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レインバッドエンド 愛していると言わない男

13 眠る ✤✤

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「睡眠薬?」

 薬がほしいとレインに言うと、彼はかなり怪訝そうな顔をした。大量に摂取すると死ぬこともあるわけで、そんなものはあまり渡したくないとレインが考えているのは手に取るようにわかった。

「もう随分前から眠れないの。寝付きも悪いし、ようやく眠れても眠りは浅くて、夜中何度も目が覚めるのよ。ほら、目の下にすごい隈ができてるでしょう? 睡眠が不十分だから身体も疲れているみたいで、気力も沸かないし、この際薬でも何でもいいから、頼って寝たほうがいいと思うの」

 本当は現在不眠症に悩まされてはいない。以前は本当に不眠の兆候があったが、ジュリアスが現れて適度に外に連れ出してもらえるようになってからは、快眠続きだった。

 ジュリアスは仕事も忙しいし家庭もあるから頻繁には来れない。しかも現れるのは昼間の時間帯だけで、遅くとも夕刻にはヴィクトリアの前から去ってしまう。けれど、それでも彼がたびたび来てくれることで、ヴィクトリアは自分自身を保つことができていた。

 ジュリアスは色々な所へ連れて行ってくれた。都内の名所を案内してくれたり、約束の肉料理店や他の飲食店にも何度も連れて行ってくれた。最初に観劇に連れて行ってもらった時は、話の内容と舞台の出来栄えの素晴らしさに、こんなもの見たことないと衝撃を受け、感動してずっと泣いていた。

 ヴィクトリアはジュリアスの奥様に悪いなと思いつつも、外で過ごす時間を楽しむことで英気を養っていた。

 里で自由を制限され、今もレインに囲われ続けているヴィクトリアには、目に映る街の風景全てがキラキラと輝いて見えた。ジュリアスと過ごす時間は珠玉のひとときだった。ジュリアス様々である。

 彼が来てくれなかったら、自分はとっくの昔におかしくなっていたと思う。

 適度な気分転換のおかげで現在心身に深刻な不調はないが、今はわざと睡眠時間を一、二時間に減らして不眠を装っていた。

 睡眠薬を手に入れるために。

「もしかしたら少しでも外に出られたら、気分転換になって薬がなくても眠れるようになるかもしれないんだけど……」

 本当はレインと一緒に外に出かけたい。少しの可能性にかけてみたが、返ってきた答えは否だった。レインは外に出すくらいなら、薬を用意すると言った。





 次にレインが帰ってきた時には睡眠薬が用意されていた。これでようやく苦しかった偽装不眠から開放されると思いながら、ヴィクトリアは早速睡眠薬を服用して寝台に横になった。

 レインは睡眠薬を手ずからヴィクトリアの口に入れて、飲んだ後も口を開けさせてきちんと飲み込んだのかどうかを確認していた。飲んだふりをして薬を溜め込むことを懸念したのだろう。

 睡眠薬は完全にレインの監視下に置かれ、必要な時に一回分だけをレインが地上階から地下に持ち込むことになった。
 レインがいない時は服用できないが、「そこだけはどうしても讓れないし、俺もあまり家を空けないように調整して、できるだけ長くヴィクトリアのそばにいるようにするから、薬を使うのは俺がいる時だけにしてくれ」と懇願された。

 ヴィクトリアはそれで良かった。望めばいつでも睡眠薬を飲んで強制的に眠れるという状況を作り出すことが目的だったので。

 膝を突いて寝台の枕元にいるレインは、ハラハラと涙を溢して泣いている。

 レインはヴィクトリアが薬を飲もうとした時から、ずっと泣いていた。

 レインだって、ヴィクトリアを閉じ込めて自由を奪い、ずっと苦しめ続けている自覚はあるのだ。

「ヴィクトリア、どこにも行かないでくれ。俺から離れないでくれ。ずっと俺のそばにいて」

 ヴィクトリアの手を握りしめながら懇願するレインを見上げて、ヴィクトリアは微笑む。

「当たり前でしょう。私はあなたを置いていったりしない。ずっとあなたのそばにいるわ」

 ヴィクトリアは手を伸ばしてレインの涙を拭った。

「レイン、どんな事があっても、どんな時でも、ずっとあなただけを愛してる」

「うん、ありがとう」

 ヴィクトリアは目を閉じ、最愛の人の気配をそばで感じながら、薬のせいで夢も見ない眠りへと落ちた。





 レインがいる時はたびたび睡眠薬を服用して眠る。そんな生活をきたる日まで続けた。 

 ヴィクトリアは願っていた。睡眠薬は保険だった。レインがヴィクトリアを許し、二度と凶行に及ばないことを願っていた。

 けれどやはり、その日――あの子の命日に当たるその日――夕食後に豹変したレインは、張型を持ち出してきた。

 予想はしていたし心積もりはしていたが、それでもレインを信じたかったヴィクトリアは、強く落胆した。

『気が変わったらいつでも言って』

 ジュリアスの言葉が脳裏に蘇る。逃げたい。でも逃げては駄目だ。

(私はこの人への愛に殉じると決めたの)

