32 / 220
対銃騎士隊編
30 シドの襲来
しおりを挟む
小屋は南側に出口があり、嵌め殺しの窓は北と西側にある為、夕刻になると部屋全体に強い橙色が射し込む。
ヴィクトリアは少し早めの夕食を頂いた後、所在なく寝台に腰掛けていた。手足には白い部屋にいた時と同様に枷が嵌められている。ただ、足枷の鎖部分が長いものに交換されて、鉄格子の内側なら端から端まで移動可能になった。
シャワーが終わり程なくすると見張りの人数が増えた。鉄格子の前にジュリアスを含んで五名ほど。基本彼らが柵を越えて内側に入ってくることはない。
小屋の周囲からも銃騎士たちの気配がする。二十人くらいはいる。やはりヴィクトリア一人に対するには人数が多いように思うが気のせいか。
鉄格子の一部が四角く区切られて小窓のように開け締めできるようになっていて、小窓の下部はさらに平たく変形して鉄製の台のようになっている。食事は小窓を開けた状態でそこに置かれるので、自分で取りに行くことになっていた。
厠の時は小窓から拘束されている両腕を出して手枷のみ外してもらう。シャワー設備の横に厠部分があるのだが、目隠しはシャワー時にも使うカーテンを引くだけだ。恥ずかしいと言ったら、厠の時は小屋の中から全員外に出てくれることになった。
監視の目が緩む機会だが足枷はそのままなので、やはり両方外してもらえるシャワー時が狙い目だろう。
ヴィクトリアがどうやって逃げようか考えていると、その人物がやって来た。
小屋の入口を開けて入ってきたのは黒髪の銃騎士、レイン・グランフェル。彼は手に紙袋を抱えていた。
レインは整った面立ちをしていて、白い綺麗な肌に黒曜石の理知的な瞳が印象的だ。体躯はジュリアスと同じくらい長身ですらっとしているが、藍色の隊服の中に適度な筋肉がついているのがわかる。ジュリアスとレインが二人並ぶとどこぞの絵物語かと思う。ジュリアスが光り輝く王様なら、やや陰のあるレインは闇の国の王子様といったところか。そんな事を考えてしまうのは本の読みすぎかもしれない。
ヴィクトリアは寝台から立ち上がった。靴は逃走防止のため取り上げられてしまったので、素足で床をペタペタと歩いてレインの正面、鉄格子の近くに寄る。ヴィクトリアはレインの顔を見て何かを言おうと口を開きかけたが、結局何も言えない。
レインもヴィクトリアを見つめるが綺麗な顔は冷静なままで感情の揺らぎは一切無い。レインが隣のジュリアスに紙袋を渡した。ジュリアスが「自分で渡せば?」と言うが、レインは首を振る。
「はい、レインからの差し入れ」
鍵を解除し小窓を開けたジュリアスから紙袋を手渡される。中を覗くと女性ものの服が入っていた。真新しい着替えだ。
(助かるわ)
「素敵な服ね。ありがとう」
嬉しくなってつい綻んだ顔をレインに向けてお礼を言ったが、レインは口を硬く引き結んだまま何もしゃべらない。思えば彼は先程から一言も言葉を発していない。ヴィクトリアの表情が曇る。
「レインはちょっと無口な奴なんだ。あまり気にするな」
すかさずジュリアスから擁護の言葉をかけられた。
「え?」
周囲にいた一人の銃騎士から意を唱えるような声がした。
声を上げた銃騎士を見ると、彼は取り繕うように何度か咳払いをして視線を逸した。
ジュリアスが話題を変えるように口を開く。
「ヴィクトリア、俺は交代の時間だ。別の仕事も残っているから下がらないといけない。他の者も適宜交代していく。夜間の見張りはレインが責任者だから、何かあれば彼に言ってくれ」
「え、ええ……」
ヴィクトリアは戸惑いながらも頷いた。レインとはあまり意志の疎通が出来なさそうだが大丈夫だろうか。
ジュリアスが枷や鉄格子の鍵束をレインに渡した。レインは鍵束を腰のベルトに括り付ける。
ジュリアスが小屋から出て行こうとする。ヴィクトリアはレインと同じ空間に残されることが段々と不安になってきた。
行かないでと思いながらジュリアスを見つめていたので、彼の顔に緊張が走った瞬間をヴィクトリアは見逃さなかった。
「……来たな」
立ち止まっていたジュリアスがぼそりと呟く。これまで表情をほとんど変えてこなかったレインの顔が険しくなった。
ヴィクトリアもその意味がわかりガタガタと震え出した。遠くから微かに気配がする。
そして近付いてくる。
ジュリアスはヴィクトリアに向き直り、言葉を紡いだ。
「……来たようだ。シドが、君を連れ戻しに」
ヴィクトリアは死刑宣告を受けたような衝撃に一瞬気を失いかけた。立っていられなくなりその場に崩れ落ちる。周囲にも緊張が走った。
「全員揃っているのか?」
