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対銃騎士隊編

32 シドに勝てる者

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 ヴィクトリアは目を覚ます。夢は見なかった。ただこんこんと眠り続けていたようだ。北側の窓の向こうが薄く青色に変わっている。黎明を迎えているようだが、小屋の中は依然薄暗い。

 ヴィクトリアが横たわる寝台のすぐ側に知らない少年が立っていた。髪も瞳の色も同じ茶色で、顔立ちは鋭くキリッとした印象のある同じ年くらいの少年だ。

 その人物は、ヴィクトリアが目を覚ましたのに気付くと彼女の顔を覗き込んできた。

「おはよう、姫さん」

 冷徹な印象を感じたのは一瞬で、少年が満面の笑みを浮かべると表情が一気に温かみを帯びた。

 至近距離に異性の笑顔があり、その衝撃で一気に覚醒したヴィクトリアは掛かっていた布団を跳ね除けて寝台から飛び降りた。足枷はそのままだがなぜか手枷が無くなっていたので普段と同じように動けた。警戒するように距離を取ろうとするが、少年はヴィクトリアが動くのと同じ速度で嬉々として彼女に張り付いてくる。

「姫さーん!」

「誰? 何? 何なの? 近くに寄らないで!」

 柵の内側を必死で逃げるヴィクトリアに対し、少年は彼女を見てニコニコと笑いながら追い付いているのでかなり余裕がありそうだ。少年からは人間の匂いがして獣人ではないようだが、なかなかの手練だ。

「酷いな姫さん、俺だよ俺、俺俺」

「あなたなんか知らないわ!」

「酷いよ、俺と姫さんの仲じゃないか。姫さぁぁぁん!」

 少年が腕を広げ締まりのない顔で抱きついてこようとするので、ヴィクトリアは悲鳴を上げた。しかし寸前でレインがヴィクトリアの目の前に立ちはだかって後ろ手に庇ったのと、ジュリアスが少年の襟首を掴んで止まらせた。

「浮かれるのはわかるがやりすぎだ、オリオン」

 ジュリアスが少年を窘める。少年はオリオンという名前らしい。

 寝起きに見知らぬ少年に追い掛け回されたせいで昨日の記憶が一部飛んでいたが、レインの背中を見て昨日起こった大変な出来事を思い出した。シドに見つかったのだ。ついでにレインにとんでもないことを口走った記憶も蘇ったが、その部分に関しては記憶が飛んだままでいてくれた方が良かった。

(むしろレインの記憶こそ飛んでいてくれないかしら)

 赤面ものの失態だが、今はそんな事よりもシドだ。神経を集中させて探れば敷地内の離れた所からシドの気配がする。シドは――――――昨日よりも怒り狂っている。ヴィクトリアはよろけてその場に蹲り、顔面蒼白になってぶるぶると震え出した。

 動いたのはオリオンだ。

「大丈夫だから、安心して」

 オリオンはレインとの間に割って入ると、ヴィクトリアの額に右手を置いた。途端、脳内にとある絵がはっきりと浮かび上がる。

 赤髪の男が壁や天井から伸びる数多の鎖で繋がれ吊るされている。鎖の全てに黄白色の光を放つ不可思議な帯が螺旋状に巻き付いていた。シドの顔下半分から顎にかけて鈍色をした金属製のマスクが覆っている。

 シドがおもむろに鎌首もたげた。赤い血のような瞳が強い殺意を持ってこちらを向く。ヴィクトリアの喉の奥からひっと悲鳴に成りきらない声が漏れた。

 目の前に浮かんでいた光景が消える。レインが眉根を寄せながらオリオンの腕を掴んでヴィクトリアから手を離させていた。

「今のは…… 夢?」

「いや、現実だ。シドを捕まえた」

 ヴィクトリアはそう話すオリオンを見つめて目を瞬かせた。

「今、何て言ったの?」

「シドを捕縛した。その場から一切動けないように封じ込めてある。姫さんにはもう指一本触れさせないから安心してくれ」

 ジュリアスはオリオンがヴィクトリアの額に手を置いた時からずっと、険しい顔をしている。

「オリオン……」

 呟いたジュリアスの口調は咎めるようなものだが、オリオンに悪びれた様子はない。

「いいだろ、俺の能力が少しくらいばれたって。姫さんは俺にとっては身内みたいなもんなんだよ。それで姫さんが安心してくれるなら安いもんだ」

 ヴィクトリアは混乱し、頼るような視線をジュリアスに向けた。

「オリオンが君に見せた光景は現実だ。俺たちはシドを捕まえた」

 ジュリアスがオリオンの言葉が真実であると後押しする。

 ジュリアスの身体からシドの匂いがする。この人は確かにシドと一戦交えている。なのに、ジュリアスに目立った怪我はない。隊服は所々破れたり汚れたりしているが、彼はシドに痛めつけられることなく生きている。

(そんな馬鹿な)

 こんな奇跡みたいなことが起こるのだろうか。

(まさかシドに勝てる者がいるだなんて)

 再び集中して気配を探ってみても、シドは怒ってはいるが同じ場所に留まったままだ。この距離ならシドはヴィクトリアの所在を把握しているはずだが、こちらに来る気配はない。

「シドの脅威は去った。もう怯えなくていい。君の苦しみは終わったんだ、ヴィクトリア」

 そう言って、美しい顔に極上の笑みを讃えるジュリアスを、ヴィクトリアは呆然と見上げていた。

(この人は、神か何かか?)
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