していない。兄にすら話していなかった。
もしもこのことが「あの人」の耳に入ったら、ヴィクトリアの身が危険に晒される可能性がある。
ヴィクトリアを手駒にしようとするならそれでもいい。しかし、シリウスはもう一つの可能性の方をより強く感じてしまう。
かつて、『真眼』の魔法使いを狩ろうとしたように、「あの人」はヴィクトリアを生かしはしないのではないかという思いが。
そんなことをさせるわけにはいかない。シリウスはレインに幸せになってほしいと思っていたが、同じくらいヴィクトリアにも幸せになってほしいと思っている。
シリウスは里に潜入しながら、ずっとヴィクトリアのことを見守ってきた。
潜入している間、シドや他の獣人に酷い目に遭わされる者たちを何人も見てきた。その全員を助けることは実質的には不可能だった。
シリウスはたった一人で敵地に侵入しており、もしおかしな行動をシドに見咎められて諜報員であることに気付かれれば、自分の命が危ぶまれた。窮地に陥った誰かを助けることもあったが、それは自分の身に危険が及ぼない範囲においてのみだった。
けれど、ヴィクトリアのことだけは違った。シリウスは自身が手を出さずとも事態が収まるかどうかを見極めながら、ヴィクトリアがどうにもならない時は何としてでも彼女を助けようと決めていた。
それは、ヴィクトリアを必ず守ってほしいとレインにずっと強く頼まれ続けていたからだった。シリウスは友の願いを叶えたかった。
本当のことを知ったレインがそれでも自分のことを友だと思ってくれるかどうかは微妙だったが、シリウスにとってレインは友だった。
時々向こう見ずで突っ走ってしまうが、レインの直情的で苛烈な所もシリウスは嫌いではなかった。
ヴィクトリアが、屋上でシドに犯されそうになった時に、雷を落として助けたのはシリウスだった。
ヴィクトリアが里から出奔したあの夜に部屋でシド襲われていた時も、ここで助けに入ったら正体がバレて確実に自分の身が危うくなると知りつつ、これ以上は危険と判断した時点で彼女を助ける道を選んだ。
(結局、ヴィクトリアは自力で危機から抜け出せていたが……)
シリウスはあの日の夜を思い出す――――
あの時のシドの怒りは凄まじかった。
ヴィクトリアを逃がすために一人で立ち向かっていたリュージュに、こっそりと気付かれない程度に攻撃力や素早さが上がる魔法をかけながら、シリウスは里から離れていくヴィクトリアを「依り代」に追わせた。
シリウスが札を使って魔法で作り出した依り代は、闇夜に紛れやすい真っ黒な鴉だった。
依り代は札のままでも作用できるが、偵察や伝令のためには空を飛んで移動できる鳥の形を取ることが多い。依り代は生き物に似せた形を取っていても、魔力で動いているだけで生命体ではない。
シリウスが魔法を使いつつ気配が探れるのはかなり集中しても半径十キロ程度だ。依り代を使えば能力の限界を超えた距離でも魔法を発動させることが出来るが、たとえ依り代を使ったとしても、どこへ行ったのか見当もつかない相手を国中から探し出すことはなかなかに難しい。
自分たちの本来の目的を考えれば里に残ってシドの今後の動向を見張るのが最優先だが、ここでヴィクトリアを見失うわけにもいかなかった。
ヴィクトリアがいなければ、レインは救われない。絶対に失敗できない大事な場面だった。
シリウスはヴィクトリアを依り代で追いながら、事態の急変を別の依り代を使って銃騎士隊に連絡した。
それから、時々里への潜入を代わってもらうことのあったノエルを呼びつけた。
シリウスはノエルにヴィクトリアを追わせた依り代の位置を指示し、自分の代わりにヴィクトリアの行方を追うように頼んだ。そして、頃合いを見計らってレインとヴィクトリアを引き合せてやってほしいと頼んだ。
その時レインはヴィクトリアに会いたいと切望しながら、長い間会えていなかった。シドに捕まればヴィクトリアはどうなるかわからない。その前にどうしても会わせてやりたかった。
ヴィクトリアの行方をノエルに託したシリウスは、以降ずっとシドに張り付いていた。
シドがヴィクトリアを追って里を出た後も、ヴィクトリアの匂いを追えないように時々撹乱しつつ、銃騎士隊が九番隊砦でシドを捕縛できる準備が整うまで追跡を続けたのだった。
シリウスはレインが公園にいるヴィクトリアに会う為に病室から走り去った後、自分もそこに移動するべく転移魔法を使おうとしたが、魔法を発動させる直前に何か白いものが病室の窓を横切ったことに気付いた。
(時間切れみたいだな)
その白いものは鳥――依り代だった。依り代は魔法使いから離れても作成者の魔法の効力が及ぶ範囲の起点となれる。本来の範囲よりは狭まるし時間と共に魔力が抜けていくので、あまりに長時間が経過するとただの紙切れになるという弱点はあるが、依り代はいわば魔法使いの分身だ。
(「あの人」が作り出す依り代は、自分とは、自分たちとは違う、真っ黒ではなくて真っ白なものだ……)