レインがジュリアスに鋭い声で問いかけた。
「万事整えてある。問題ない」
ジュリアスの目に宿るのは獰猛な光だった。ジュリアスが美しい顔に不敵な笑みを浮かべている。これまで目撃したことのない表情だ。
シドの襲来。
(これから恐ろしいことが起ころうとしている。なのに、この人は何故笑っているのだろう)
ジュリアスはその場にいたレイン以外の銃騎士全員を引き連れて、小屋から出ていった。
ヴィクトリアは少し早めの夕食を頂いた後、所在なく寝台に腰掛けていた。手足には白い部屋にいた時と同様に枷が嵌められている。ただ、足枷の鎖部分が長いものに交換されて、鉄格子の内側なら端から端まで移動可能になった。
シャワーが終わり程なくすると見張りの人数が増えた。鉄格子の前にジュリアスを含んで五名ほど。基本彼らが柵を越えて内側に入ってくることはない。
小屋の周囲からも銃騎士たちの気配がする。二十人くらいはいる。やはりヴィクトリア一人に対するには人数が多いように思うが気のせいか。
鉄格子の一部が四角く区切られて小窓のように開け締めできるようになっていて、小窓の下部はさらに平たく変形して鉄製の台のようになっている。食事は小窓を開けた状態でそこに置かれるので、自分で取りに行くことになっていた。
厠の時は小窓から拘束されている両腕を出して手枷のみ外してもらう。シャワー設備の横に厠部分があるのだが、目隠しはシャワー時にも使うカーテンを引くだけだ。恥ずかしいと言ったら、厠の時は小屋の中から全員外に出てくれることになった。
監視の目が緩む機会だが足枷はそのままなので、やはり両方外してもらえるシャワー時が狙い目だろう。
ヴィクトリアがどうやって逃げようか考えていると、その人物がやって来た。
小屋の入口を開けて入ってきたのは黒髪の銃騎士、レイン・グランフェル。彼は手に紙袋を抱えていた。
レインは整った面立ちをしていて、白い綺麗な肌に黒曜石の理知的な瞳が印象的だ。体躯はジュリアスと同じくらい長身ですらっとしているが、藍色の隊服の中に適度な筋肉がついているのがわかる。ジュリアスとレインが二人並ぶとどこぞの絵物語かと思う。ジュリアスが光り輝く王様なら、やや陰のあるレインは闇の国の王子様といったところか。そんな事を考えてしまうのは本の読みすぎかもしれない。
ヴィクトリアは寝台から立ち上がった。靴は逃走防止のため取り上げられてしまったので、素足で床をペタペタと歩いてレインの正面、鉄格子の近くに寄る。ヴィクトリアはレインの顔を見て何かを言おうと口を開きかけたが、結局何も言えない。
レインもヴィクトリアを見つめるが綺麗な顔は冷静なままで感情の揺らぎは一切無い。レインが隣のジュリアスに紙袋を渡した。ジュリアスが「自分で渡せば?」と言うが、レインは首を振る。
「はい、レインからの差し入れ」
鍵を解除し小窓を開けたジュリアスから紙袋を手渡される。中を覗くと女性ものの服が入っていた。真新しい着替えだ。
(助かるわ)
「素敵な服ね。ありがとう」
嬉しくなってつい綻んだ顔をレインに向けてお礼を言ったが、レインは口を硬く引き結んだまま何もしゃべらない。思えば彼は先程から一言も言葉を発していない。ヴィクトリアの表情が曇る。
「レインはちょっと無口な奴なんだ。あまり気にするな」
すかさずジュリアスから擁護の言葉をかけられた。
「え?」
周囲にいた一人の銃騎士から意を唱えるような声がした。
声を上げた銃騎士を見ると、彼は取り繕うように何度か咳払いをして視線を逸した。
ジュリアスが話題を変えるように口を開く。
「ヴィクトリア、俺は交代の時間だ。別の仕事も残っているから下がらないといけない。他の者も適宜交代していく。夜間の見張りはレインが責任者だから、何かあれば彼に言ってくれ」
「え、ええ……」
ヴィクトリアは戸惑いながらも頷いた。レインとはあまり意志の疎通が出来なさそうだが大丈夫だろうか。
ジュリアスが枷や鉄格子の鍵束をレインに渡した。レインは鍵束を腰のベルトに括り付ける。
ジュリアスが小屋から出て行こうとする。ヴィクトリアはレインと同じ空間に残されることが段々と不安になってきた。
行かないでと思いながらジュリアスを見つめていたので、彼の顔に緊張が走った瞬間をヴィクトリアは見逃さなかった。
「……来たな」
立ち止まっていたジュリアスがぼそりと呟く。これまで表情をほとんど変えてこなかったレインの顔が険しくなった。
ヴィクトリアもその意味がわかりガタガタと震え出した。遠くから微かに気配がする。
そして近付いてくる。