 ヴィクトリアは、レインが身体が動かなくなる薬を使う前に、枷を嵌める前に、自分から進んで服を脱いで床に膝を突き、土下座した。

「お願いします、睡眠薬を飲ませてください。眠らせてください。あなた以外のものに貫かれるのが耐えられないんです。死にたくなるんです。このままあの行為を続けていたら、いつか私は突発的に死を選ぶかもしれない。私はあなたと離れたくない。

 ナイフや首をくくる紐がなくたって、獣人が全力で壁に頭を打ち続けていれば死ねるわ。でも私は死にたくない。どんな形であろうと、あなたのそばでずっと生きていきたい。

 あなたが獣人を憎んでいる気持ちはよくわかっているつもりよ。私を道具で犯して僅かばかりの気持ちを晴らしても、尚収まらないほどの怒りと悲しみを抱えていることはわかる。

 でも、少しでも私を哀れに思うなら、可哀想だと思っているのなら、ほんの少しの情けをかけてもらうわけにはいかないかしら?

 苦痛を感じないのは寝ている間だけよ。起きれば犯されたことは匂いでわかる。だから苦しみは感じる。それを以て全ての復讐としてもらうわけにはいかないかしら?

 明日になったらあなたはきっといつものあなたに戻ってくれる。だから今日だけは眠らせてください。お願いします」

 ヴィクトリアは泣きながら頼んだ。これは賭けだった。レインは愛しているとは言ってくれないけれど、自分へ対する愛情が全くないわけじゃない。

 それにレインはヴィクトリアを失うことを恐れているから、死ぬかもしれないとちらつかせれば、お願いを聞いてくれるかもしれないと思った。

 死を仄めかしてなりふり構わず頼んでも駄目ならば、その時はもう八方塞がりだ。突発的な死の誘惑に魅せられないように、自分をしっかり保っておくしかない。

 ヴィクトリアの懇願を聞いたレインの選択は――――










 まぶたが重くて、ヴィクトリアは今にも眠りに落ちそうだった。

 ヴィクトリアは全裸のまま仰向けに横たわり、脚を大きく広げられていた。

 今回は枷が使われることはないようだ。

 ヴィクトリアが寝てしまうので、暴れることはないと踏んだからだろう。

「ふぁ、あっ…… ああっ……」

 先程から愛液を分泌させるためにレインの指が中に入り込んでぬちぬちと蠢いていた。

「あっ、ふあっ…… ひんっ……」

 眠りたいのに眠らせてもらえなくて苦しい。ヴィクトリアがもどかしく喘いでいると、レインは指を引き抜いた。彼は近くにあった小瓶を引き寄せて蓋を開け、ヴィクトリアの膣穴に潤滑油を垂らした。

「やっ、んっ……」

 ヴィクトリアは冷たい感触を受けて弱々しく悲鳴を上げるが、レインは構わず指を三本挿入してきて、膣腔に潤滑油を馴染ませるような動きをする。

 二回目の時は全く濡れず痛みが酷くて泣き叫んだから、今回はそうならないようにあらかじめ用意していたようだった。

「あっ……! あっ…………! レイン……! レイン……っ……!」

 指の動きが激しくなって、快感の波に襲われたヴィクトリアは、何度もレインを呼びながら身体を痙攣させて上り詰めて果てた。

 レインとの触れ合いに愛は感じる。でも、これからレインがしようとしていることに愛は感じない。

 ヴィクトリアは、自分に死を意識させるほど追い詰めてくるあの行為を、レインがやめてくれることを期待していたが、そうはならなかった。

 レインにとって、あの行為は必要なことなのだ。

「レイン……」

 呼ぶと、彼が俯いていた顔を上げてこちらを向いた。けれど果てた影響なのか、急激に猛烈な眠気に襲われたヴィクトリアの視界は、既に霞み始めていて、レインがどんな表情をしてるのかはわからなかった。

「終わったら、たくさん、抱いてね…… 私、が…… 嫌がっても…… たくさん…………」

(そうすればあなたのことが大好きな私に戻れるから)

 レインが返事をしたのかどうかも、ヴィクトリアはもうよくわからなかった。
 
 目を完全に閉じて意識を落としながら、ヴィクトリアは切に願う。



 いつか罪が許されて、眩しい太陽の下を、レインと二人で歩きたい。





【レインバッドエンド 了】
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