その白い鳥は窓の外の空中で留まりながら、シリウスをじっと見据えていた。
『シリウス、戻れ』
鈴の鳴るような低く美しい声がシリウスの頭の中だけに響く。依り代から発せられた精神感応だ。
「……わかってるよ、父さん」
シリウスはそう呟いた後、その場から一瞬にして姿を消した。
***
レインが看護師にギプスを外してもらっている間、シリウスはヴィクトリアの居場所を捜索することになった。シドの移送が始まるまであまり時間が無い。シリウスは瞬間移動を繰り返して里まで向かったが……
シリウスはなかなかレインの元に戻れなかった。ヴィクトリアが里にいなかったからだ。
シリウスが病室に戻ってくると、すぐさまレインが心配そうな顔でどうだった? と聞いてくる。
「ええと…… 最終的には発見したんだけどさ……」
シリウスはレインの目を見ないし歯切れが悪い。
「どうしたんだ! ヴィクトリアに何かあったのか? ヴィクトリアは無事か? 今どこにいるんだ!」
シリウスはレインに肩を掴まれてガクガクと激しく揺さぶられた。
里に様子を探りに行ったシリウスは知ってしまった。
ヴィクトリアはリュージュと関係を持つ一歩手前まで行っていた。番にこそはなっていなかったが、まさかそんなことになっているとは思わなかった。
それから事あるごとにヴィクトリアを遠くから舐めるように見ていた吸血幼馴染からも襲われていた。
(レインの心配が当たっていた)
それをこの男に話すべきかどうか。
(…………いや、余計錯乱しそうだ。やめとこ)
「いやいやいや、無事だったよ。姫さんはやっぱり里に一回帰っていたけど、お前に会うために里を出ていたよ。いやー、姫さんが移動した道程を辿るのにちょっと魔力を使いすぎて疲れたなあ、アハハ」
自分が動揺しているのは疲れのせいだと誤魔化す。
「ヴィクトリアが俺に会いたがっているのか?!」
(良かった。違う所に食い付いた)
シリウスはほっと息を吐き出した。
「それで、ヴィクトリアは今どこに?」
「姫さんはこの街まで戻って来ていたよ。里まで行ったのに灯台下暗しだったな。今は第二駐在所の近くにある公園の噴水の所に一人で座ってる」
レインはシリウスの肩から手を離し病室から飛び出そうとする。
「待て! レイン!」
シリウスは声を張り上げてレインを呼び止めた。
聞いておかなければならないことがあったのを忘れていた。
「お前、昨日姫さんを襲った時に彼女の怒りを買って氷漬けにされなかったか?」
「氷漬け?」
レインは首を捻っている。何のことだかわからない様子だ。
「急所を蹴られて凍り付かなかったか?」
「ああ、是非触ってほしかったが、残念なことにそこまではいかなかった」
もしこの変態発言を聞いていたら、ヴィクトリアはレインを睨んで殴ろうとしていただろう。
シリウスはレインを見送った。レインが廊下を走る音が遠ざかって行く。
ヴィクトリアが里から逃げ出した日、シドが氷漬けになったあの魔法を使ったのが誰なのか、シリウスは気付いていた。
無論シリウスではない。シリウスは氷の魔法も使えなくはないが、魔法には相性があり自分の体質に合った魔法を使う方が魔力の消費が少なくて済む。シリウスは攻撃魔法が必要な時には雷の魔法を使うばかりだった。
(あの時、あの氷魔法を出したのは、ヴィクトリアでほぼ間違いない。
彼女は魔力持ちだ)
シリウスは長年里に潜入し続けていたが、ヴィクトリアが魔法を使えることには全く気付いていなかった。
このことはおそらくシリウス以外は誰も気付いていない。ヴィクトリア本人でさえも。彼女が魔法を使えたのはあの時だけなのだろう。
九番隊砦でシドを捕まえた後に小屋でヴィクトリアと対面した時、シドの様子を伝えるために彼女の額に触れながら、シリウスはさりげなく彼女の身体に魔力が流れているかどうかを確認していた。
そして、ほんの微かにだが、魔力の流れを感じ取っていた。
集中して注意深く探らなければ気付かないほどの微量なものだったが、ヴィクトリアは間違いなく魔力を保持している。
魔法使いはこの世に数えるほどしか存在しない。
滅多に出現しないためにその存在は忘れられており、近年「『真眼』の魔法使い」が現れたことで摩訶不思議な現象を信じる者も出てきたが、それでもそんなものはお伽噺の世界の話だと言う者の方が圧倒的に多い。シリウスたちも自分たちの能力は隠して生きている。
魔法だなんて便利なものがあるとわかれば搾取され続けるのは目に見えているからだ。
シリウスはヴィクトリアが魔法を使えるかもしれないことを上に報告していない。兄にすら話していなかった。
もしもこのことが「あの人」の耳に入ったら、ヴィクトリアの身が危険に晒される可能性がある。
ヴィクトリアを手駒にしようとするならそれでもいい。しかし、シリウスはもう一つの可能性の方をより強く感じてしまう。
かつて、『真眼』の魔法使いを狩ろうとしたように、「あの人」はヴィクトリアを生かしはしないのではないかという思いが。
そんなことをさせるわけにはいかない。シリウスはレインに幸せになってほしいと思っていたが、同じくらいヴィクトリアにも幸せになってほしいと思っている。
シリウスは里に潜入しながら、ずっとヴィクトリアのことを見守ってきた。
潜入している間、シドや他の獣人に酷い目に遭わされる者たちを何人も見てきた。その全員を助けることは実質的には不可能だった。
シリウスはたった一人で敵地に侵入しており、もしおかしな行動をシドに見咎められて諜報員であることに気付かれれば、自分の命が危ぶまれた。窮地に陥った誰かを助けることもあったが、それは自分の身に危険が及ぼない範囲においてのみだった。
けれど、ヴィクトリアのことだけは違った。シリウスは自身が手を出さずとも事態が収まるかどうかを見極めながら、ヴィクトリアがどうにもならない時は何としてでも彼女を助けようと決めていた。
それは、ヴィクトリアを必ず守ってほしいとレインにずっと強く頼まれ続けていたからだった。シリウスは友の願いを叶えたかった。
本当のことを知ったレインがそれでも自分のことを友だと思ってくれるかどうかは微妙だったが、シリウスにとってレインは友だった。
時々向こう見ずで突っ走ってしまうが、レインの直情的で苛烈な所もシリウスは嫌いではなかった。
ヴィクトリアが、屋上でシドに犯されそうになった時に、雷を落として助けたのはシリウスだった。
ヴィクトリアが里から出奔したあの夜に部屋でシド襲われていた時も、ここで助けに入ったら正体がバレて確実に自分の身が危うくなると知りつつ、これ以上は危険と判断した時点で彼女を助ける道を選んだ。
(結局、ヴィクトリアは自力で危機から抜け出せていたが……)
シリウスはあの日の夜を思い出す――――
あの時のシドの怒りは凄まじかった。
ヴィクトリアを逃がすために一人で立ち向かっていたリュージュに、こっそりと気付かれない程度に攻撃力や素早さが上がる魔法をかけながら、シリウスは里から離れていくヴィクトリアを「依り代」に追わせた。
シリウスが札を使って魔法で作り出した依り代は、闇夜に紛れやすい真っ黒な鴉だった。
依り代は札のままでも作用できるが、偵察や伝令のためには空を飛んで移動できる鳥の形を取ることが多い。依り代は生き物に似せた形を取っていても、魔力で動いているだけで生命体ではない。
シリウスが魔法を使いつつ気配が探れるのはかなり集中しても半径十キロ程度だ。依り代を使えば能力の限界を超えた距離でも魔法を発動させることが出来るが、たとえ依り代を使ったとしても、どこへ行ったのか見当もつかない相手を国中から探し出すことはなかなかに難しい。
自分たちの本来の目的を考えれば里に残ってシドの今後の動向を見張るのが最優先だが、ここでヴィクトリアを見失うわけにもいかなかった。
ヴィクトリアがいなければ、レインは救われない。絶対に失敗できない大事な場面だった。
シリウスはヴィクトリアを依り代で追いながら、事態の急変を別の依り代を使って銃騎士隊に連絡した。
それから、時々里への潜入を代わってもらうことのあったノエルを呼びつけた。
シリウスはノエルにヴィクトリアを追わせた依り代の位置を指示し、自分の代わりにヴィクトリアの行方を追うように頼んだ。そして、頃合いを見計らってレインとヴィクトリアを引き合せてやってほしいと頼んだ。
その時レインはヴィクトリアに会いたいと切望しながら、長い間会えていなかった。シドに捕まればヴィクトリアはどうなるかわからない。その前にどうしても会わせてやりたかった。
ヴィクトリアの行方をノエルに託したシリウスは、以降ずっとシドに張り付いていた。
シドがヴィクトリアを追って里を出た後も、ヴィクトリアの匂いを追えないように時々撹乱しつつ、銃騎士隊が九番隊砦でシドを捕縛できる準備が整うまで追跡を続けたのだった。
シリウスはレインが公園にいるヴィクトリアに会う為に病室から走り去った後、自分もそこに移動するべく転移魔法を使おうとしたが、魔法を発動させる直前に何か白いものが病室の窓を横切ったことに気付いた。
(時間切れみたいだな)
その白いものは鳥――依り代だった。依り代は魔法使いから離れても作成者の魔法の効力が及ぶ範囲の起点となれる。本来の範囲よりは狭まるし時間と共に魔力が抜けていくので、あまりに長時間が経過するとただの紙切れになるという弱点はあるが、依り代はいわば魔法使いの分身だ。
(「あの人」が作り出す依り代は、自分とは、自分たちとは違う、真っ黒ではなくて真っ白なものだ……)
その白い鳥は窓の外の空中で留まりながら、シリウスをじっと見据えていた。
『シリウス、戻れ』
鈴の鳴るような低く美しい声がシリウスの頭の中だけに響く。依り代から発せられた精神感応だ。
「……わかってるよ、父さん」
シリウスはそう呟いた後、その場から一瞬にして姿を消した。
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