ジュリアスはヴィクトリアに向き直り、言葉を紡いだ。
「……来たようだ。シドが、君を連れ戻しに」
ヴィクトリアは死刑宣告を受けたような衝撃に一瞬気を失いかけた。立っていられなくなりその場に崩れ落ちる。周囲にも緊張が走った。
「全員揃っているのか?」
レインがジュリアスに鋭い声で問いかけた。
「万事整えてある。問題ない」
ジュリアスの目に宿るのは獰猛な光だった。ジュリアスが美しい顔に不敵な笑みを浮かべている。これまで目撃したことのない表情だ。
シドの襲来。
(これから恐ろしいことが起ころうとしている。なのに、この人は何故笑っているのだろう)
ジュリアスはその場にいたレイン以外の銃騎士全員を引き連れて、小屋から出ていった。
2
お気に入りに追加
143
あなたにおすすめの小説

番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。
急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。
石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。
雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。
一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。
ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。
その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。
愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。


私と運命の番との物語
星屑
恋愛
サーフィリア・ルナ・アイラックは前世の記憶を思い出した。だが、彼女が転生したのは乙女ゲームの悪役令嬢だった。しかもその悪役令嬢、ヒロインがどのルートを選んでも邪竜に殺されるという、破滅エンドしかない。
ーなんで死ぬ運命しかないの⁉︎どうしてタイプでも好きでもない王太子と婚約しなくてはならないの⁉︎誰か私の破滅エンドを打ち破るくらいの運命の人はいないの⁉︎ー
破滅エンドを回避し、永遠の愛を手に入れる。
前世では恋をしたことがなく、物語のような永遠の愛に憧れていた。
そんな彼女と恋をした人はまさかの……⁉︎
そんな2人がイチャイチャラブラブする物語。
*「私と運命の番との物語」の改稿版です。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい
棗
恋愛
婚約者には初恋の人がいる。
王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。
待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。
婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。
従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。
※なろうさんにも公開しています。
※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

【完結】番が見ているのでさようなら
堀 和三盆
恋愛
その視線に気が付いたのはいつ頃のことだっただろう。
焦がれるような。縋るような。睨みつけるような。
どこかから注がれる――番からのその視線。
俺は猫の獣人だ。
そして、その見た目の良さから獣人だけでなく人間からだってしょっちゅう告白をされる。いわゆるモテモテってやつだ。
だから女に困ったことはないし、生涯をたった一人に縛られるなんてバカみてえ。そんな風に思っていた。
なのに。
ある日、彼女の一人とのデート中にどこからかその視線を向けられた。正直、信じられなかった。急に体中が熱くなり、自分が興奮しているのが分かった。
しかし、感じるのは常に視線のみ。
コチラを見るだけで一向に姿を見せない番を無視し、俺は彼女達との逢瀬を楽しんだ――というよりは見せつけた。
……そうすることで番からの視線に変化が起きるから。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる